第八話 能力測定
《祝魂の儀》の会場は、階段を降りた先の地下にあった。
お屋敷の中に、いきなり下へと繋がる洞穴と石の階段、それに広大な地下空間が現れるなんて思ってもみなかった……。
まぁ、ここは『白黎陰陽大戦』の世界。
現代日本に似てはいるけど、ファンタジーの世界だと思った方がいいかもしれない。
「わぁ……」
鍾乳洞のような広々とした空間の中に、コンクリで舗装された滑らかな地面。
前方に、神社とかにある篝火を燃やすための鉄製の台座が幾つも置かれている。
そして、両サイドには先に来ていたと思われる参列者達が並んでいる。
思ったよりも人が多い。
右側には、何人もの大人達が並んでいた。
真ん中の、猛獣みたいな雰囲気の男性が異様に目立つ。
一方、左側に参列しているのは子供達だ。
子供達……といっても、皆、ワタシよりも年上に見える。
ワタシや凶祐と同じように、狗羽多の家紋の入った和装をしているから、同じく当主の子供達だろう。
………。
しまった、誰が誰だかわからない。
以前、嗣麻子さんから狗羽多家の家族構成を聞いたことがある。
けれどかなり前で、しかもその頃、ワタシは自分のことで手一杯でほとんど聞き流してしまっていたのだ。
ええと、確か……。
「誰が誰かわからないのですか?」
そこで、ここまで先導していた使者の男性がワタシにだけ聞こえる声で呟いた。
恐らく、ワタシが慌てふためいているのを感じ取ったのだろう。
「そ、それが……お恥ずかしい限りで」
「……仕方が無い。今日までまともにお会いする機会もなかったでしょうしな」
使者の男性は溜息交じりに、ワタシに皆を紹介してくれた。
「まず、右側の中央にいらっしゃるのが現当主。狗羽多雷軒様。あなたのお父上です。その横に控えますのは、此度の《祝魂の儀》を執り行う狗羽多に仕える陰陽師達です」
あの恐竜みたいなオーラの男性が、やはり当主だったようだ。
狗羽多家当主――狗羽多雷軒。
一応、ワタシの父親。
「続いて左側が、当主のお子様方。つまりあなたの兄姉です。奥から、正室ご長男の蔵人様、今年十四歳。第二室ご長男、墨也様、今年十三歳。第五室ご長男、重伍様、今年十二歳。第四室長女、灰火嬢、今年十一歳です」
ほうほう、なるほど。
とりあえず、簡単に名前と印象を紐付ける。
蔵人兄様、十四歳――痩せて不健康そうな顔色、咳をしている。
墨也兄様、十三歳――ひょろりと背が高い、神経質そう。
重伍兄様、十二歳――体が大きく恰幅がいい、ガキ大将っぽい。
仄火姉様、十一歳――クセ毛、前髪で片目が隠れている、猫背で俯き気味。
……で、仄火姉様を除く三人の兄様達に共通して言えるのが、こちらに敵意を持った視線を向けてきているということ。
視線の先は凶祐。
きっと、当主の座を争う後継者同士、意識しているのだろう。
「はっ、みっともねぇ面しやがって」
凶祐が嘲笑う。
「父上に、アイツらも参列させた方がいいって言ったんだよ。誰が狗羽多の次期当主に相応しいか、その目で確かめさせてやるためにもな」
なるほど、凶祐のせいか。
そんな彼の願いを簡単に聞き入れるあたり、現当主も凶祐を贔屓しているのがわかる。
この《祝魂の儀》は、正に凶祐のためのステージといった感じのようだ。
しかし、そこで気付く。
凶祐へと敵意たっぷりの視線を向けていた兄様達が、いつの間にかワタシの方を見ていた。
俯いていた仄火姉様もだ。
皆、どこかビックリしたような顔をしている。
「あいつ……」「デカ……」「デ力くね?」「おっきぃ……」
そんな声が聞こえてきた。
ああ、なるほど、身長だ。
確かに、凶祐と横並びになっていると一層、背の高さが際立つ。
それで目を引いてしまったのだろう。
よく見ると、右側に並ぶ大人の陰陽師の中にも、何人かワタシを見ている人達が居る。
参ったね、まさかワタシの人生でデカ女として注目される日が来ようとは。
前世でも経験が無い。
「………チッ!」
そこで、隣の凶祐が大きく舌打ちを発した。
あ、ワタシに注目が奪われてイライラさせてしまったようだ。
ごめんごめん。
「揃ったな」
俄にざわつく空気の中、地鳴りのような声が響いた。
当主だ。
その声に、空気がピリ付き、緊張感が走る。
流石当主。
「始めい」
当主が開始の合図を発した。
同時、控えていた陰陽師達が準備に走る。
篝火を灯し、何やら祝詞を唱え始めた。
「凶祐、お前からだ」
当主が呼ぶと、凶祐は笑みを浮かべて前へと進み出る。
よく見ると、地面に何やら文字が書かれている。
文字は各篝火から鎖のように伸び、場の中央に全ての文字が集まって丸く円を描いている場所がある。
凶祐は、その円の中に立った。
瞬間、正面に位置する五つの篝火が、大きく燃え上がった。
炎は緑色、橙色、青色、黄色、白色で、微妙な差はあれどどれも勢いが良い。
「木行、火行、水行、土行、金行、測定完了! 黎の焔の値、八十三!」
一人、篝火の大きさを確認していた陰陽師が叫ぶ。
兄様方がどよめいたのがわかった。
当主も、満足そうに頷いている。
なるほど……なんとなくわかった。
あの篝火は、ステータスの数値を表わしてるんだ。
今測ったのは、凶祐の黎力。
《祝魂の儀》は、こうやって現時点でのステータスを測る儀式だったのか。
しかし、流石は凶祐。
五行の力が満遍なく高いようだ。
続いて、右側に位置する六つの篝火が炎を上げる。
推測するに、あの篝火は曝力を測る炎だろう。
「肉、眼、耳、鼻、舌、勘、測定完了! 曝の焔の値、二十五!」
やはりそうだ。
先程同様、響き渡る数値を聞き、子供達は悔しそうに歯噛みし、当主は満足そうに瞑目している。
凶祐は、ここからだと背中しか見えないからわからないけど、どんな顔をしているんだろう?
うん、まぁ、きっと、満面の笑みを浮かべてるだろうな。
最後に、左側の篝火の炎が燃え上がった。
銀色の炎が立ち上がり、キラキラと雪のように白い残滓を舞わせる。
「魂魄、測定完了! 堊の焔の値、聖の十!」
左側の篝火は、やはり堊力のようだった。
「凄まじい……御当主が期待するのも頷ける、正に神童とは凶祐様の事」
使者の男性が、そう感動したように呟いた。
炎の大きさが、実際のステータスの数値とどれほどの比較となっているのか瞬時にはわからなかったが、皆のリアクションを見る限り、やはり凶祐の叩き出した結果は凄いもののようだ。
流石、幼少期とはいえ狗羽多凶祐。
ううん……ワタシ、大丈夫かな?
今更だけど、ちょっと緊張してきた。
ワタシが今日まで積んできた死に物狂いの努力は、この世界の基準に果たして届いているのか……。
「はっ、驚いたか」
戻ってきた凶祐が、勝ち誇った顔をワタシに向ける。
「次はお前だ。安心しろよ、誰も期待しちゃいねぇから」
「……そっか」
凶祐の言葉で、ワタシは落ち着く。
そりゃそうだ、ここにいる誰も、女のワタシに期待なんてしていない。
つまり、ハードルは最初からガン下がりの状態。
緊張なんて、する必要無いんだ。
「次、前へ」
当主の声が聞こえた。
ワタシの番らしい。
「ありがとうございます、凶祐様。では、行ってきます」
「お、おう……」
ケロッとした顔でそう言い、ワタシは前へと出る。
呪文で作られた円の中に立つと、陰陽師達が祝詞を唱え始める。
すると、ワタシと、正面の篝火との間の、鎖のように伸びる文字の列が光り出した。
まるで導火線のように、篝火の方に光が伸びていく。
そして、五行を測る五つの篝火が、少しだけ揺らめいた。
「……木行、火行、水行、土行、金行、測定完了! 黎の焔の値、五!」
瞬間、後方の凶祐が笑い声を上げたのがわかった。
兄様方もクスクスと笑い、当主に関してはどうでもよさそうな顔をしている。
まぁ、そうなるよね。
ワタシの黎力は、今日まで初期値のままだ。
更に凶祐の後ともなれば、その格差は凄まじいものがある。
期待はされていない……そう分かっていても、やはり赤点を叩き付けられ、周囲から嘲笑われると、心臓がキュッとなる。
「ふぅ……」
深く呼吸をし、キッと前を見据える。
落ち着け。
ワタシの本番は、ここからだ。
続いて、右側の篝火に繋がる文字に光が伸びていく……。
……ん?
気のせいか、六つの内の一つがやたら強く発光しているように見えたけど……。
と、思っている内に、曝力を示す六つの炎が燃え上がる。
その内一つ、一番外側にあった篝火の炎が、一際激しく立ち上がった。
「!」
その篝火の近くに配置されていた陰陽師の方々が、ビックリして飛び退く。
位置的に近くに居た当主も、思わずビクッと肩を揺らしたのがわかった。
あの炎は……きっと、曝力の中の筋力を表わす炎だ。
「に……肉、眼、耳、鼻、舌、勘、測定完了! 曝の焔の値……は、八十六!?」
測定係の人も、思わず声を上擦らせていた。
他の陰陽師の方々も、兄様姉様方も、後ろの凶祐と使者の男性も、みんな唖然としている。
これは……どうやら。
ワタシの曝力の数値は、結構凄かったらしい。
「ば、馬鹿な……」「あり得ない……」「計測の失敗か?」「なんという曝力の強さだ……」
ざわざわと、《祝魂の儀》の最中だというのに陰陽師達が困惑している。
「喝ッッ!」
そこで、野太い咆哮が轟いた。
耳がキーンとなった。
当主が声を上げたようだ。
「続けろ」
一喝を受け、反省した陰陽師達は儀を進める。
そう、測る能力値はあと一つ残っている。
ワタシの左側の篝火へと繋がる文字列に、光が走る……。
「あ……」
思わず、声を漏らしてしまった。
ワタシの体から伸びた光は、最早、文字の枠の中にも収まらないほど暴れ、黒く輝く漆黒の光を放っていた。
まるで稲妻のように激しく強く、その光は篝火へと走って行く。
「あー……これ、やばいかも」
直感が働いた。
「あの! 逃げて下さい!」
ワタシは、最後の篝火の周囲にいる陰陽師達へと叫ぶ。
「多分、ちょっと、ワタシの堊力がヤバい事を起こしちゃうかも――」
刹那。
――爆音を轟かせ、篝火が台座ごと吹き飛んだ。
まるで漆黒の稲妻。
真っ黒に染まった炎が空間を一瞬で貫き、天井を舐め、まるで生きているかのように頭上を蠢く。
ゴウゴウと雄叫びのような音を立てて燃え盛り――皆が息を殺して見詰める中、やがて我が身を焼き尽くし、黒い龍は消滅した。
後には、静寂。
「大丈夫ですか!?」
ワタシは、篝火が爆発した瞬間、近くで余波を受けた陰陽師達に駆け寄る。
彼等は腰を抜かしているが、どうやら怪我はないようだ。
静寂が満ちていた。
当主も、兄様姉様も、他の陰陽師達も、使者の男性も、凶祐も。
全員が状況を読み込めず、放心している。
「こ……魂魄、測定、完……ええと」
そんな中、測定役の方が狼狽しながら声を発した。
「あ、堊の焔の値……邪の……そ、測定失敗です」
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