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増える荷物と飛び出す絵本

 クリスティアちゃんの家の問題が無事に解決した後。


「旅人さん、もう旅立ってしまうんですか? まだなんのお礼もできていないのに。回復した使用人たちも戻って来てくれるそうですから、もう少し泊まって行ってくださればいいのに」


 クリスティアちゃんが門前で、ご両親とともに私を引き留める。


 伯母さんが居た時の彼女は、お風呂さえ禁じられていたらしい。


 けれど、ご両親が戻って来たことで久しぶりに身を清めて、本来の服装に戻っていた。


 お母さん譲りの美しいホワイトブロンドをリボン付きのカチューシャでまとめて、私の世界で言うところのクラシカルロリータ風のドレスを着ている。


 もともと整った顔立ちだったけど、身綺麗になった今は人形のように美しい少女になった。


 何より両親が戻って来た安堵と幸せで、クリスティアちゃんの顔は輝いていた。


「私はクリスティアちゃんたちの元気な姿が見られただけで嬉しいから、お礼なんて気にしないで」


 それは遠慮ではなく本心だったけど、今度はクリスティアちゃんのお父さんのエミリオさんが


「でしたら旅費の足しに、お金だけでも」


 そう言ってくれたものの、伯母さんが牛耳っていた間に、この家の財産はけっこう使い込まれたようだ。


「お礼は本当に結構ですから、生活を立て直すのに使ってください。またご家族と使用人さんたちで、安心して暮らせるように」


 私がこの家の問題を知ってから、ずっと願っていたのはそれだけだ。


 ご両親の回復を願って、がんばって耐えていたクリスティアちゃん。幼い主人のために伯母さんに抗議した結果、倒れた使用人さんたちと、1人で彼女を支え続けたばあやさん。


 皆が安心と幸せを取り戻して欲しい。


 私の願いに、クリスティアちゃんのお母さんのジョセフィーヌさんは「ああ」と目を潤ませて


「なんて無欲で不思議な旅の方。あなたはきっと魔法の事件を解決すると、いつもこうして風のように去ってしまわれるのですね」


 なんだかうっとりと言うと


「せめて2日! 2日だけ時間をください! 魔法の指輪を追うあなたの不思議な旅に、ピッタリの衣装を作ってみせますわ!」


 いかにも良家の奥様然とした姿からは想像もできない情熱に、私はビックリした。


 けれど夫であるエミリオさんと娘のクリスティアちゃんは慣れた様子で


「妻はデザイナーなんです。一度インスピレーションが湧いたら最後、誰にも止められません。私やクリスティアの服も、彼女が作ってくれたのですよ」

「お母様のこんな姿は久しぶり。すっかり元気になって良かった」


 なぜか私が感謝されているけど、本当に彼女たちを助けたのはフィーロだ。


 私はフィーロの指示に従って、ちょっと動いただけ。


 それなのに、こんなに良くしてもらっていいのかなと戸惑ったけど


「ご厚意に甘えたらいいじゃないか。君の場合、男装は外せないが、商売をするなら身だしなみは大事だ。あの奥方はセンスがいいから、動きやすく派手すぎない旅装を作ってもらおう」


 フィーロの勧めもあって、ジョセフィーヌさんに服を作ってもらうことになった。


 ジョセフィーヌさんは私の要望も聞いて、一見すると男の子のようだけど、可愛らしさもある素敵な旅装を作ってくれた。


「いいじゃないか、我が君。その黄色の羽飾りがついた緑の帽子、短くなった君の黒髪によく似合っている」


 私も旅人らしい緑の帽子と、同色の上着をとても気に入った。


「あの、この服とても素敵で気に入りました。見た目がいいだけじゃなくて、すごく動きやすいです。こんな素晴らしい服を作ってくれて、ありがとうございます」


 思いつく限りの賛辞と感謝を述べると


「いいえ、こちらこそ。復帰後の初仕事にこんな可愛い旅人さんの衣装を作れて、とても楽しかったです」


 ジョセフィーヌさんは上品に微笑んで


「ミコトさんが着ていた服はどうします? 古いものみたいですし、よろしければ、こちらで処分しますが」

「あっ、これは大事なものなので、自分で持っています」


 この服は、この世界に来たばかりの頃。優しいおじいさんとおばあさんが私のために用意してくれた服だ。


 村人の普段着なので、街着としては粗末かもしれない。


 だけど、あのご夫婦との大事な思い出だから、捨てずに取っておきたい。


 けれどクリスティアちゃんの屋敷を離れた後。


「恩人がくれたものを大事にしたい気持ちは分かるが、君は旅人で持てる荷物は限られている。もう使わないものは、なるべく早く捨てたほうがいい」


 フィーロの言うとおり、荷物が増えて持ち運びに苦労するのは自分だけど


「フィーロの言うとおりなんだけど……おじいさんたちが私にしてくれた親切は、すごく特別だったと思うから。新しい服が手に入ったからって、すぐに捨てちゃうのは……」


 躊躇する私に、フィーロは別の案を出して


「だったら強欲の指環で金に変えたらどうだ? 言っちゃ悪いが、その服は安物だから硬貨にしたほうが場所を取らないし、いつでも服に戻せる」


 一瞬いいアイディアかもと思ったけど


「フィーロはともかく私はおっちょこちょいだから、下手にお金に変えたら、うっかり使ったり落としたりしちゃうかも……」


 フィーロは親切で助言してくれているのに、ついそれもこれもダメと言ってしまう。


 心の広いフィーロも、そろそろ怒るんじゃないかと心配になったけど


「そうか。じゃあ、君が増え続ける荷物に潰されないように、ものを収納する道具を手に入れに行こう」

「ものを収納する道具? それも神の宝なの? そんな道具があるんだ?」


 私の質問に、彼はなぜか少し皮肉な物言いで


「なんだってあるさ。人間が望むものは大抵。ほとんどね」


 それから私はフィーロの案内で、2つの街を移動した。


 フィーロの言う『ものを収納する道具』は、本や巻物がたくさん置かれた古本屋にあった。


 そこで私はフィーロに言われて、1冊の本を手に取った。


 他の本はみな日焼けして古びているのに、これだけ新品のように綺麗だった。


「君が今、手に取ったのは『飛び出す絵本』。ページをめくってご覧。そこに描かれたものは皆、昔誰かが収めた荷物。君が名を呼べば名前のとおり、絵本から飛び出て来る」


 謡うように説明するフィーロに


「これが収納のための道具なの?」

「まぁ、詳しい説明の前に、まずは購入だ」


 ちなみに購入に関してフィーロは


「店主はいかにも世間知らずそうな君を甘く見て、珍しい本だからとぼったくろうとして来る。しかしこの本は装丁こそ美しいが、普通の人には用途の分からない本だ。実際は全く売れずに困っているから、10分の1まで値切れる。無駄金を使うことは無いからギリギリまで粘るといい」


 しかし私はフィーロに忠告されたにもかかわらず


「事前に忠告したにもかかわらず、言い値で買うとは。お人よしの君に、やっぱり値段交渉は難しいみたいだな」


 フィーロの言うとおり。私は飛び出す絵本を日本円で例えるなら、1万円ほどの高値で買った。


 神の宝と考えれば安い買い物だけど、実際は千円で買えたのに。


「ゴメンね。前にもお金は大事にしろって注意されたのに。しかもフィーロと一緒に稼いだお金なのに……」


 古本屋さんから、できる限り安く買うことに、なんだか抵抗があった。


 どうして悪いと思ったのか、うまく説明できない私の代わりに


「いいさ。君は優しいから実際はもっと価値あるものを、店主の無知に付け込んで最安値で買い叩くことができなかったんだろう。それに金はまたいくらでも稼げる。その本の中身を強欲の指輪で金に変えれば、すぐにでもね」


 それから私はフィーロに飛び出す絵本の使い方を教わった。


 飛び出す絵本は白紙のページに、ものを押し付けて「入れ」と命じることで収納される。


 逆に本から出したい時はそのページを開き、対象物の名前を呼びながら「出ろ」と命じるだけ。


 本に入れたものは劣化しない。ただし生き物は入れられないそうだ。


「この本より大きなものも入れられるし、例えば料理を入れれば、いつでも出来立てを食べられる」

「わぁ! じゃあ、これからは野宿の時も、出来立ての料理を食べられるんだ!」


 普通は野外で出来立ての料理を食べるなら、その場で調理しなきゃいけない。


 となると、食材だけじゃなく調理道具など、どっさり持ち運ばなきゃいけなくなる。


 だから、そんな大荷物を持ち運べない私は、今まで野宿の時は、味気ない携帯食料を噛んで空腹を凌いでいた。


 しかしこれからは街で料理を買って、いつでも好きな時に取り出して食べられるらしい。


 これはすごいアイテムだぞと感動する私に、フィーロはいつもどおり冷静に


「取りあえず使用頻度の少ないものや、かさばるものは全部この本に入れておこう。ただし1ページにつき1つしか入れられないから、要らないものは、なるべく早く捨ててくれ」


 と言っても、この本は100ページ以上ある。


 今のところ、このページを全て使い切るほうが難しそうだ。


 私はさっそく最初の村のご夫婦からもらった服を収納した。


 すると服はスッと消えて、白紙だったページに素朴で温かみのあるイラストと説明書きが浮かんだ。


【老夫婦からもらった服】


『あなたがこの世界で最初に出会った老夫婦からもらった服。あなたの大事な旅の思い出』


 単にものを仕舞うだけでなく、まるで絵日記のように、思い出も記録できるみたいだ。


 飛び出す絵本を気に入った私は、これまでの旅の思い出とともに、新たな神の宝をギュッと抱きしめた。

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