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取り戻した記憶

 決して少なくはないリュシオンとの記憶が、一気に脳内に溢れる。そのショックで私は少し気絶していたようだ。


 気づくとリュシオンに支えられていて


「大丈夫か?」


 心配そうに覗き込む彼を見上げて、どうしてこんなに大切な人を忘れていたんだろうと涙ぐむ。


 私はリュシオンの袖をギュッと掴みながら


「全部思い出した。すごく大事な思い出だったのに、忘れちゃってゴメンね」


 私の謝罪に、リュシオンは不安そうな顔で


「本当に思い出せたのか? どこでどう出会ったかも、どれだけあなたが俺を助けてくれたかも全部?」

「いつも助けてくれたのは、リュシオンのほうだよ。リュシオンがくれた竜騎士の証は、今も私の勇気の証だよ」


 いちばん印象深い思い出を語ると、リュシオンは感極まったように顔を歪めて


「そうか。良かった」


 私をギュッと抱きしめた。


 それから私たちは、リュシオンのご両親に会いに行った。


 前に1か月も泊まらせてもらったので、ご両親は私を覚えていたけど


「ええと、ですが、あの時はどうして我が家にカンナギ殿をお泊めしたんでしょうか?」


 紹介者であるリュシオンを忘れたご両親は、詳しい経緯を思い出せないようだった。


 私はリュシオンのご両親に、いつの間にか失った記憶があると説明し、それを取り戻すために忘却の小槌を使わせて欲しいと頼んだ。


 ご両親は戸惑っていたけど、リュシオンのお母さんのフィオナさんが


「でしたら私が先に、それで打たれます」

「フィオナ。いくら大恩あるカンナギ殿の願いだからって、そんな怪しい魔法をかけさせるのは」


 夫に止められるもフィオナさんは


「私も自分がどうなるか分からなくて不安です。ですが、なぜかやらなくてはいけない気がするのです」


 母親としての本能だろうか。息子を思い出すための魔法を、夫よりも先に受け入れた。


 私よりもよほどたくさんの記憶を持つフィオナさんは、気絶から約30分後に目を覚ました。


 そして目の前のリュシオンに愕然とすると


「おお、なんてこと。目の前に息子がいるのに気付けなかったなんて」


 恐怖に震えながら我が子を抱き締めた。


 すぐにリュシオンのお父さんも、息子の記憶を取り戻して


「すまない、リュシオン。私はお前の父親なのに、自分の息子を忘れてしまうなんて」

「いいんです、父上。魔法のせいですから仕方ありません」

「だけど、どうして私たちは自分の息子を忘れてしまったのかしら? それに記憶だけじゃない。あなたが使っていた部屋も、今は何も無い空き部屋になっているのよ」


 それもフィーロによれば、竜神の手甲による存在抹消の影響らしい。守護竜になった者は人々の記憶だけでなく、公の記録や私物まで消されてしまうのだ。


 リュシオンが身に着けていた服や剣と、飛び出す絵本に仕舞っていた竜騎士の証だけが消失を免れていた。


 それからリュシオンは、ご両親に守護竜の秘密を話した。自分が守護竜になったことは、誰にも言わないで欲しいとも。


 とんでもない事後報告に、お母さんはカッとなって


「リュシオン! またそんな大事なことを勝手に決めてしまって!」

「落ち着け、フィオナ。聞けばリュシオンが行かなければ、神樹を切られていたとのことだ。世界の滅びがかかっているのに、躊躇している暇など無いだろう」

「それはそうですが……!」


 旦那さんに止められても、彼女は怒りを抑えられない様子だったけど


「母上。いつも心配をおかけして、すみません。ですが俺は、これで良かったと思っています。おかげで大切な人を護れましたし、この力があればきっと以前より多くの人の助けになれるでしょう」


 リュシオンの言葉に、フィオナさんは悲痛に顔を歪めて


「私はきっとこの家の嫁として、あなたを厳しく育てすぎたわね。騎士として国と民を護ることは大切だけど、それ以上に自分を大切にすることを教えるべきだった」


 涙を見せまいとしてか、足早に部屋を出て行った。


「母上……」


 複雑そうに母の背を見送るリュシオンの肩に、お父さんはポンと手を置いて


「気にするな。フィオナも本当は、お前を誇りに思っている。だが、お前がいい息子だからこそ、たまに歯がゆいのだろう」

「……親不孝ですみません」


 息子の謝罪に、お父さんは首を振りながら


「お前は私の自慢の息子だ。他人には親子と名乗れぬ関係になっても、お前はずっと私たちの誇りだ」


 それからお父さんに呼び出してもらって、リュシオンのお兄さんの記憶も取り戻した。


 リュシオンから守護竜の秘密を聞いたお兄さんは


「そうか。まさか守護竜に、そんな秘密があったなんて」


 痛ましそうに弟を見ると


「俺はお前の兄なのに、何もしてやれなくて、すまないな」

「俺は大丈夫だから、母上たちを気にかけてやってくれ。もともと家は兄さんが継ぐことになっていたが、俺はもう滅多にここに顔を出せないから」


 家族の記憶は取り戻せたけど、世間的には、この家にリュシオンという息子はいなくなる。だからよほどの事情が無ければ、出入りは難しくなるだろう。


 リュシオンはそう考えているようだけど


「家の心配はしなくていいが、寂しくなったらいつでも帰って来い。この家の息子だと名乗れなくても、俺の親友だということにしてもいい。理由なんていくらでも付けられるんだからな」


 リュシオンのお兄さん、あまり話したことが無かったけど、いい人で良かった。


 リュシオンの幼い弟妹については、今は秘密を守れないからと後回しになった。


「じゃあ、後はアルメリアの記憶を戻しに行こう」


 笑顔で促す私に、リュシオンは浮かない顔で


「……いや、アルメリア様の記憶は別に戻さなくてもいいんじゃないか? このまま忘れていてもらったほうが」

「どうして嫌がるの?」


 目を丸くする私に、彼は暗い面持ちで


「さっき母上も大事なことを勝手に決めるなと怒っていただろう。アルメリア様も俺の独断で、ご自分の記憶が奪われたと知ったら激怒されるかもしれない。どうせ竜騎士として城に戻るわけにもいかないし、このまま消えてしまっても……」


 確かにリュシオンが大事だからこそ、アルメリアは烈火のごとく怒るかもしれないけど


「でも、それはリュシオンがすごく大事だからだよ。いつの間にか自分の大事な人を忘れて、縁も切れちゃうなんてすごく悲しいから、アルメリアの記憶も戻そう?」


 リュシオンの袖を引いてお願いするも


「ああっ! だが俺はアルメリア様に、今回の一件を知られるのがいちばん怖いんだ!」


 私は彼の反応に、根深い恐怖を感じた。


 確かにアルメリアはリュシオンにいつも厳しめだけど、流石に怖がりすぎじゃないかな?


 ピンと来ない私と違って、フィーロは半笑いで


「俺には君が彼女を恐れる理由が痛いほど理解できるが、いちおうアルメリアには会ったほうがいい。なぜなら彼女は今、困った状況に立たされているからな」

「困った状況って?」


 咄嗟に問い返す私にフィーロは


「それは本人に聞いたほうがいいだろう。さぁ、守護竜殿。エーデルワールの危機だ。さっさと君の主人に会いに行こう」

「わ、分かった……」

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