第二話 負けてたまるか!
ワタシ――狗羽多魎子が前世の記憶を思い出した日の、その夜。
「さ、魎子。そろそろオネムの時間ですよ」
お屋敷の寝室にて、嗣麻子さんがお布団にワタシを呼ぶ。
五歳にもなってお母さんと添い寝とは……と思われるかもしれないが、これには致し方ない理由があるのだ。
「お庭の木やお屋敷の中に、魔除けのお札を作って貼ったから。安心してね」
「……うん」
昼間の、嗣麻子さんと女中さん達との会話で何となく察したが――このお屋敷は現在、結界が弱まっているそうなのだ。
『白黎陰陽大戦』の公式ブログで読んだ記憶がある。
陰陽師は家に結界を張り、悪霊や怨霊から身を守っている。
力の制御が不安定な陰陽師の子供は、悪霊や怨霊に狙われやすく、無意識でそれらを呼び寄せてしまう可能性もあるからだそうだ。
その為、結界の他にも《悪し名》といって、子供にはあえて本名の他に、悪い意味を持つ言葉の名を付けて呼ぶのだとか。
汚れた名前で呼び、悪い霊や神に攫われないようにする……よく聞く文化だ。
ワタシの魎子という名も、きっと《悪し名》なのだろう。
(……こんなどうでもいい設定を覚えているあたり、前世のワタシは相当ハマってたんだな、このゲームに……)
――布団に入ってしばらくすると、嗣麻子さんは寝息を立て始める。
ワタシはゆっくりと、布団から抜け出す。
「……ハァ」
寝室から出たワタシは、深夜のお屋敷を散歩する。
足音を立てないように静かに……とはいえ、子供のワタシは普通に歩いていてもそんなに物音を立てないから、さほど気を使う必要も無いだろう。
「嗣麻子さん……グッスリ眠ってたな」
眠れないワタシとは対照的に、嗣麻子さんは深い眠りに落ちていた。
……魔除けのお札を作ってたと言っていたな。
本家の術士に蔑ろにされているため、結界の張り直しに中々来てもらえていないらしい。
嗣麻子さんはワタシや、この家では働く女中さん達を守る為に、気力を振り絞ってお札を用意してくれたのだろう。
善い人だ。
こんなに善い人が、苦労しないといけないなんて……。
「……やっぱり、大変なんだな」
今一度、自分の境遇を考える。
やっぱり、この世界は実力至上主義で男尊女卑。
加えて、神の悪戯かガチャ運の無さか、ワタシは何のスキルも持たず生まれてしまった。
人生どうなっちゃうんだろう……と、考えながら、縁側をてちてちと歩き進んでいた。
その時だった。
ふと見た庭先に、黒い靄のようなものが這っているのが見えた。
「……え?」
大きさは、大体大きめの庭石くらい。
全容は黒いモヤモヤとした煙のようで、しかし丸い形は維持している。
体から四つの突起が足のように伸びており、それで地面を掻いて這っている。
モヤの中に浮かんだ二つの赤い小さな丸が、ワタシを見た。
「こ、これって……」
知ってる。
『白黎陰陽大戦』プレイ時、最初のチュートリアルで死ぬほど見た姿。
低級悪霊だ!
「や、やばい……」
低級悪霊にも侵入を許すなんて、かなり弱まってるんだ、ここの結界。
ジリジリと、低級悪霊はワタシに近付いてくる。
――子供の陰陽師は悪霊に狙われやすい。
そんな設定文を思い出し、ゾクッと背筋が凍る。
ワタシは後ずさりする。
「逃げないと……」
低級悪霊に背を向け、ワタシは逃げ出そうとした。
そこで――ふと思った。
いや、待て。
これは、チャンスなんじゃ?
相手は低級悪霊――『白黎陰陽大戦』でしこたま戦った事のある敵キャラ。
倒せば、レベルアップできるはず。
「ステータス」
ワタシは眼前にステータス画面を表示する。
――――――――――――――――――――
【狗羽多魎子】Lv:1
ランク:陰陽師の卵
体力:10/10
気力:1/1
攻撃力:1
防御力:1
速度:2
知力:4
野心:5
運:2
【スキル】なし
――――――――――――――――――――
……正直、お世辞にも良いステータスとは言えない。
性別が男だったなら、同じレベルでももっと数値は高いだろう。
けれど、これが今のワタシなのだ。
それが嫌なら、戦って勝ち取るしかない!
「やってやろうじゃん!」
ワタシは縁側から中庭へと飛び降り、低級悪霊に闘志を向ける。
じわじわとにじり寄っていた悪霊の動きがピタッと止まった。
そこで、ワタシは気付く。
低級悪霊の頭上に、ワタシのステータス画面と同じように枠が浮かんでいた。
――――――――――――――――――――
【低級悪霊】Lv:1
体力:20/20
気力:10/10
――――――――――――――――――――
ゲームの中では、戦闘シーンに入れば自動的に敵のステータスが表示された。
なるほど。
戦闘の意思を見せれば、相手のステータスが見えるのか。
「でやぁっ!」
ワタシは低級悪霊へと飛び掛かった。
実際の『白黎陰陽大戦』戦闘画面さながらに、低級悪霊へパンチをお見舞いする。
パシン、と、軽い衝突音。
「ぴっ」
と、そんな声を漏らし、低級悪霊は赤い両目をパチクリとさせる。
ダメージは……。
――――――――――――――――――――
【低級悪霊】Lv:1
体力:20/20
気力:10/10
――――――――――――――――――――
……無いんかい!
ダメだ! 陰陽師だから悪霊に触れる事はできても、たかが五歳児の腕力じゃ大したダメージは与えられない!
とはいえ、今のレベルじゃ陰陽術なんて当然使えないし……。
「……痛っ!」
そこで、ワタシは低級悪霊を殴った方の手を見る。
打ち付けた拳の表面が、微妙に赤く爛れている。
ウソ!? 悪霊に触れただけで、むしろこっちにダメージが!?
「わ!」
低級悪霊が、ワタシに前足を振るって来た。
ワタシは必死で距離を取る。
どうしよう……やっぱり逃げて、助けを呼ぶ?
たかが低級悪霊に対して、この戦力差。
人生ハードモードとわかっていたはずなのに、一層心が折れそうになる。
だが、ワタシはそんな自身を奮い立たせる。
それじゃあ、意味が無いのだと。
そして、考えろ!
この状況をどうにかする策を!
今のワタシでも、低級悪霊を倒せる方法を!
「―――」
その瞬間だった。
ワタシの脳裏に、ある考えが浮かんだ。
もしかしたら……もしかしたら、行けるかもしれない。
「いや……行けるはず! 行ける気がする!」
思い返してみたら、ワタシのステータス……知力と野心だけはそこそこあった。
『知識』と『決断』。
その二つが、今のワタシを支える武器となってくれたようだ。
「うおおおおお!」
ワタシは走る。
低級悪霊に背を向けて。
逃げ出したと思ったのか、低級悪霊はワタシを追い掛ける。
一方、全力疾走したワタシが辿り着いたのは、庭の端に生えた松の木だった。
思い出したのだ。
今日の昼間、ここでボール遊びをしていた際――この木を見て、この木の枝の生え方や、ウロの位置を見て。
“とても木登りしやすそうだな”、と思ったのだ。
ワタシは素早く木の後ろへと、隠れるように回り込む。
ウロに足を掛け、枝を掴み、木に上っていく。
追い付いた低級悪霊は、ワタシを見失ったようでキョロキョロと周囲を見回している。
ワタシは一心不乱に木を上る。
そしてある程度の高さに達したところで、発見した。
「あった!」
そう――先程、思い出したもう一つの記憶。
『お庭の木やお屋敷の中に、魔除けのお札を作って貼ったから。安心してね』
寝る前に、嗣麻子さんが言っていた言葉。
この松の木は、屋敷の塀際ギリギリに生えている――外と中の境界としてはちょうどの位置。
加えて登りやすい形をしているとあらば……この木に貼られていると思った!
「魔除けの札だ!」
本家の術士が生み出す結界ほどの力は無いが、嗣麻子さんが力を込めて作ったお札!
ワタシはそのお札を剥がし、そのまま地上に向けてダイブ。
真下にいた低級悪霊にボディプレスを叩き込む!
「おりゃああーーーー!」
手にしたお札を、低級悪霊とワタシの体で挟み込むように!
「ピィィィイイイイイイ!」
低級悪霊の体から、ものが燃えるような音と悲鳴が発生する。
魔除けの札は、本家『白黎陰陽大戦』にも登場するアイテム。
攻撃に使えば、相手にダメージを与えられる。
「だ、ダメージは!?」
ワタシは低級悪霊のステータス画面を見る。
体力の数値が、20から16、15、14……確実に減っていく!
ワタシは低級悪霊の体をガッシリ掴んで離さない。
嗣麻子さん、ありがとう! 嗣麻子さんのお陰で、ワタシ――。
ワタシ、勝てる!
勝つ!
「いけぇえーーーーーーーー!」
「ピィギィイイイイイイイ!」
8、7、6……。
4、3、2………。
1………。
0。
ボンッ!
派手な音を立てて、低級悪霊の全身が霧散した。
「はぁ……はぁ……」
黒いモヤがゆらゆらと目前を揺蕩って、消える。
カサリ――と、ワタシの胸元から、炭化したお札が剥がれて落ちた。
手と足がジンジンする。
呼吸も荒い。
心臓がバクバクだ。
直後、眼前に光輝く画面が開いた。
――――――――――――――――――――
【低級悪霊Lv:1を倒しました!】
【初勝利ボーナスにより、経験値を10取得】
【Lvが1⇒3に上がりました】
【初レベルアップボーナスにより、陰陽ポイントを合計10取得】
【初レベルアップボーナスにより、スキルポイントを合計10取得】
【クラスが『陰陽師の卵』⇒『駆け出し陰陽師』になりました】
――――――――――――――――――――
「やったああーーーーーーー! 勝ったどおおーーーーーーー!」
ワタシは歓喜の雄叫びを上げた。
勝った!
たかが低級悪霊、他のゲームでいったら序盤のスライムレベルの敵。
それでも、弱い体で、知恵を駆使し、魂を燃やし、勝利を掴むという感覚が――こんなにも熱く心地良いものだとは。
胸の奥から迫り上がる達成感を、ワタシはしばし噛み締める。
「……っと、そうだそうだ」
余韻はここまで。
いや、むしろここからが重要な工程だ。
先程のレベルアップ画面にしっかり表示されていた文字を、ワタシは見逃していない。
【初レベルアップボーナスにより、陰陽ポイントを10取得】
【初レベルアップボーナスにより、スキルポイントを10取得】
……と。
「さぁ……大事な大事な、ポイント振り分けの時間だ!」
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
本作について、『面白い』『今後の展開も読みたい』『期待している』と少しでも思っていただけましたら、ページ下方よりブックマーク・★★★★★評価をいただけますと、創作の励みになります。
皆様の反応を見つつ書き進めているため、感想(ご意見)・レビュー等もいただけますと、とても嬉しいです。
どうぞ、よろしくお願いいたしますm(_ _)m