幕間 狗羽多凶祐
狗羽多魎子が前世の記憶に目覚め、密かに鍛錬を開始した時から……約二年が経過した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ここは、狗羽多家の現当主が暮らす屋敷――狗羽多家、本家。
魎子達の暮らす“離れ”とは比べものにならない程の敷地を誇る屋敷の中――広い廊下を、数名の者達がズンズンと歩き進んでいる。
黒を基調とした和装――陰陽師の格好に身を包んだ大人の男達が六名。
そして、彼等に囲まれるようにして中心にいるのは、一人の少年だった。
金と黒の混じった虎柄の髪に、年相応の顔立ち。
好戦的な印象を受ける釣り目。
「凶祐様、お体の調子は?」
「舐めんなよ」
横に付き添う陰陽師が尋ねると、少年は不遜な態度で答えた。
彼は――狗羽多凶祐。
今年七歳になる、現狗羽多家当主と第一室の間の息子だ。
「こんな日課の実戦鍛錬、俺にとっちゃ絶不調でも問題ないっつぅの」
「申し訳ございません」
「はっ」
従者の陰陽師が頭を垂れると、凶祐は八重歯を見せて笑う。
「凶祐」
そこで、凶祐達の前に一人の男性が通り掛かった。
大柄な人物だ。
蓄えた黒髭に、厳つい顔面。
猛獣のような気配を放つ彼を前に、凶祐に付き添っていた陰陽師達はすかさず膝を突く。
「これはこれは、父上」
一方で、凶祐は態度を変えることなく接する。
彼こそ――凶祐の父親であり、狗羽多家現当主。
狗羽多雷軒。
「帰ってたんだ、珍しい」
立っているだけでも強い威圧感を放つ彼に対し、凶祐は平素の様子で会話を続ける。
「今から修練場か」
雷軒は、静かに凶祐を見据えている。
まるで、品定めでもするように。
「“仕上がり”は、どうだ?」
「期待には添えられると思うけど、どうせなら見てく?」
「いや、不要だ。その時まで取っておこう」
雷軒は、凶祐の肩に手を置く。
「凶祐、お前には期待している。お前の持つ才能は、歴代の狗羽多家の中でも白眉。俺をも凌ぐと認めよう。一ヶ月後の《祝魂の儀》で、お前の名が次期当主候補筆頭として確固となる事を楽しみにしている」
そう言って、雷軒は場を後にする。
付き添いの陰陽師達が立ち去っていく雷軒へ跪き続ける中、凶祐はその後ろ姿に満更でもなさそうな笑みで見送っていた。
「やはり、御当主は凶祐様に一段と期待を込めているご様子でしたね」
雷軒が去った後、再び凶祐達は修練場へと向かい出す。
お付きの陰陽師が、凶祐へと言った。
「当たり前だろ。現状、狗羽多の若手世代にゃカスしかいないんだから」
凶祐は笑う。
「俺より上の世代の連中、何人いる?」
「そうですね、現当主のお子様は……凶祐様のお兄様である、正室とのご長男、蔵人様。第二室とのご長男、墨也様。第四室との長女、仄火嬢。第五室とのご長男、重伍様。四人ですか」
「蔵人の兄貴は病弱、墨也は黎力が伸び悩み、重伍は馬鹿、四室の女は論外。な? 俺しかいないだろ」
「……私は狗羽多に仕える身ですので、出過ぎた事は言えませんが……」
従者の言葉に、凶祐はハッとくだらなさそうに笑う。
「ま、要は次の《祝魂の儀》で明らかにしてやるってことよ、俺が次期当主で確定だってな」
――自分は天才である。
凶祐はそう自覚している。
物心付いた頃から当然のように黎力を操り、陰陽術と呼ばれる現象を容易に創造できていた。
周囲の大人達は驚き、父は「お前こそ俺の後継に相応しい」と褒め称えた。
母は「お前は私の誇り」と喜び、血の繋がった上の兄弟達からは妬みの感情が覗えた。
理解した、自分は特別なのだと。
凶祐は今年、七歳――間もなく、待ちに待った《祝魂の儀》が迫る。
そこでハッキリと見せ付けるのだ。
自分が、やがてこの狗羽多家の……いや、陰陽師界を背負って立つ存在になるのだと。
「そういえば、今年の《祝魂の儀》には凶祐様ともう一人……確か、第七室の子女も参加される予定ですね」
「ハァ?」
そこで聞こえてきた言葉に、凶祐は眉間を顰める。
「第七室の、子女? ……そんな奴いたのか?」
「ええ、確か、凶祐様と同い年の女児だと」
それを聞き、凶祐は溜息を吐く。
「どう考えても論外だろ。勘弁してくれよ、俺の晴れ舞台が、どうでもいい奴の無能発表に尺取られるとか……止めさせられねぇの、それ」
「一応は、決まりですので」
凶祐は長く溜息を吐く。
そうしている間に、修練場へと到着した。
「チッ、イライラするな……」
大きな扉が開き、その先にあるのは地下へと続く石の階段。
その階段を下っていくと、石床の広間が現れる。
「凶祐様、既に準備は……」
「とっとと出せ」
広間の中央に凶祐が立つと、付き添いの従者達は端へと移動する。
広間奥に設置された木製の格子が、ゴゴゴ……と開き、その奥の暗闇から、何かが這い出てくる。
「仕方ない、コイツ相手に憂さ晴らしといくか」
現れたのは――黒いモヤの塊のようなもの。
四つの突起を足のように動かし、赤い双眸をギョロリと凶祐へ向ける。
それは、低級悪霊だった。
「ハッ……」
凶祐は、目前の敵へと意識を集中し、自身の中の黎力を呼び起こした――。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「……やはり、凄いな。凶祐様は」
「ああ」
修練場にて――凶祐の護衛を務める陰陽師達が、会話を交える。
彼等の目前では、低級悪霊を相手に、陰陽術を駆使して戦う凶祐の姿があった。
およそ一年前より、凶祐はこの修練場で低級悪霊を相手に実戦訓練を受けている。
それは、前代未聞のことだった。
まだ《祝魂の儀》も迎えていない、年端も行かぬ子供を、いきなり低級とはいえ悪霊と戦わせるなど。
しかし、当主直々の指令とあれば従わないわけにもいかない。
何より、それだけ当主は凶祐に期待しているのだ。
その証拠に、当初こそ苦戦を強いられていた凶祐だったが、そこからの成長は凄まじく……わずか一年にして、低級悪霊を相手に対等に渡り合えるだけの実力を身に付けていた。
「ふっ」
凶祐が放った火行の陰陽術が、低級悪霊の体を焼く。
バァンッ、と破裂音を起こし、低級悪霊は吹っ飛んだ。
「お見事です、凶祐様」
「ハッ、今日はまだまだ行けそうだ」
額の汗を拭い、凶祐は従者達に言う。
「どんどん出せ。《祝魂の儀》前の景気付けに、10体は蹴散らしてやるよ」
わずか七歳にして、低級悪霊を相手にここまで戦えるほどの逸材。
数年後――本当に彼は狗羽多家を背負い……いや、陰陽師界に名を轟かせるような存在になっているかもしれない。
彼等は、素直にそう思った。
「……そういえば、今年の《祝魂の儀》には、第七室の子も同時に参加すると聞いたが」
「ああ。だが、女だ。期待はできないだろう」
「《祝魂の儀》を経て、当主が今後の事も決める。素質次第によっては、早くから術士としての道から外されるか、もしくはこの家から放逐される事になるかもな」
「第七室と言えば、最近は本家への連絡がほとんど無いと言っていたな。二年程前には、結界の立て直しを訴える通達がうるさいほど来ていたのに、パタリと止まっているそうだ」
「……妙だな。子供がいるなら、結界を気に掛けるのもわかるが……まさかとは思うが、その第七室の子、“何らかのトラブル”でもうこの世にいないのでは……」
「滅多なことを言うな。跡継ぎ候補を蹴落とすために、他の奥方が手を回したと言いたいのか?」
「そういうわけでは……まぁ、対象が女子とあれば、そこまでするとも思えないが」
「だとしても、かわいそうだが仕方が無い。本家としても、見込みの無い跡継ぎ候補に労力を割く気もないだろうしな。第七室も、当主を恐れて報告できずにいるのか……まぁ、どうでもいい話だが」
「……そういえば、変な噂を聞いたな」
「何だ?」
「前に第七室の屋敷に用があって向かった者が、七の奥方と会って話をしたそうだ」
「挙動不審だったのか?」
「いや、むしろ全然元気そうで……『結界に関してはしばらく必要ありません』『魎子は天才です』『もう中級悪霊すら相手になりません』……というような事を言ってたとか」
「……それ、本当に大丈夫か? おかしくなってるんじゃないのか?」
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