第五話 二年後
「せいやっ!」
この、『白黎陰陽大戦』というゲームに酷似した世界に転生したと理解した日。
――あの日から、あっという間に二年が経った。
最初の難関と想定している《祝魂の儀》まで、後一ヶ月後と迫っている。
今夜もワタシは、狗羽多家第七室のお屋敷の庭で、悪霊達を相手に戦っていた。
「ギギィッ!」
庭石サイズのモヤの塊が数体、声を上げてワタシに飛び掛かってくる。
相手は低級悪霊。
しかし、最初の頃に相手にしていた普通の低級悪霊とは、ちょっと見た目が違う。
あるモノは青っぽい色をしていたり、あるモノは角のような部位が生えている。
こいつらの名称は、低級悪霊:[毒]に、低級悪霊:[角]。
特殊な能力を持つ低級悪霊で、普通のモノよりも格上になる。
普通の低級悪霊がスライムなら、バブルスライムとかドラゴンスライムみたいなものだ。
そう……あれから時が経ち、ワタシの黒い堊力に寄せ付けられる悪霊の強さも変化している。
無論――ワタシ自身の強さも。
「はいっ!」
ワタシは眼前に迫った低級悪霊:[角]に、掌底打ちを叩き込む。
低級悪霊:[角]の体にヒビが走り、音を立てて砕け散った。
ただの打撃ではない。
“曝力”により強化された、陰陽師式の武術である。
「ギギャッ!」
次は低級悪霊:[毒]が迫る。
こいつは触れるだけで、体を麻痺させる毒を付与される。
しかし、ワタシの曝力が行き届いた体なら耐性は高い。
「捕まえた!」
飛び掛かって来た低級悪霊:[毒]を片手で引っ掴むと、ワタシはもう片方の手で《魔除けの札》を取り出し、それを叩き付ける。
悲鳴を上げて苦しがる低級悪霊:[毒]の無防備な体に、ワタシは追撃の蹴りを叩き込んだ。
破裂する低級悪霊:[毒]。
「ふぅ……」
「凄い! かっこいいわ、魎子!」
そこで、縁側に経つ嗣麻子さんがワタシに声援を送る。
「ありがとう、母様。今夜はあまり強い悪霊も釣れないし、こんなところにしておきましょう」
言って、ワタシは庭先を振り返る。
中庭の庭石、木の影、池の傍、あちこちに隠れるようにして低級悪霊達が身を潜め、ワタシの様子を窺っているのがわかる。
ワタシは意識を集中し、黒い堊力を強めに発動する。
「「「――!」」」
すると、低級悪霊達は飛ぶように屋敷から逃げて行った。
この二年で、この世界における堊力の使い方も学んだ。
悪霊・怨霊を寄せ付ける黒い堊力。
しかし、出力を調整し、強めに黒い堊力を発すると、レベルの低い悪霊は逆に恐れをなして逃げて行く。
つまり、弱い悪霊なら追い払うことが可能なのだ。
こういう細かな使い方は、本家のゲームにも無かった要素である。
「お疲れ様。今夜も絶好調ね、魎子」
戦いを終えたワタシに、嗣麻子さんが言う。
嗣麻子さんは今年二十八歳――二年前と変わらぬ、相変わらずの美貌である。
変わったところと言えば、二年前はワタシの守護をする目的で深夜の特訓に付き合ってくれていたのだが、今や戦闘は完全にワタシに任せ支援に回っているということ。
「母様の応援のお陰です」
「ふふふっ、最近は暇になっちゃったから、昼間に応援用のうちわも作ってみたの」
そう言って、アイドルのコンサートとかで見るようなバリバリ加工されたうちわを取り出す嗣麻子さん。
こういうお茶目な部分は相変わらずである。
「本当に強く……何より立派になったわね」
「そう見えますか?」
「ええ、背だってこんなに大きく。もうお母さんと大して変わらないわ」
そう嗣麻子さんの言うとおり、この二年でワタシの体はかなり大きくなった。
強くなるためには、健全で頑強な肉体作りも必須だ。
そのため、栄養のあるものをよく食べて、よく運動する――昼間はそういう生活を送ってきた。
その成果だろうけど……ちょっと成長し過ぎかもしれない。
今年七歳になる女の子が、身長140㎝って結構高くないかな?
ちなみに体重は秘密です。
「さてと……」
縁側に用意しておいたバスタオルで体を拭いつつ、ワタシは現在のステータスを確認する。
あの日から、一晩も欠かさず修行を続けてきたワタシの現在を、記録していた二年前のステータスと比較しながら見てみよう。
ちなみに、各数値の左側が二年前、右側が今である。
――――――――――――――――――――
【狗羽多魎子】Lv:5⇒45
ランク:駆け出し陰陽師⇒初級祓拳師
体力:20/20⇒90/100
気力:6/6⇒45/55
攻撃力:3⇒30
防御力:3⇒30
速度:6⇒68
知力:10⇒135
野心:14⇒175
運:6⇒36
【スキル】なし
――――――――――――――――――――
これが、基本ステータス。
大分成長したのがわかるけど、やはり男性に比べると一部成長率の悪い部分が目立つ。
まぁ、その代わり知力と野心は申し分ない数値だ。
さて、続いては陰陽ステータスである。
ワタシがこの二年で稼いだ陰陽ポイントは、[120]。
この120ポイントは、既に振り分けを終えている。
――――――――――――――――――――
【黎力】総合:5
火行:1
水行:1
土行:1
木行:1
金行:1
――――――――――――――――――――
二年前に決めた目標に従い、黎力には現状、一切触れていない。
王道の陰陽師として見たら、ワタシは無能もいいところだろう。
だが、ナンバーワンよりオンリーワン。
独自の道を行き、唯一の価値を手にするとワタシは決めたのだ。
――――――――――――――――――――
【曝力】総合:6→86
筋力:1→41
視覚:1→15
聴覚:1→5
嗅覚:1→5
味覚:1→5
第六感:1→15
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戦闘に必要なステータスとして、曝力に集中してポイントを捧げた。
お陰で肉体と感覚が強化され、悪霊相手に肉弾戦でぶつかり合える力を手に入れられた。
視覚の強化により動体視力が、第六感の強化により直感も上げられる。
陰陽術が使えなくても、この体で悪霊を直接倒せるようになった。
さて最後に、肝心の堊力はというと……。
――――――――――――――――――――
【堊力】総合:-13(黒)→-53(黒)
◆闇の御子→冥々の女傑
――――――――――――――――――――
現在、ワタシの黒い堊力は-53。
色号は『冥々の女傑』へと変化し、低級悪霊クラスなら余裕で追い払える格を手に入れた。
ちなみに今夜は現れなかったが、ワタシは既に中級悪霊とも交戦し、勝利を収めている。
中級クラスも引き寄せられるレベルになっているということだ。
まだスキルは獲得していないので、溜まりに溜まったスキルポイント[50]はそのままとなっている。
いつか“スキルマップ”が手に入るようなイベントに出会したら……その時、一気に使用できたら面白いだろうな、と妄想を巡らせている。
「あ、そうだ」
ちなみに、ワタシの修行に付き合ってくれた結果、嗣麻子さんのステータスも結構成長している。
ワタシは嗣麻子さんに手を差し出す。
「嗣麻子さん、お願いしてもいいですか?」
「はいはい、ステータスオープン、よね」
ワタシと接触しながら、ステータスオープンと唱える。
それが、この世界におけるワタシ以外の人間のステータスの開き方だ。
相手に触れていないといけないし、開いてもワタシしか読めないし、これは結構面倒くさい仕様である。
――――――――――――――――――――
【狗羽多嗣麻子】Lv:36→56
ランク:下級符術師→中級符術師
体力:58/69→67/88
気力:36/50→70/70
攻撃力:30→38
防御力:28→36
速度:31→46
知力:49→60
野心:39→48
運:36→44
【スキル】
《魔除けの札》
《加護の札》
《火炎の符》
《竜巻の符》
《魔封陣の札》new!
《雷閃の符》new!
――――――――――――――――――――
嗣麻子さんのステータを閉じ、改めて、ワタシは自身のステータスを見る。
《祝魂の儀》まで、あと一ヶ月。
ワタシのステータスは、それなりに上昇させられた。
お屋敷から出た事が無いので、この世界の陰陽師の基準がどれほどのものかわからないが、少なくともまったくダメという風には評価されないはずだ。
「今夜は中級も現れませんでしたし、低級を何体も相手にしていても非効率ですし、もうお休みにしましょう」
「そうね」
体力回復のため、今夜は早々に切り上げて眠りに就こう。
そう思いながら縁側に上ろうとした瞬間――。
――凄まじい勢いで、何かが背後に降り立ったのがわかった。
「!」
振り返ったワタシの目の前……中庭に、それはいた。
「ナンダ……強ク美しい闇のケハイに引き寄せられてキテみたのに……」
骸骨だった。
地に足を付けず、宙に浮き、全身からドス黒い瘴気を立ち上らせる、鎧を纏った巨体。
鎧は傷と返り血で汚れ切り、かつて着物だったと思われるぼろ切れが節々から垂れ下がっている。
頭部がある場所には、髑髏。
眼窩の虚空の中には、悪霊特有の赤い光が灯っている。
「まさか、コンナ小娘がオレを呼んだトイウノカ?」
「………」
知っている。
ワタシは、この悪霊を知っている。
前世でプレイした『白黎陰陽大戦』にも登場した、中級悪霊。
しかも、ただの中級悪霊ではない。
プレイ中ランダムで遭遇し、突発的に戦闘イベントが起こる、正に通り魔のような敵キャラ。
数多の雑魚とは違い、個体として識別される固有名詞――“罪名”を持つ悪霊。
即ち、強キャラに数えられるコイツの名は――。
「悪食髑髏・惨鬼」
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