過去視の眼鏡
私はフィーロと兵士さんと一緒に、エーデルワール城へ向かった。
アルメリアを呼んでもらうと
「良かった! 無事にフィーロ殿と再会できたのですね!」
先にフィーロと再会した彼女は、私が危険だと聞いていたらしく無事を喜んでくれた。
「けっきょくフィーロは、どうやってマラクティカに来たの?」
「おおむね全知の大鏡と一緒さ。まずは神の宝物庫に訪れた人間と交渉し、一緒にこの世界に来てもらった」
けれど一足飛びのブーツ無しでマラクティカに行くには、死の砂漠を越えなければならない。フィーロの案内があっても、普通の人間にはまず無理な道のりだった。
だからフィーロはエーデルワールで、アルメリアからある道具を借りたそうなんだけど
「わたくしはフィーロ殿に頼まれて、兵士の他に何かを貸したはずなのですが……えっと何を貸したんでしょう?」
なぜか覚えていないらしい彼女にフィーロは
「悪いが今それを説明すると、かえってややこしくなる。それより君に保護してもらった彼女はどうしている?」
彼女とは神の宝物庫からフィーロを連れ出してくれた人だ。フィーロと別れた後は、エーデルワールで待っていたらしい。
「なんとか宥めて城に留まってもらいましたが、あなたに置いて行かれたせいで、自分は騙されたんじゃないかと疑心暗鬼になっていますわ。わたくしのことは後で構いませんから、早く彼女に会って安心させてあげてください」
「ありがとう。そうさせてもらう」
アルメリアの許可を得て、彼女のもとに向かう途中。
「彼女って、どんな人? どんな条件で協力してもらったの?」
「彼女は君と同じ日本人で、少し目を離した隙に我が子を失った。彼女は自分の不注意で子どもを死なせた罪悪感に耐えられず、向こうの世界で自死した」
彼女は死の間際。亡くした我が子に、もう一度会いたいと願ったそうだ。神の宝物庫は未練を抱いて死んだ人間の魂を呼び寄せる。
さらに彼女の場合は亡くなった子どもが、この世界に転生しているらしい。
「俺は彼女を転生した子どもに会わせる約束で協力してもらった。けれどエーデルワールから央華国行きの船が出る港町へ行くには、女性の足では遅すぎる」
だからフィーロはアルメリアから、乗馬が上手な兵士さんを貸してもらい最速で船に乗ったそうだ。
「必ず戻ると約束したが、彼女にとって俺は会ったばかりの他人。置き去りにされて、とても不安だったろう。悪いことをした」
その話を聞いた私は
「フィーロにもその人にも迷惑をかけちゃってゴメンね」
そこまで急いだのは私を助けるためだと謝るも
「君との再会のために、彼女を利用したのは俺だ。俺のほうこそ君と会うために、かなり強引な手段を取ったせいで解決しなければならない問題が山積みだ。君も色々気になることがあるだろうに、ゆっくり疑問に答えられなくてすまないな」
フィーロの言葉に、私は笑顔で首を振りながら
「私はまたフィーロと会えただけで嬉しいから、気にしないで」
「ありがとう。じゃあ、まずは彼女との約束を果たすとしよう」
エーデルワール城に滞在していた彼女に会いに行くと
「良かった! 戻って来てくれて!」
ボサボサの髪に荒れた肌。目元にはクッキリと濃い隈。
見るからに病んだ20代後半の女性、柊さんは目を血走らせながら私たちに縋って
「彼女があなたの本当のご主人様なんですね!? 彼女に会えたんですから、私も娘に会わせてくれますよね!?」
「ああ。だが、その前に手に入れなければならないものがある」
全知の力を持つフィーロは、彼女の娘が何に転生したか知っている。けれど、あれがそうだと言われても普通の人には判別できないので
「だからその人物が、確かに君の娘が転生した姿だと確認するために『過去視の眼鏡』が必要なんだ」
過去視の眼鏡はその名のとおり、人や物や場所の過去が見られる眼鏡だ。マックスまで遡れば、赤ん坊を通り越して前世の姿まで見られるという。
「確かに娘だと確認するために、その眼鏡が必要なのは分かりますけど、まだ待たなきゃいけないんですか……」
肩を落とす柊さんに、フィーロは誠実な態度で
「すぐに君の願いを叶えられなくて、すまない。ただ過去視の眼鏡がどこの誰に所有されているかは分かっているから、借りて戻るまでにそう時間はかからない。あと2日だけ待って欲しい」
「……あと2日でいいんですね? それなら分かりました」
彼女と別れた後。私たちは過去視の眼鏡を持つ人物に会いに行った。なんと、その男性は過去視の眼鏡で探偵をしていた。
確かに過去視の眼鏡を使えば、相手が何をしていたか。その場所で何が起こったか、遡って見ることができる。
でも、そんな便利な道具を簡単には貸してくれないだろう。こちらとしても悪いことをしているわけじゃないのに、無理に取り上げることはできない。
「見知らぬ人間に道具を貸すのが心配なら、君も一緒に来てくれればいい。俺たちは、その母親が過去視の眼鏡を使わせてもらえれば、君の手から貸すのでも構わないから」
探偵さんは迷惑そうだったけど、依頼として報酬を払うこと。自分の名探偵としての活躍が、推理力ではなく過去視の眼鏡の力であることは、誰にも言わないという条件で依頼に応じてくれた。
探偵さんを連れて、柊さんのもとに戻ると
「これでようやく、あの子に会えるんですね!」
「ああ。ただ向こうは、君が自分の前世の母だと知らない。あの子が確かに転生して今は幸せに暮らしている姿を、遠くから見るだけになることは理解して欲しい」
「それで構いません。私のことは分からなくても。ただもう一度、生きているあの子を見られれば」
それから私たちは、彼女の娘さんの生まれ変わりがいる街に移動した。
たくさんの人が行き交う昼下がりの街並み。フィーロは子どもにお菓子をせがまれて「もう。1個だけよ」と溜め息交じりに買ってあげる母子を指した。母親のお腹は大きく2人目の子どもを妊娠しているようだった。
「今お菓子をねだった子が私の娘なんですか?」
「いや、君の娘は母親のほうだ」
フィーロの返答に、柊さんはハッとして
「そうですよね。あの子が亡くなってから、もう何十年も経っているはずですから。私があの子を見つけられないでいる間に、すっかり大人になっていたんですね」
「さぁ、過去視の眼鏡を使ってご覧。今の彼女に以前の面影は無いが、目盛りを限界まで回せば、君が求めていた姿を見られる」
柊さんはフィーロの勧めどおり、過去視の眼鏡を使った。過去視の眼鏡は胎児を通り越して、今は2人の子の母である彼女の前世を見せた。
幼くして亡くなった娘の姿を見た柊さんは「ああ……」と両手で口元を覆って
「あんなに小さかったあの子が本当に……。今は自分が母親になっているなんて……」
4歳で亡くなった前世の娘さんは、赤ちゃんのお人形をお世話するのが好きで、母親になるのが夢だったそうだ。
しかし実際は母親になるどころか、柊さんが目を離した隙に公園の遊具から落ちて、恋も知らずに死んでしまった。
柊さんはそれを自分のせいだと、死ぬほど悔いていたけど
「だけど、あの子はこの世界で愛する人と出会って、今度は夢を叶えられたんですね。良かった。良かった……」
幸せそうに歩く母子の後ろ姿を見て、歓喜の涙を溢れさせた。
彼女の涙が止まった頃。
「娘さんと話さなくていいんですか?」
母親だとは名乗れなくても、どんな風に暮らしているかとか、幸せかとか聞きたいことがあるんじゃないかと思ったけど
「知らない女に話しかけられても、戸惑うだけでしょうから」
本当に遠くから幸せを確認するだけで良かったらしく、柊さんは微笑みながら首を振った。
「柊さんは、これからどうしますか? 家族も知り合いもいない異世界で、女性が1人で暮らすのは大変なんじゃ」
「そうですね。働き口が見つかるまで、どこか落ち着けるところがあればいいんですけど」
「とりあえず今はエーデルワール城に戻るのがいいだろう。アルメリアに相談すれば、働き口も紹介してもらえる」
フィーロの意見を聞きながら、アルメリアにたくさん迷惑をかけちゃって申し訳ないなと思った。でも女の人が1人で生きて行くのは大変だから、安全な環境を紹介してあげて欲しい。




