第六話 罪名持ち
罪名。
それは、陰陽師界が特定の悪霊・怨霊に対して、他の有象無象と類別するために付与する固有名詞。
例えば鬼にも、酒呑童子とか茨木童子とかがいるように、危険度の高い個体には名が冠せられる――という設定だ。
それが罪名であり、罪名を付けられた悪霊・怨霊を『罪名持ち』と呼ぶ。
「悪食髑髏・惨鬼……」
ワタシは、お屋敷の中庭に降り立った悪霊を見据え、油断無く構える。
血で汚れた鎧を纏う、大柄な骸骨。
こいつは原作『白黎陰陽大戦』にも登場する罪名持ち。
陰陽師を付け狙い、突発的に襲い掛かってくる戦闘狂――ランダムエネミー的な敵キャラだ。
老若男女を問わず陰陽師を殺し、その血肉を食らう事から名付けられた名が――悪食髑髏。
「クククッ……」
頭蓋骨の骨が擦れ合う音と共に、くぐもった笑声が聞こえる。
「俄にシンジガタイが……そちらのオンナ、ではなさそうだな。大したケハイを感じない」
惨鬼は、緊迫した面持ちの嗣麻子さんを一瞥し、続いてワタシを見る。
「こんなガキが、オレを呼んだノか……面白い、どんな味がスルのやら」
先程の発言から察するに、ワタシの発する黒い堊力に導かれ、呼び寄せてしまったようだ。
驚いた……まさか、こんな奴まで惹き付けてしまう程、ワタシの堊力は成長していたのか。
ゴクリ、と、緊張から喉が鳴る。
しかし――。
「母様……協力してください」
災難だった、とは思わない。
「この悪霊、倒しましょう」
むしろ、好都合。
中級の罪名持ち。
今のワタシにとっては、腕試しにもってこいの相手だ。
「魎子……」
「大丈夫、倒す算段は、あります」
ワタシの言葉に、嗣麻子さんも最初は戸惑っていた。
しかし、この二年――ワタシは何度も嗣麻子さんと一緒に戦い、連携し、信頼を育んできた。
ワタシの自信を感じ取り、意を決してくれたのか、嗣麻子さんはコクリと頷きを返す。
ワタシは嗣麻子さんに微笑み掛けると、再び庭へと飛び降りた。
――――――――――――――――――――
【悪食髑髏・惨鬼】Lv:70
体力:286/286
気力:150/150
――――――――――――――――――――
相手の頭上に、ステータスが表示された。
「サァ、掛かってこいワッパ」
惨鬼は、完全に油断している。
まぁ、ワタシの見た目は完全にただの子供だ――仕方が無いだろう。
だが、だからこそ、その油断を突ける。
――曝力全開。
――一気に踏み込んで距離を潰し、ワタシは惨鬼の胴体に打突を打ち込んだ。
惨鬼の体は各部位を鎧が覆っているが、腹部周りだけは鎧が朽ち果てており防御力に欠ける。
そこを容赦無く攻撃する。
「ンガッ!?」
惨鬼の驚愕した声が聞こえた。
まさか、ワタシが目にも留まらぬ速さで動くとは思わなかったのかもしれない。
油断したな。
こちとらただの女児じゃないっつーの!
「はいっ!」
ワタシは更に追撃する。
胴体に攻撃して怯んだ隙に、脆くなっている鎧の部位も攻撃。
鎧が砕け、露わになった骨に打撃を打ち込む。
「おおおおりゃああああああああああああああ!」
打ち込む。
打ち込む。
打ち込む。
連打、連打、連打!
「グッ、がッ、調子に、乗るなぁぁあ、ガキがあああ!」
完全にワタシにペースを奪われていた惨鬼だったが、そこで反撃の一手に出た。
大きく体を仰け反らせ、顔が空を向く。
同時、頭蓋骨の隙間から紫色の光が漏れ出す。
このモーションは……わかった!
ワタシはすかさず、全力でバックステップを踏む。
同時、惨鬼は体をくの字に曲げ、地面に向かって紫色のブレスを吐いた。
読み通り、惨鬼の攻撃技――《地獄の吐瀉》だ。
ワタシは先読みし、近くの石灯籠の上に避難していたので《地獄の吐瀉》の攻撃範囲から抜け出す事ができていた。
紫色の煙が触れた庭木や植物が、グズグズと腐食していく。
「ちぃっ……運ノ良いガキだ」
口元を拭う惨鬼――そのステータス画面を、ワタシは確認する。
――――――――――――――――――――
【悪食髑髏・惨鬼】Lv:70
体力:224/286
気力:120/150
――――――――――――――――――――
かなり連打を叩き込んだけど、流石は悪食髑髏・惨鬼。
耐久力も体力も高い悪霊だ。
流石にワタシ一人じゃ、そう簡単には倒せない。
「けど、こっちには仲間がいる」
トンッ――と、庭に並ぶ石材達を足場にして――。
「ふっ!」
嗣麻子さんが、惨鬼の後ろに回り込んでいた。
その手には、この二年間の間に彼女が獲得した攻撃型スキルの符――《雷閃の符》が用意されている。
「!」
嗣麻子さんの接近に気付く惨鬼。
すかさず、彼女に攻撃の矛先を変える――が。
「こっちだよ!」
瞬間、ワタシは黒い堊力を発動する。
「ングっ!?」
思わず、惨鬼はワタシの方を振り返ってしまう。
これが、ワタシが学んだ堊力の利用方法、その2。
黒い堊力を発動すれば、悪霊はどうしてもワタシに意識を奪われてしまう。
戦闘中、敵の意識を自分に向けさせる事が可能なのだ。
つまり、仲間にとって大きな隙を作れる。
「《雷閃の符》!」
――がら空きとなった惨鬼の背中を、嗣麻子さんの符から発生した雷撃が貫いた。
「ガァァァァァア!」
――――――――――――――――――――
【悪食髑髏・惨鬼】Lv:70
体力:153/286
気力:120/150
――――――――――――――――――――
よし! 大ダメージ!
惨鬼は火行属性の技が弱点。
しかも鎧を破壊して、防御力を落としていた。
そこに、嗣麻子さんの持つ攻撃系スキルの中でも最大火力の《雷閃の符》を打ち込んで、しかもクリティカルヒットしたのだ。
これは大きい!
でも――。
「これで終わりじゃないよ!」
そんな時だからこそ、攻撃の手は休めない。
《地獄の吐瀉》の効果が消えた地上に降り立ち、ワタシは惨鬼に再び肉薄。
《雷閃の符》により麻痺効果が付与され、行動力の落ちている惨鬼に追撃をしこたまぶちこむ。
その間に、嗣麻子さんは再び《雷閃の符》の発動準備に入る。
次の一撃が入れば、勝負は決まる!
「イィィイイイイイイイィぃぃ気になるなよぉおおおお!」
瞬間だった。
ワタシの打撃を浴びながら、惨鬼が怒号を上げる。
麻痺が解け、両腕を振り上げた惨鬼。
その両拳がワタシに振り下ろされる――。
「ぐっ!」
ワタシは防御の体勢を取る。
攻撃が直撃。
衝撃で、ワタシの体は中庭を滑空し、屋敷の中にまで吹っ飛ばされた。
背中から襖に激突し、制止する。
――――――――――――――――――――
【狗羽多魎子】Lv:45
ランク:初級祓拳師
体力:6/100
気力:45/55
――――――――――――――――――――
「……ゲホッ」
流石、防御しても大ダメージを受けてしまった。
罪名持ちは伊達じゃない。
「魎子!」
すかさず、嗣麻子さんがワタシを追って屋敷の中へと戻ってくる。
一方、惨鬼は地面に両拳を叩きつけた状態のまま――全身から熱気を発していた。
そのモーションを見て、ワタシは思う。
ああ……“あれ”が来る。
「シネ」
――言うと同時、惨鬼の前方に、地面から生えるようにして大量の骨が生成されていく。
肋骨のような先端の鋭い巨大な骨が、あたかも針山のように。
これは、惨鬼の大技。
体力が100以下にまで削られた時、怒りの感情と共に発動する広範囲攻撃――《死骨千河》。
骨の針山が、中庭の風景を破壊し、縁側を破壊し、屋敷の床を破壊し――。
――そして、ワタシ達の居る場所まで到達した。
「ガはハハハッハッ!」
惨鬼が笑う。
勝利を確信した笑い声。
だが……。
「読んでたよ」
「……はっ?」
その哄笑は、ワタシの声で止んだ。
そう、ワタシ達は惨鬼の《死骨千河》から、ギリギリ助かっていたのだ。
「な、ドウやって……」
「全部読んでた」
惨鬼が両拳を振り上げた瞬間、地面に手を付き《死骨千河》を発動する気だと予測した。
だからわざと前段階の攻撃を受けて、《死骨千河》の攻撃範囲からギリギリ逃れられる場所まで吹き飛ばされる事を選んだのだ。
無論、前世のゲーム知識と目測だけでは不安なので、嗣麻子さんにも駆け付けてもらい――彼女に《封魔陣の札》を使ってもらった。
ギリギリ、ワタシ達にまで届くか届かないかの骨は、光の障壁によって勢いを殺され、手前で制止している。
知識、経験、肉体、そして堊力。
全てを使って、この危機を乗り越えた。
「な、ナンナンダ、貴様は……」
惨鬼は、怯えたような声を上げ、その場で後ずさる。
まるで、ワタシを恐れているように。
逃げる気だ。
「母様!」
「はいっ!」
惨鬼がワタシ達に背を向けた。
だが、逃がさない。
黒い堊力を立ち上らせれば、惨鬼は動きを止めてワタシに意識を奪われてしまう。
その一瞬を、嗣麻子さんに任せる!
「《雷閃の符》!」
――発動した《雷閃の符》が、惨鬼の体に命中した。
「ゴッ――」
稲光を浴び、惨鬼の体が燃え上がる。
やがて炎が治まると……後には、真っ黒焦げになった髑髏が立ち尽くしていた。
「よもや……コの、オレが、こんな、女子供に……」
そんな言葉を残し、惨鬼の体が塵となって消える。
後には、静寂と、ボロボロになった庭とお屋敷の一角だけが残された。
「か……勝った」
ぺたん――と腰を落とし、ワタシは呟く。
瞬間――一拍遅れ、ステータス画面が開いた。
――――――――――――――――――――
【悪食髑髏・惨鬼Lv:70を倒しました!】
【罪名持ち討伐ボーナスにより、経験値を1563取得】
【Lvが45⇒51に上がりました】
【罪名持ち討伐ボーナスにより、陰陽ポイントを合計22取得】
【罪名持ち討伐ボーナスにより、スキルポイントを合計16取得】
【クラスが『初級祓拳師』⇒『中級祓拳師』になりました】
――――――――――――――――――――
わ、何だかいっぱいボーナスがもらえた。
「た、倒した……ね、ねぇ、魎子、今の悪霊って、私もうろ覚えなのだけど、もしかして……」
肩を大きく揺らし、緊張から解放された嗣麻子さんが今更のように腰を抜かしている。
考える時間も与えられず、ワタシに協力するしかなかったのだろうけど……自分が倒した相手が、罪名持ちの中級悪霊だと今一度理解したのだろう。
それに関して、色々と話しておかないといけないのだろうけど……。
「なんていうか……今は疲れちゃってるし、お屋敷もボロボロだし……ちょっと休む」
「魎子……? きゃーーー! 大丈夫、魎子!?」
崩壊したお屋敷の一角で、ワタシはバターンと仰向けに倒れ――気絶した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そして、それからあっという間に一ヶ月が過ぎ――。
明日は遂に、《祝魂の儀》当日。
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