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第九話 悪霊王の目覚め


《祝魂の儀》の会場は静寂に支配されていた。


 ワタシの堊力の計測――それにより、測定用の篝火が暴発してしまったのだ。


 禍々しい、まるで黒い昇り龍のような姿に変化した炎が天井を焼いた光景は、一瞬のことだったが皆の網膜に残っているのだろう。


 当主も、大人の陰陽師達も、参列した兄姉達も、凶祐も、皆が絶句し言葉を失っていた。


「な……何だ、今の炎は……!?」


 やがて、静寂は騒然へと変化する。


「あんな黒々とした……禍々しい炎、見たことが無い!」

「まるで強大な悪霊……いや、邪神のような……」

「邪の色もともかく、途轍もない威力……一体、どれほどの堊力値を持っているのだ……!?」


 ざわざわざわざわと、大人の陰陽師達が口々に言葉を交わし、慌てふためいている。


 ワタシが駆け寄った、ワタシの堊力測定の余波で腰を抜かしてしまった陰陽師の方々も、恐ろしい者を見るような目をワタシに向けている。


――――――――――――――――――――

【堊力】総合:-75(黒)

◆冥黒の女神

――――――――――――――――――――


 現在の、ワタシの堊力に関するステータスは上記の通りだ。


 惨鬼との戦いで手に入れた陰陽ポイントは、全て堊力に投入した。


 その結果、堊力値は70を突破――色号も冥黒の女神へと変化した。


 原作の『白黎陰陽大戦』では、堊力値70は一つのラインとされていた。


 この世界の基準はわからなかったけど、やっぱり70越えはかなり凄い数値だったらしい。


 ……それはさておき、この状況だ。


 依然、慌てふためく陰陽師達。


 口を噤み、何やら思案している当主。


《祝魂の儀》は、まだ続けるのだろうか?


「あ、あのー……」


 ワタシが声を発する。


 すると、ピタリと皆の動きが止まった。


「ど、どうしましょう? もう一度、計り直しますか?」


 とりあえず、ワタシの堊力の測定は現状だと失敗となっている。


 この儀式は、狗羽多家の今後に関わる事。


 ならば、やり直した方が良いのでは? ……と思って、差し出がましいかもしれないが、進言してみた。


「と、当主……」

「……ふむ」


 お付きの陰陽師の一人が、当主にお伺いを立てている。


 当主は鋭い眼光を更に鋭く尖らせ、ワタシを見詰めてくる。


 ……怖いなぁ。


 ただでさえ肉食獣みたいな見た目なのに、そんな人に睨まれたら緊張してしまう。


 数瞬の沈黙の後、当主は口を開いた。


「総員、準備を開始しろ。もう一度、魎子の堊力値測定を行う。心して掛かれ」


 当主の鶴の一声に、陰陽師達が「はっ!」と声を揃えて動き出す。


 よかった、もう一度測ってくれるようだ。


 側室の女児の言い分なんて無視されて、適当に流されてしまうかもとも思っていたのに。


「……うん?」


 そこで、ワタシは感じた。


 足下が、何やら揺れている。


 地震?


 その揺れは、徐々に徐々に、段々と強くなり、ワタシ以外の皆も気付き始める。


 あれ? これ、結構強いぞ?


 ここって地下だし、早く避難した方が――。


 そう思った瞬間。


 ――ワタシの目前の床が、爆音と共に弾け飛んだ。


 コンクリ作りの床が、粉々に吹き飛び舞い上がる。


 轟音と衝撃に、皆が身を屈める。


 ワタシは視界を腕で覆いながら、何とか立っていた。


 やがて、吹き荒れる砂塵が収まる。


「……ふぅ」


 目前に開いた大穴の上に、何かが浮いていた。


「ん? 何だ、まだ地上ではないのか。この俺を、随分と深くに封印していたのだな。よほど恐ろしかったのか」


 それは、人間の男の声で喋って、くつくつと笑う。


 そう、見た目は完全に人の成人男性だ。


 但し、その姿は異様である。


 身に纏っているのは、その昔、この国の北方が『蝦夷』と呼ばれていた頃の先住民族が着ていたような、青地に幾何学模様の入った着物。


 獣の爪や牙、それらを使ったアクセサリーで首や腕、腰を彩っている。


 最も異様なのは、その頭部。


 頭に、狼の頭蓋骨を被っているのだ。


 顔の鼻から下は見えているが、目は見えない。


 狼の頭蓋骨と生身の間から、黒く長い髪が流れ、揺れている。


「貴様は……何故、ここに……」


 その異様な存在を前に、全員が動けずにいる中――当主が驚きに染まった表情を浮かべる。


「貴様は、我が狗羽多家の力で、地の底奥深くに封印されていたはず……!」

「俺が黙って封印されたままでいると思ったか? この数百年、密かに力を回復し、復活の機を伺っていたのよ」


 そう言った後、首を回し。


「本当は、完全な回復までもう少し時間を掛けようとかとも思っていたが、先程面白い気配を感じ取ってな。まさか、この時代に俺に匹敵するような悪霊が生まれたのか? ……いや、違うな。悪霊の気配はない」


 ならば――と、その場に居る者達を見回す。


「人間か? 忌々しき狗羽多の陰陽師の中に、あんな禍々しく強力な気を発する人間がいるのか」


 そいつは、大人の陰陽師達を見回す。


「……違う」


 続いて、兄様、姉様達へ。


「……違う」


 そして、凶祐を見て。


「……違うな」


 最後に、目前に立つワタシを見た。


「……貴様か?」

悪霊王(あくりょうおう)狼斬(ろざん)


 そう呼ぶと、彼はピクリと口元を反応させた。


「俺を知っているのか、小娘」


 知っている、なんてもんじゃない。


 悪霊王・狼斬。


 原作、『白黎陰陽大戦』にも登場する。


 敵方キャラの中でも大物中の大物。


 狗羽多家に封印されていた罪名持ちの悪霊で、彼がその封印を破って現世に復活した事が『白黎陰陽大戦』の物語の起こりでもあるのだ。


 彼にまつわる幾つものイベントがあり、言わば悪霊側の主要キャラクター。


 ちなみに、公式が発表した設定資料によると素顔が凄くイケメンのため、女性に人気も高い。


 なるほど、原作のストーリー同様、狼斬が狗羽多家の封印を解いて復活したのか。


 ……けど、おかしい。


 狼斬が狗羽多家の封印を破り復活するところから原作のストーリーは始まるのだけど、それは時系列的には凶祐が成人した後の事。


 まだ10年以上先のはずだ。


 いや……もしかして、先程の狼斬の口振りから察するに……。


「……ワタシの堊力に、反応した?」

「ほう? まさかとは思ったが、あの黒く猛々しい波動の根源は、貴様か」


 ワタシを見下ろし、狼斬が笑う。


 やっぱり。


 ワタシの堊力に反応したんだ。


 え、ワタシのせい!?


 ワタシのせいで、ラスボスが原作よりも早く復活しちゃった!?


 どうしよう、と、ワタシは考える。


 当たり前だが、ワタシでは狼斬を倒せるはずがない。


 おそらく、この場にいる全員が束になって掛かっても勝てないだろう。


 それくらいの、格の違いを感じる。


「見せてみろ」


 そこで、狼斬がワタシに言う。


「お前の堊力を見せてみろ」


 ……ここは、素直に従うしかない。


 ワタシは、自身の堊力を発する。


「……ほう、嘘ではなかったか」


 ワタシの黒い堊力に触れると、狼斬は顎先に自身の指を触れさせ、感心するように呟く。


 狼のように鋭く長い爪が目を引く。


「普通、人間がここまで強い邪の堊力を抱いていれば、心が闇に染まって邪心に支配されるものだ。理性を保つのも一苦労のはず。よほど強い克己心か、もしくは信念を持っているか……もしくは、何も感じぬほどの白痴(バカ)か」

「少なくともバカではないですよ。信念があるんです」


 狼斬に対して、ワタシは言う。


「なるほどな」


 すると、狼斬はニィっと笑う。


「それほど魂を闇に染め、正気を保っていられるほどの信念……貴様、その年で、この世に対し相当の恨みと破壊願望があるな。でなければ、こうはならん」

「……まぁ、それは確かに」


 気が付いたらゲームの世界に転生し、不遇な運命を自覚させられ、今日まで必死に生きてきた。


 ある意味、この世界のルールや秩序を恨んで、破壊したくて、今日まで努力を積んできたのだ。


 ワタシの基礎ステータスの、野心の値は結構高い。


 そう言われれば、その通りだ。


「―――」


 そこで、ワタシの脳裏に一つの案が閃いた。


 ここで狼斬を解放したら、途轍もない被害が生じる。


 主人公の存在しない現在の『白黎陰陽大戦』の世界じゃ、多分、陰陽師界は愚か人間社会も無茶苦茶にされてしまうだろう。


 再び、狼斬を封印する。


 一時的だとしても、それしか、この危機を脱する方法は無い。


「ねぇ、狼斬」


 ワタシは、彼に語り掛ける。


「ワタシと一緒に、世界を壊してよ」


 突如の発言に、狼斬も訝るように口を噤む。


「狼斬も、世界を壊したいんでしょ?」

「……何故、わかる」


 知っている。


 ワタシは結構、狼斬のファンなのだ。


 彼の公式設定に書かれていた。


 狼斬は大昔、この国がまだ幾つもの小国に分かれていた頃、ある国の王だった。


 とても強く賢く、優しく勇敢で、民達からも慕われていた。


 本当だったら、悪霊なんかじゃない……英霊になるはずの存在だった。


 けれど、彼を恐れた隣国の卑劣な罠により、多くの富と民……大切な人を奪われ、怨念に支配されてしまった。


 強大な悪霊と化した彼は多くの悪霊達を従え、自らが恨みを抱く者達を屠った。


 その後も魂を鎮められず、狗羽多家の先祖である陰陽師と仲間達によって封印されるに至った……という設定である。


 黒い波動に魂を染め、怨念を抱き悪霊となってしまった狼斬。


「ワタシと狼斬は似てる」

「……世界を壊したい、か。もしも、俺がお前に協力すると言ったら」


 狼斬は、ワタシ以外の皆を見回す。


「こいつらを全員、血祭りに上げるところから始めるか?」

「あ、違う違う! そうじゃなくて!」

「あ?」

「ワタシが壊したいのは、風潮! えーっと、雰囲気? 物理的に壊したいってことじゃなくて!」


 狼斬はポカンとした顔になる。


 いや、流石にワタシだってそんなサイコパスな願望はないよ。


「えっとね、つまりワタシが強くて偉くなれば、それはワタシの願う破壊に繋がるってこと。その為に、あなたに協力してもらいたいの」

「……具体的には?」

「ワタシに憑依して」


 憑依。


 人間の体に霊が取り憑いた状態。


『白黎陰陽大戦』では、作中に霊に憑依された人間なんかも登場する。


 また、陰陽師の中には、自身に《英霊》や《式神》を憑依させて戦う者もいる。


「そうすれば、あなたの力を借りれる。その代わり、あなたはワタシの堊力に触れていられる」

「………」

「狼斬も復活したばかりで、まだ全快じゃないでしょ? ワタシの堊力に触れながら時間を掛ければ、完全復活できるんじゃない?」

「……ククッ」


 狼斬が笑う。


「貴様、俺を利用する気か」

「どう思ってもらっても構わないよ」


 一時的だが、狼斬を封じるにはこれしかない。


 ワタシの提案に、狼斬はひとしきり笑った後――。


「……いいだろう。気に入ったぞ、小娘」


 狼斬が、ワタシに手を伸ばす。


「お前の体に憑依し、完全に復活するまで……およそ10年といったところか。ならば、10年ほど暇潰しだ。小娘、その間に、貴様の世界を壊してみろ」


 ズズ――と、狼斬の姿が黒い霧と化す。


 そして、ワタシの体に吸い込まれていく。


「その間、俺の力を自由に使え。お前に使いこなせるならな」


 粒子となった狼斬が、完全にワタシの中に入ったのが、感覚でわかった。


 後には破壊された床の残骸と、大穴が眼前に残る。


「……あ」


 瞬間、ワタシの眼前に、ウィンドウが表示された。


――――――――――――――――――――

【悪霊王・狼斬と、魂魄の絆を得ました】

【スキルマップ、『悪霊王の(つが)い』が解放されました】

【現在のスキルポイントは[66]です。振り分けを行い、スキルを取得しますか?】

――――――――――――――――――――


 ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。


 本作について、『面白い』『今後の展開も読みたい』『期待している』と少しでも思っていただけましたら、ページ下方よりブックマーク・★★★★★評価をいただけますと、創作の励みになります。

 皆様の反応を見つつ書き進めているため、感想(ご意見)・レビュー等もいただけますと、とても嬉しいです。

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