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第四話 母様とレベルアップ


 早朝――狗羽多家第七室のお屋敷にて。


 中庭に集まった皆に、ワタシは説明をする。


「まず、この姿ですが……心配しないでください、大した傷ではありません。お召し物を汚してしまってごめんなさい」


 屋敷で働く女中さん達、それに母様――嗣麻子さんへ、ワタシはそう言って頭を下げた。


 皆、あまりにも丁寧な言葉で話す五歳児を前に、ポカンとしてしまっている。


「いえ、そんな、お嬢様のお体の方が大切……というか……」

「魎子様、いつの間にそのような言葉使いを……」


 ワタシの意思をハッキリ伝えるためには、五歳児ぶった演技は不必要。


 そう思って真面目に喋ったつもりだったのだが、逆に皆を驚かせてしまったようだ。


「ええと、まず、この姿ですが」


 とにもかくにも、ワタシは説明を続ける。


「ワタシは昨夜、このお屋敷に侵入した低級悪霊と戦いました」


 その言葉に、皆がざわつく。


 低級悪霊の危険性は、例えるなら畑を荒らす害獣程度だろう。


 大した事ないと思う人も多いだろうけど、それとたった一人、五歳児の女の子が戦ったと聞けば仰天するはずだ。


「て、低級悪霊と!? なんて事……」

「結界の力が薄れ心配はしていましたが、まさかこんな事が起こるとは……」

「りょ、魎子お嬢様、それで悪霊は……」

「心配しないでください。ワタシが倒しました」


 ワタシの言葉に、皆が一転しポカンとした顔になる。


「倒し、た?」

「お嬢様……が?」

「はい。昨夜、母様が屋敷中に貼ってくださった魔除けのお札を利用し、祓う事に成功しました」


 ワタシは、効果を発揮し終わり、炭化したお札の残骸を見せる。


 一瞬、皆が沈黙する。


 しかし徐々に、ざわめきが大きくなり始める。


「魎子お嬢様たった一人で、低級とはいえ、悪霊を?」

「嘘……本当に?」

「もしそうだとすれば……こ、これって、凄い事なんじゃ……」


 五歳の女の子が、独力で悪霊を祓った。


 俄には信じがたい事実を前に、皆が動揺と困惑を見せる。


「……魎子、それは本当なの?」


 その時だった。


 それまで押し黙って話を聞いていた嗣麻子さんが、口を開いた。


 ピタリ、と、皆が声を噤む。


「はい、母様」

「低級悪霊は、どんな姿をしてた?」

「黒い塊でした。四本足のような突起が生えていて、赤い目をしていました」

「お札は、どこに貼っていたものを使ったの?」

「松の木の上、西側の塀、灯籠の下、この三カ所に貼られていたものを」

「……本当なのね?」

「はい」


 一個一個確かめるように質問を投げ掛ける嗣麻子さんへ、ワタシはキビキビと答える。


 返答を聞いた嗣麻子さんは、フルフルと肩を揺らす。


 怒っている、のかな?


 そりゃそうか、随分心配させちゃったし。


「母様、夜中に勝手に寝床を抜け出してごめんなさい。けれど――」

「す……すごい! すごい! すごいわぁ!」


 キャー! と、嗣麻子さんはジャンプした。


 手と手を合わせて、とても興奮した様子で。


「みんな、聞いた!? 魎子ってば、たった一人で悪霊を祓ったのよ! こんなに小さな子が、あの怖い悪霊に立ち向かって、勇敢にも戦って勝ったのよ! すごい! かっこよすぎ! 天才よ! 魎子ってばすごすぎ!」


 キャッキャと喜び跳び回る嗣麻子さん。


 思ってもいない反応に、女中さん達も、ワタシも思わずポカンとする。


「ちなみに、低級悪霊は何体いたの?」

「ええと、三体です。相手にしたのは一体ずつですが……」

「え、えええ!? 三体も!? 一晩で、三体も低級悪霊を倒したの!? 私が魎子と同い年くらいの時なんて、悪霊が怖くてずっとお婆様と一緒にいたのに! なんて勇気があるの! しかもお札を使って戦うなんて、頭も良すぎ! すごすぎるわぁ! 私の娘とは思えない!」


 ……嗣麻子さん、こんな感じの性格なんだ。


 公式ガイドブックにも載ってない、原作じゃ未登場キャラだからよくわからなかったけど……結構ノリが良いというか。


 ちょっと驚いたけど、ワタシとしては喜ばしい限りだ。


「お、奥様、魎子お嬢様が立派でお喜びになる気持ちもわかりますが……屋敷の中に怨霊が侵入してきたというのは、由々しき事態では……」

「わかっています」


 スンッ……と、女中さんからの指摘を受けた嗣麻子さんは、一瞬で真面目な表情になった。


 温度差がすごいな。


「本家には、今一度強くお伝えします。今回は魎子のお陰で難を逃れましたが、低級悪霊とはいえ侵入を許すようでは、いずれ深刻な事態に発展する可能性が高い。早々に結界を立て直してもらわなければ……」

「待って! 聞いて下さい!」


 ワタシはそこで、声を張って嗣麻子さんに……皆に言う。


「ワタシ、これはチャンスだって思うんです!」


 ここで今の――霊を呼び寄せられる環境を捨てるわけにはいかない。


 ワタシは皆に強く主張する。


「ワタシ、陰陽師として強くなりたい! 二年後の《祝魂の儀》を迎える際には、当主候補の有力株とさえ言われるような存在になりたいんです! だから、今の内から悪霊と戦って、どんどん経験値を積みたいんです!」


 ワタシの言葉に、皆が息を呑む。


 皆も、言葉にはしないがわかっているはずだ。


 女のワタシには狗羽多家の当主どころか、そもそも皆から認められるような陰陽師になるのも難しい。


 だから母様も皆も、ワタシを懸命に守ろうとしてくれていたのだ。


「お、お嬢様……そのお気持ちはとても逞しく素晴らしいものだと思います。ですが、やはり危険かと……」

「そ、そうです。それに、偶々昨夜は怨霊が侵入してきましたが、それがいつも必ずとは……」

「ワタシには、怨霊を呼び寄せる力があるんです」


 今は昼間なので、発動しても問題はないだろう。


 ワタシは、体から自身の堊力を発揮する。


 ここに居る皆は、多少なりとも陰陽師界に属する者達だ……ワタシの放った黒い堊力に触れ、理解してくれただろう。


「い、今の……ヒヤッとした重い風は……」

「まさか、魎子お嬢様の……堊力?」

「きちんとコントロールして、ワタシでも相手にできる程度の怨霊を寄せ付けます。だから……」


 ワタシは、嗣麻子さんを見上げる。


「お願いします、母様。ワタシに、力を貸して下さい」


 そう、黒い堊力を高め、悪霊を呼び寄せ倒し、レベルアップする。


 プランは立てたが、それだけでは完璧な状況とは言えない。


 このプランを達成するためには現状、何よりも嗣麻子さんの協力が必要だ。


 まず、屋敷の結界が完璧に立て直されたら、悪霊が入ってこられない。


 二つ目に、今のワタシのステータスでは、真正面から悪霊を単身で倒すのは不可能。


 倒すには戦闘用アイテム……お札の力が必要だ。


 そして、そのどちらも、嗣麻子さんの存在が必要不可欠。


「お願いします、母様。ワタシに、戦わせて下さい。お屋敷の皆には絶対に迷惑は掛けないから」

「………」


 目と目を通じて、気持ちを伝える……という行為が、本当にできるかはわからない。


 でもワタシはともかく、真剣な眼差しで……本気の眼差しで、嗣麻子さんを見詰める。


 強くなりたい、勝ち上がりたい。


 ワタシにとって過酷な運命が待ち構えている……この男尊女卑の世界を。


「……わかりました」


 数秒の沈黙。


 その後に、嗣麻子さんは頷く。


 そして、息を呑む女中さん達の中、続けてワタシに言った。


「修行を認めます。但し、条件があるわ」




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 ――その日の夜。


「改めて……ありがとうございます、母様」


 草木も寝静まった、静かな闇夜。


 お屋敷の縁側に立つワタシは、隣に立つ嗣麻子さんに言う。


「ふふっ、まさか魎子がこんなに熱い子だったなんて、知らなかったわ」


 嗣麻子さんはそう言って微笑む。


 今の彼女は寝間着姿ではなく、変わった意匠の装束を纏っている。


 嗣麻子さんの陰陽師としての装束――即ち、戦闘衣装だ。


 そう、嗣麻子さんが出した条件。


 それは、嗣麻子さんもこの修行に参戦する――というものだった。


 お屋敷の主としての責務。


 何より、もしもの際にワタシを守る為だ。


 ちなみに、住み込みの女中さん達には、夜間は屋敷の外に出てもらう事になった。


 相手は低級悪霊とはいえ、ワタシが倒しきれず屋敷の中に逃がしてしまったら、被害が出てしまう。


 よく考えれば当然のこと……とはいえ、ワタシのワガママを全て受け入れてくれた上で、しかもここまで力を貸してくれるとは、頭が上がらない。


「ふふっ、何年ぶりかしら。現役の頃の格好をするなんて、なんだかわくわくしてきたわ」


 嗣麻子さん、なんだか楽しそうな様子だ。


 おっと、大切な事を忘れていた。


「し……母様、ちょっと良いですか?」

「うん?」


 ワタシは、嗣麻子さんの体に触れる。


「ステータス」


 そして、そう唱えた。


 ……仲間である嗣麻子さんのステータスを見ようとしたのだが、表示されない。


「母様、ごめんなさい。『ステータスオープン』って言ってもらっていいですか?」

「ステータスオープン?」


 すると、嗣麻子さんの頭上にワタシと同じようにウィンドウが浮かび上がった。


 本人が言わなくちゃいけないのか……難しいシステムだ。


「どうしたの?」


 しかも、嗣麻子さんのポカン顔を見るに、どうやらワタシ以外の人間にはステータス画面が見えないらしい。


 まぁ、そりゃそうか。


 もし誰もがステータスを見られるなら、こんな便利なものもっとポンポン出されているはずだ。


 ワタシは、嗣麻子さんのステータス画面を確認する。


――――――――――――――――――――

【狗羽多嗣麻子】Lv:36

ランク:下級符術師

体力:58/69

気力:36/50

攻撃力:30

防御力:28

速度:31

知力:49

野心:39

運:36

【スキル】

《魔除けの札》

《加護の札》

《火炎の符》

《竜巻の符》

――――――――――――――――――――


 なるほど。


 薄々そうじゃないかとは思ってたけど、嗣麻子さんのクラスは符術師(ふじゅつし)だった。


 符術師は文字通り、符を使って戦うクラス。


 基礎ステータスはそこまで高くないが、スキルにある多彩な符を使い、攻撃・防御・支援を行う万能型の陰陽師である。


 ……仕方ないとはいえ、嗣麻子さんのステータスはやはり、符術師としてもそこそこレベルだ。


 それでも、攻撃技である《火炎の符》、行動支援系の《竜巻の符》、回復技である《加護の札》を持っているのはありがたい。


 ちなみに、ポイントの振り分けまで終わったワタシの現在のステータスは……。


――――――――――――――――――――

【狗羽多魎子】Lv:5

ランク:駆け出し陰陽師

体力:20/20

気力:4/6

攻撃力:3

防御力:3

速度:6

知力:10

野心:14

運:6

【スキル】なし

――――――――――――――――――――


 で、堊力はというと……。


――――――――――――――――――――

【堊力】総合:-13(黒)

◆闇の御子(みこ)

――――――――――――――――――――


 二回のレベルアップで手に入った陰陽ポイント[6]は、全て堊力に振った。


「母様、そろそろ始めようかと」

「はい。じゃあ、これを」


 嗣麻子さんが、ワタシに数枚のお札を手渡す。


 今夜のために嗣麻子さんが事前に用意してくれていた攻撃用のお札だ。


 今は、このお札がワタシにとっての主な攻撃手段である。


 ちなみに、嗣麻子さんが一緒に戦闘に参加するということは、きっと経験値の取り分も分散されてしまう可能性が高い。


 ここからは地道な作業になっていくと思うが、今はただコツコツだ。


「すぅ……」


 ワタシは堊力を発動する。


 黒い堊力は、怨霊を引き付ける重力を放つ。


 少しの間を置き、ズズズ……と、屋敷の庭に黒いモヤが現れ出した。


 低級悪霊だ。


 しかも、数体いる。


「では、行きます!」


 嗣麻子さんに目配せし、ワタシは低級悪霊へと飛び掛かった。


《祝魂の儀》まで、あと二年。


 徹底的に、強くなるぞ!


 ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
母親に「ステータスオープン」と言わせておいて放置。どうしたのか訊ねられても黙りこくり、かと思ったら「そろそろ始めようかと」と急に別の事を言い出す。 前日には空中に向かって大声で意味不明な言葉を叫ぶ。 …
母親も一緒に強くなれば良いのに、そうすると効率が悪いのかな?
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