第七話 《祝魂の儀》
――悪食髑髏・惨鬼の襲撃を受けた夜から、瞬く間に時間が経過した。
惨鬼との戦闘はかなりエネルギーを消費したので、それから数夜はお休みの期間となった。
以降も、黒い堊力を使って悪霊を呼び寄せ、戦って経験値を稼いだりはしたが……それ以降、手応えのある悪霊は寄りつかなくなってしまった。
惨鬼を倒した事が影響しているのかもしれない。
ワタシの黒い堊力に対する魅力よりも、ワタシに対する恐怖の方が上回るレベルの悪霊しか近くにはいなくなってしまったのだろうか……。
答えはわからない。
まぁ、この世界は『白黎陰陽大戦』の中とはいえ、ゲームではなく現実だ。
ゲームのように、なんでもシステマチックに正答が用意されているわけではないし、攻略サイトがあるわけでもない。
個人で分析し、可能性で物事を測るしかないのだ。
とにもかくにも、月日は流れ――。
遂に、待ちに待った《祝魂の儀》――その前夜を迎えた。
「魎子」
「はい、母様」
その夜――ワタシは悪霊との戦いを休み、嗣麻子さんと同じ布団で過ごしていた。
今夜は一緒に寝ましょうと、彼女に提案されたのだ。
「二年、あっという間だったわね」
「はい」
「二年前、アナタからあんな提案をされた時は、心底驚いたわよ」
そうだっただろうか?
女中さん達はともかく、嗣麻子さんは結構冷静にワタシの話を聞いてくれてた印象だったけど。
「アナタも今年で七歳……あんなに遠い遠いと思っていた《祝魂の儀》が、もう明日にまで迫っているなんて……」
「母様?」
薄闇の中、嗣麻子さんの体温が近付く。
彼女の両腕が、ワタシの体をギュッと抱き締めた。
「こんなに立派に、大きく……七歳の誕生日を迎えられるかも不安だったあの頃には、思いもしなかった姿に成長してくれた」
「………」
そうだ。
嗣麻子さんは……母様は、ずっと不安を抱えていたのだ。
陰陽師の血を引く子供は、力の制御が不安定なため悪霊に襲われやすい。
当主の七番目の妻であり、女児しか授からなかった故に、彼女とこの屋敷は本家からも不遇を強いられていた。
嗣麻子さんにとっては、ワタシが七歳まで生き残ることさえ奇跡のように考えていた部分もあっただろう。
「魎子……まだ、あの考えは変わらないの?」
「はい」
ワタシはハッキリと告げる。
「ワタシが狗羽多家の次期当主になって、この家の体制を変えます」
ワタシの言葉を聞き、嗣麻子さんは「そう……」と辛そうな顔になった。
きっと、彼女も思っているのだ。
どんなに頑張っても、女では当主になれないと。
確かに難しいかもしれないが、証明してみせる。
男尊女卑。
この家……いや、陰陽師界に薄らと蔓延るその空気を変える。
その為には、まずは、この狗羽多のトップに立ち、女だからといって実力が劣っているという風潮を破壊する。
この二年、ワタシもできる限り能力を磨いてきた。
明日の《祝魂の儀》で、その力が測られる。
外の世界の基準がどれほどのものかはわからないが、容易く負けるつもりはない。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――そして、明朝。
――《祝魂の儀》、当日。
「準備はよろしいですか?」
ワタシ達の暮らすお屋敷の前に、黒塗りの車が一台到着した。
運転席から降りた壮年の男性が、門前で待機していたワタシに言う。
送迎の使者だ。
《祝魂の儀》に参加するのは、ワタシのみ……嗣麻子さんの付き添いもダメだそうだ。
「はい」
「では、乗りなさい」
彼も、狗羽多家に仕える使用人の一人だろう。
黒い背広を纏ったダンディな人物だが、言葉使いは素っ気なく、どこか冷たい。
現当主の子供と言えど、女児相手には敬う気はないのかもしれない。
「魎子様……」
「お嬢様……」
後部座席の扉が開く。
車に乗り込むワタシを、見送りに並ぶ女中さん達が心配そうな目で見詰める。
「魎子」
嗣麻子さんがワタシの名を呼ぶ。
「母様、みんな、安心して」
ワタシは、グッと握り拳を作って皆に言う。
「本家の人達を、あっと驚かせてくるから」
ワタシの言葉に、使者の男性は怪訝そうな表情を浮かべる。
一方、嗣麻子さん達は、自信に満ち溢れたワタシの顔を見て――不安げだった雰囲気が、一気に和らいだのがわかった。
「立派です、お嬢様……!」
「きっと、魎子様なら大丈夫ですよ……!」
「今日までの魎子様の努力、この目で見ることは叶いませんでしたが……私達にも伝わっております!」
口々に、ワタシへの応援の言葉を連ねる女中さん達。
「みんな!」
そこで、嗣麻子さんが合図を送るように、皆を振り返る。
瞬間だった――女中さん達が、手に手にうちわを取り出し、ワタシに掲げて見せた。
あっ! あのうちわは!
「奥様を真似て、私達も作ってみました!」
「お嬢様の応援用のうちわです!」
「ふれーふれー! 魎子様ー!」
嗣麻子さんを始め、みんなが各々、手作りのうちわを振るってワタシを見送る。
金色のフリフリや、ハート型の色紙で装飾されたうちわには「魎子サマ☆」「《祝魂の儀》がんばれ!」というような文字が書かれている。
「みんな……ありがとう」
発進した車の後部座席から、ワタシはそんなみんなの姿を見て……密かに涙を拭うのだった。
「……一体何なんだ、この屋敷の者達は」
運転席から、そんな声が聞こえてきた。
ちょっと、今感動的なシーンなんだから。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「到着しました。降りなさい」
「はい」
車が停まると同時、ワタシはシートベルトを外して扉を開ける。
外に出ると、そこには大きくて立派な門が待ち構えていた。
ワタシ達の暮らす第七室のお屋敷の何倍も大きい。
「門を潜る前に一つ忠告しておきます。本日の《祝魂の儀》には、あなたともう一方……正室のご次男、凶祐様が参加されます。くれぐれも失礼のないように」
あ、そういえば嗣麻子さんがそんなようなこと言ってたっけ。
「キョウスケ……」
キョウスケ……。
そういえば……聞き覚えのある名前のような。
キョウスケ……イヌバタキョウスケ……。
……ハッ! 狗羽多凶祐!
思い出した! 原作の『白黎陰陽大戦』にも登場するキャラの一人だ!
陰陽師の名家・狗羽多家の出身にして、狗羽多家の次期当主筆頭候補である、当代一の天才にして俊英。
そのせいもあってか性格は死ぬほど悪いけど、なんだかんだ能力は高いから仲間ユニットとしては超優秀なキャラだ!
確か、原作だと凶祐って18歳くらいの設定じゃなかったっけ?
そうだ、子供の頃に付けられた悪し名を成人した後も名乗ってるってテキストに書いてあった覚えがあるし。
ということは、その凶祐の子供時代と対面するんだ。
……んー、不安だ。
まさか、あんな天才の幼少期と同じ日に《祝魂の儀》を迎えないといけないなんて……。
そうこう思案しながら、ワタシは使者の男性と一緒に門を潜る。
長い石畳を進んでいき、全景が見渡せないほど巨大な屋敷の玄関に踏み入った。
すると、真正面の取次に仁王立ちし、一人の少年が待ち構えていた。
「きょ、凶祐様!?」
使者の男性が驚きの声を上げる。
おお、この子が狗羽多凶祐、幼少期ver。
金と黒の混じった虎柄みたいな髪に、生意気そうな釣り目……なるほど、 確かに原作の成人キャラの面影が覗える。
「こ、こんなところで、如何されたのですか?」
「今日、恐れ多くも俺と一緒に《祝魂の儀》を受ける奴が、もう一人居るって聞いててよ」
慌てる使者の男性の一方、凶祐は傲岸不遜な喋り方で言う。
「どんだけ辛気くさい顔した奴か見ておこうと……」
そこで、凶祐の目がワタシを捉える。
同時に、驚いたように目を見開き、声を止めた。
……ん? どうしたんだろう?
「あ、初めまして、凶祐様。ワタシが、本日一緒に《祝魂の儀》を受けさせていただく、魎子です」
「……お前が」
「はい」
「………」
そこで、ワタシは気付く。
玄関先に立った凶祐が、土間に立つワタシの顔を“見上げている”ことに。
そうか、驚いているんだ。
ワタシとの、身長差に。
「お前……身長いくつだ?」
「140㎝です」
見たところ、凶祐の身長は130に届かない程度……127㎝くらい。
同い年で10㎝以上身長差があるのだから、そりゃまぁ、驚くか。
ワタシは靴を脱いで、取次に上がる。
同じ場所に立つと、身長差が一層大きくなる。
「あの、急いだ方がいいですよね? 会場は?」
「あ、こ、こちらです」
先導する使者の男性の後にワタシは続く。
その後に、慌てて凶祐が付いて来た。
ビックリするほど横幅が広く長い廊下だ。
何だか高級そうな調度があちこちに飾られている。
流石、本家は格が違うなぁ。
「おい」
そこで、後ろから凶祐が声を掛けてきた。
振り返ると、敵意の籠もった目が向けられた。
「ちょっと背が高いからって調子に乗るなよ」
「………」
やはり、狗羽多凶祐。
子供の頃からプライドの塊だったようだ。
正室の次男で次期当主候補筆頭と噂される天才児が、側室の女児に身長差で負ける。
子供心にも、やはり自尊心が許せないのだろう。
原作をプレイしているので、彼がどんなキャラかわかる。
ワタシは殺気たっぷりな凶祐に対し、微笑みを返した。
「身長なんて、すぐに凶祐様に追い抜かれちゃいますよ」
そう言うと、凶祐は「お、おう……」と調子を狂わされたように目を丸める。
別に、おべっかを使ったわけじゃない。
女子が男子よりも成長が早いのは常識だ。
これくらいの歳の頃、男子よりも背の高い女子はいっぱいいた。
でも、数年も経てば、すぐに追い越される。
陰陽師の才能と同様に。
まぁ、負ける気はないけど。
「おい、魎子とか言ったな」
「はい」
しかし遠いなぁ、会場。
そう思いながら歩き続けていると、また凶祐に話し掛けられた。
「お前、最初は生意気な奴だと思ったけど、きちんと自分の分を弁えてるじゃんか」
「はぁ」
「体がデカいって事は、力仕事も得意だろ。簡単に弱音も吐かなさそうだし、いずれは本家の下働きにしてやらんこともないぞ」
「ありがとうございます」
なんだか急に馴れ馴れしくなった凶祐を適当にいなしつつ、廊下を歩くこと数分――。
ワタシ達は遂に、《祝魂の儀》の会場へと到着した。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
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