願いの代償【リュシオン視点】
全知の大鏡にミコト殿の体を奪われた。すぐに後を追いたかったが、相手は一足飛びのブーツで逃げた。
ここはマラクティカから遥か遠く離れた島国。尋常の手段では追いつけない。完全に逃げられた。
ミコト殿は最悪の敵の手に落ち、これからどんな目に遭わされるか分からない。
しかし絶望する俺たちのもとに「リュシオン様!」とエーデルワールの兵士がやって来た。アルメリア様の命令で、俺にあるものを届けに来たという。
そのあるものとは
「久しぶりだな、リュシオン」
「フィーロ殿! ミコト殿が!」
「君たちの状況は分かっている。だから俺は央華国に取り残された君たちの前に、こうして現れたんだ」
フィーロ殿は落ち着いた様子だが
「今さら現れても遅いニャ! 一足飛びのブーツがなきゃサーティカたち、お姉ちゃんを追いかけられニャい! 他の神の宝も全部お姉ちゃんと一緒ニャ! 魔法の使えないお前に何ができるニャ!?」
俺もサーティカと同感だったが、フィーロ殿はあくまで冷静に
「取り乱す気持ちは分かるが、我が君を追う手立てならある。そのためにも、まずはリュシオンと2人で話しをさせてくれ」
そこで俺はフィーロ殿から、全知の大鏡がミコト殿の体を奪った理由を聞いた。
ヤツはミコト殿の姿でマラクティカの王に近づき、今度は彼の体を奪って神樹を切るつもりだと言う。
「神樹を切られるのもマズいが、全知の大鏡は俺を憎んでいるからな。神樹を切った後は我が君を殺すだろう。俺にダメージを与えるために、ことさら惨たらしく」
浄化作用を持つ神樹を切れば、世界に邪気が蔓延して生物は死滅する。
けれど俺には世界の滅び以上に、ミコト殿が殺されるほうが恐ろしくて
「こうしてはいられない! 早く彼女を救う方法を教えてくれ!」
「さっき兵士から受け取った包みがあるだろう。まずはそれを開いてくれ」
フィーロ殿の指示で包みを開くと
「これは守護竜の形見? どうしてこれを?」
「君は何度かマラクティカの王と会っているだろう。だったら気づいたはずだ。彼の着けている黄金の手甲と、守護竜の形見の見た目が酷似していることに」
「確かに。でもどうしてマラクティカの王の証とエーデルワールの竜の遺品が、こんなにも似ているんだ?」
それからフィーロ殿は、俺に重大な真実を告げた。
エーデルワールの守護竜の正体は、竜神の手甲で変身した竜騎士であること。さらに守護竜の地位を継げば大いなる力と引き替えに、人間だった時の自分は人々から忘れ去られてしまうと。
「だからあなたは、あの時、俺たちにこの道具の真の意味を教えなかったのか」
俺の呟きに、フィーロ殿は重々しく頷きながら
「アルメリアには、ただ窮地を脱するためのアイテムだと言って借りて来た。君が払う犠牲を知れば、彼女は世界の滅びや我が君の死に繋がると分かっていても、これを渡すことを躊躇うからな」
アルメリア様なら最終的に正しいご決断をされただろう。ただその決断までの時間が今は命取りだ。だからアルメリア様に真実を伏せたフィーロ殿の判断は正しい。
「逆に君がこの話を聞いた以上、犠牲から逃れられないことも知っている。謝って済むことじゃないが、俺はどうしても我が君を死なせたくない」
フィーロ殿は初めて見る切実な表情で
「我が君を助けてくれ。竜の翼ならマラクティカに駆け付けられる」
「あなたが救いたいのは、世界よりも彼女なのだな」
自分の目的を遂げさせるためではなく、純粋にミコト殿を案じるフィーロ殿に微笑むと
「だが俺も同じ気持ちだ。世界や故郷も大事だが、それ以上にあんなに優しい方が、惨たらしく殺されるなんて絶対に許せない」
俺はさっそく竜神の手甲を身に着けると
「竜神の手甲よ。どうか俺に彼女を助けさせてくれ。これは国防のためではなく俺個人の願いだが、もし叶えてくれるなら、その後はエーデルワールの守護竜としての務めを生涯果たすから」
そして俺は青き竜に変身し、フィーロ殿とともに、彼女のもとへ駆け付けた。
フィーロ殿は守護竜の力を得る代償を、事前に説明してくれた。俺も人間としての自分を、この世の全ての人から忘れられてもいいと覚悟したはずだった。
けれど黄金宮の客間で、枕の下に隠されたミコト殿を助け出した時。彼女は目の前の俺よりも、フィーロ殿の声に反応した。
マラクティカの王にもサーティカにもエーデルワールの兵士にも、俺は残らず忘れられた。
そして
『あの、今更ですけど、あなたは誰ですか?』
よく知らない他人を見るような目が気のせいではなかったことを、彼女の発言によって知った。
俺を忘れてもミコト殿は親切で
『リュシオンさんはどこの国の人なんですか? 良かったら近くまで送ります』
そう言ってくれたが、言葉を交わすほど「ああ、俺は本当に彼女に忘れられたのだ」と密かに絶望した。
フィーロ殿にキチンと説明されたにもかかわらず、心のどこかで期待していたのだろうか?
ミコト殿なら俺を忘れても、縁のある者だと分かってくれるんじゃないかと。
愚かにもほどがある。
代償を知りながら、そのとおりの事態が起きたことにこれほど動揺して、勝手に傷ついている自分が恥ずかしくて、俺は逃げるように彼女の前から去った。




