第一話 ワタシの人生ハードモードな件
「あ、これゲームの世界だわ」
お屋敷の庭で玉遊びをしている最中だった。
飛んできたゴムボールをキャッチした瞬間、不意に頭の中に稲妻が走った。
一緒に遊んでくれていた女中さん達が、いきなり動かなくなったワタシを見て「お嬢様?」「魎子様?」と不思議がっている。
そこから最上記の発言を漏らした後、ワタシは数秒ほど沈黙。
そして次の瞬間、爆ぜるような声で叫んだ。
「やばい! ワタシの人生ハードモードだ!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ワタシの名前は狗羽多魎子。
狗羽多家現当主の第七室(七番目の奥さん)の子供で、五歳の女の子である。
まだまだ年端もいかない幼児のはずが……突然蘇った前世の記憶により、そうはいかなくなってしまった。
まず、前世のワタシはこことは違う別の時空――そこの日本という国で暮らしていた。
そして、この世界が、前世のワタシがプレイしていた、『白黎陰陽大戦』というオンラインゲームの世界だと気付いてしまったのだ。
『白黎陰陽大戦』は、悪霊や怨霊、邪神といった邪悪な存在と、そんな敵から世界を守る為に日夜暗躍する陰陽師達の戦いを描いたアクション系RPGゲーム。
この国には陰陽師という異能力者が存在し、独自の組織や裏社会を形成している――という設定なのである。
主人公も、そんな陰陽師の一人となって悪霊と戦ったり日本中を旅したり。
様々なキャラクターや他プレイヤー達とコミュニケーションをしながら物語が進行する――そんなゲームだ。
なんでその世界に転生しているのか意味不明だが、事実そういう事なのだから仕方がない。
前世の記憶自体もかなり曖昧で、かつてのワタシがどんな人生を歩んでいたのかとか、どんな仕事に就いていたのかとか、そんな情報も部分的にしかない。
……まぁ、多分、廃ゲーマーとかだったんじゃないのかな、真っ先に思い出したのがゲームの記憶だし。
とはいえ、前世のことをとやかく考えても時間の無駄だし、転生しちゃったもんはしょうがない。
ワタシにとって目下最大の問題は――先程の発言の通りである。
「人生……ハードモード?」
「お嬢様、どこでそのような言葉を……」
女中さん達、怯えちゃってるよ。
仕方ないね、女児がいきなり空に向かって叫び出したらそうなるよね。
女児。
そう、そこだ。
ワタシが、この狗羽多家に生まれた“女”という点が、大大大問題なのだ。
『白黎陰陽大戦』は、最初のキャラメイク時、主人公の性別を選択できる。
そこで女性キャラを選ぶと、戦闘力に関するステータスがかなり不遇になってしまうのである。
何故なら、この世界では“女性は陰陽師としての才能が薄い”というルール……不文律が働いているからだ。
……ワタシの前世がどんな時代で、どんな価値観だったのかはわからないが、大分不評を買いそうな設定だとは思うけど。
性別を女性にしたキャラのステータスは、主に特技特化型になったり、仲間との共闘や支援系になる。
《式神》や《英霊》との絆を高めて、メイン戦闘はそちらにお願いするパターンが主だ。
シンプルな戦闘能力を見た場合、初期ステータスは低く、成長率も悪い。
酷な言い方をするなら、弱いのだ。
じゃあ、誰しもが男性キャラでプレイするに決まっていると思うだろうが、女性キャラには女性キャラのメリットもある。
性別を女性にすると、初期ステータス確定時に、特殊なスキルを覚えている率が高い。
メタ的に言うなら、『主人公は陰陽師としての才能が薄い女性ではあるが、他の人間には無い特殊な才能がある』という設定でストーリーが始まるのだ。
ある意味、玄人向きのキャラメイクである。
……しかし。
「す、ステータス!」
嫌な予感と共に、ワタシは叫ぶ。
またわけのわからないことを叫びだしたワタシに女中さん達が困惑する一方、ワタシの眼前には枠線で縁取られた板が表れた。
ステータス画面だ。
そこに書かれていたのは……空白のスキル欄。
それ即ち――“スキル無し”ということ。
「リセマラ! リセマラを希望するぅ!」
ワタシは大空に向かって叫んだ。
もしもワタシが、この世界に生まれた単なる一般人だったなら、何の問題も無かったのだ。
しかし狗羽多家は、本家『白黎陰陽大戦』作中にも登場する、陰陽師を輩出してきた名家の一つ。
ワタシは、そこの娘という設定。
今はまだ五歳の子供だから許されているけど、このままでは、いずれ無能がバレて最悪の人生になる。
何故なら、陰陽師の世界は完全実力主義。
それに加えて、女性が実力弱者という設定ならば――即ち、男尊女卑の世界。
元のゲームでも、作中世界はそんな感じの空気感があった。
たかがゲーム……不条理な設定に腹を立てても仕方が無い。
嫌ならやらなければいい、ゲームなんだし。
とはいえ、なんだかそんな設定が気に要らなかった自分は、あえてキャラメイク時、性別は女性を選択しプレイしていた。
戦闘能力の成長率が低くても地道にレベルアップして強くしたり、特殊なスキルを覚えさせて強化したりして女性キャラでも十分活躍できていた。
でも……それは所詮、ゲームの中の話。
今のワタシにとっては、これは現実である……。
「………あ」
そこで、ワタシは気付く。
「お、お嬢様……」
「まさか、悪霊に取り憑かれたのでは……」
先刻からのワタシの奇行に、女中さん達が困惑し切っている。
「な、なんでもないよ!」
ワタシは慌てて誤魔化す。
まずいまずい、今のワタシは五歳児なのだから、相応の言動をしなければ……。
「あらあら、みんなどうしたの?」
そこで、着物を着た女性が屋敷の縁側に現れる。
ワタシや女中さん達も和装なのだけど、彼女は一際異なった雰囲気を漂わせている。
この女性は、この世界におけるワタシの母親――狗羽多家第七の奥方。
嗣麻子さんだ。
「お、奥様!」
「魎子お嬢様のご様子が、何やらおかしかったのです!」
「だ、大丈夫だよ! ちょっとふざけただけ! 心配させちゃって、ごめんなさい!」
なんだか、とんでもない大事になりかけている。
ワタシは慌ててみんなに謝る。
その様子を見て、女中さん達もひとまず安心したようだ。
「ごめんなさい。みんな、やっぱりこの屋敷の結界が弱まっているのが不安なのね」
嗣麻子さんは頬に手を当て、悩ましげに溜息を吐く。
「本家の方は、早く修復に来られないのでしょうか?」
「私達よりも、奥様や魎子お嬢様に危害が及ばないか心配なのです……」
「報告してはいるのだけど、後回しにされてしまっているのかもしれないわね」
嗣麻子さんが縁側に腰を下ろす。
私は、その傍に駆け寄る。
「所詮、第七室……子も女の子だから……」
ワタシの頭を撫でながら、悲しげに呟く嗣麻子さんの顔を見て、理解する。
やっぱり、この世界でも陰陽師界は男尊女卑のようだ。
「せめて、あと二年……七歳の《祝魂の儀》を迎えられるまでは……私が、絶対に守ってみせるからね」
「シュッコンノギ?」
私が小首を傾げると、嗣麻子さんは微笑む。
「そう、七歳を迎えたら、狗羽多家の子供は本家に呼ばれ、陰陽師になるための力を測る儀式を行うの。そこで、次期当主候補としての序列も決まるのよ」
「………」
七歳になったら、《祝魂の儀》で陰陽師としての素質が測られる。
そして、後継者としての序列が決まる。
つまり、そこでワタシが才能も無くスキルも無い、大ハズレだとバレてしまうというわけで……。
(……死刑宣告まで、あと二年……)
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