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小さなヒーロー

 全知の大鏡が客間に戻る前。私は全身を麻痺させられて、枕の下に隠されていた。


 声を出そうにも舌が回らない。どれだけもがこうと体は動かない。


 早くしないと獣王さんが、全知の大鏡に体を奪われてしまう。そうすれば全知の大鏡は、獣王さんの体で神樹を切りに行く。


 フィーロによれば、神樹は枝を切られただけでも枯れてしまうそうだ。神樹そのものを切り倒せば、浄化機能を失った世界は、もっと早く滅んでしまうだろう。


 不安と焦りで気が狂いそうになる中。私の上に乗っていた枕がふと退けられる。


『心配しなくても後で体は返してあげますよ。取り返しのつかない結果とともにね』


 去り際の全知の大鏡の言葉が蘇る。


 事を終えた全知の大鏡が戻って来たのか?


 光が差したことに、かえって絶望した瞬間。私の耳に届いたのは


「大丈夫だ、我が君。あんなヤツに世界は壊させない」


 それは二度と聞くはずのない、しかし決して忘れられない声。


 知らない男の人の手に乗せられた私が対面したのは、懐かしいフィーロの姿だった。


 それからフィーロは男の人に頼んで私に解毒薬を飲ませた。


 麻痺から回復した私は


「フィーロ!」


 青い髪の男の人の手から抜け出すと、小型化された自分よりも大きい紫のコンパクトに泣きながら抱き着いて


「ずっと寂しかった! ずっと会いたかった!」


 知らない男の人の体で子どもみたいに泣く私に


「二度も君を泣かせてすまない」


 フィーロは鏡越しに、私の涙を拭うように手を動かしながら


「でも今は君への謝罪より先に、やらきゃいけないことがある。もうすぐ獣王殿の体を奪った全知の大鏡が戻って来る。その前に反撃の準備を整えるんだ」


 久しぶりのフィーロの指示に、私はグッと涙を飲み込んで


「分かった。何をすればいい?」


 入れ替わった各人を元の体に戻すだけなら、全知の大鏡の本体を割るだけで済むそうだ。


 ただしそれだと今、私が入っている男の人の魂も一緒に死んでしまう。


「加えて全知の大鏡は俺と同様、神の宝物庫に戻るだけ。全知の大鏡はもともと俺を憎んでいる。その上で2回もやり込められたら、自分が鏡の状態から解放されるより、俺たちへの復讐が最優先になるだろう」


 そうなれば全知の大鏡は、私たちを直接狙うのではなく、無関係の人たちを攻撃するとフィーロは読んでいた。


「だから今回俺たちが目指すのは、全知の大鏡の破壊ではなく、無傷で捕らえて半永久的に封印することだ」


 それから私は怠惰の指環を首に引っ掛けると、小さな体を活かしてベッドの下に隠れた。


 後は部屋に入った全知の大鏡に、フィーロたちが入口から声をかければ、彼は自然と私に背を向ける。


 私はフィーロが全知の大鏡の注意を引き付けている隙に密かに接近して


「君は全知の力を持っているくせに、彼女を過少評価したな。彼女は助けを持つお姫様じゃなくて、自ら状況を打開する英雄だ」

「まさかあんななんの取り柄も無い女に、そんなことができるわけ……」


 彼の足首にギュッと抱き着いて気力を奪った。


 本物の獣王さんから意識を奪い切ることはできなかったけど、全知の大鏡はすぐにダウンした。肉体は同じだから、恐らく精神的な強さの違いだろう。


「ここにいて当然の人間がいないことに気付くべきだったな。まぁ、彼女はお前のせいで小さくなっていたから、目に入らなくても仕方ないが」


 フィーロの声を聞きながら、私は真っ先に獣王さんに駆け寄って


「獣王さん! 大丈夫ですか!?」


 今は私の姿の獣王さんは、絞められていた首を苦しそうに押さえながらも


「お前なのか? その男の体にいるのか?」

「はい。私のせいで迷惑をかけちゃって、すみません」


 眉を下げて謝る私に、獣王さんは目を潤ませると


「構わない。お前が無事なら」


 小さくなった私を手に取って額を寄せた。


 迷惑よりも心配をかけちゃったみたいだ。


「いつもたくさん心配をかけちゃってゴメンなさい」


 私は謝りながら、手を伸ばして獣王さんの頭を撫でた。


 それから私たちは嫉妬の指輪で、順々に体を入れ替えた。最後に私が入っていた男の人の体と全知の大鏡を入れ替えると


「良かった! 元の体に戻してくれて、ありが」


 晴れやかな笑顔で男の人がお礼を言いかけた瞬間。


 青い髪の男性が後ろから


「『全知の大鏡と出会ってから全ての記憶よ、消えろ』」

「ギャンッ!?」


 忘却の小槌で素早く小突いた。


 突然の暴挙に獣王さんは怪訝な顔で


「なぜその男を殴る? ソイツは全知の大鏡に騙された被害者じゃないのか?」


 ところがフィーロによれば、全知の大鏡に体を奪われていた男性は


「悪人に騙され利用された者が必ずしも善人とは限らない。この男は全知の大鏡に入り、人が知り得ない知識を得た。いずれその知識を悪用するから、忘却の小槌で元の状態に戻すように彼に頼んでおいたのさ」


 その説明に納得した獣王さんは


「それで、その鏡はどうする? 下手に割ればかえって凶悪になって、何度でもこの世に戻って来るんだろう?」

「ああ、だからこの世界にずっといてもらおう。前に俺がされたように『遮音布』で声を奪い、決して割れないように頑丈な箱に厳重に保管した上で、死の砂漠の深くに埋めてやろう」


 笑顔で恐ろしい提案をするフィーロに、獣王さんは「そうか」と全知の大鏡に目を向けると


「お前の墓穴は俺が手ずから掘ってやろう。二度と誰にも掘り出せないほど深い穴の底に、永遠に葬ってやる」


 これから全知の大鏡は、真っ暗な箱の中に半永久的に閉じ込められる。


 エーデルワール城に封印されていた時は、まだ人の気配が傍にあり、いつか誰かが封印を解くかもという希望があった。


 しかし死の砂漠の深い穴の底では、誰かが偶然見つける可能性はゼロに等しい。


 全知の大鏡は初めて恐怖して


「いくらなんでもこんな罰は酷すぎる! 」


 悲痛に叫ぶと、私に向かって


「心優しいあなたなら、私が一度や二度過ちを犯したからって、永遠に暗い穴の底にいろとは言わないでしょう!? お願いですから、彼らを止めてください!」


 全知の大鏡の頼みに少し迷う。


 私だって心あるものを、そんな酷い目に遭わせるのは可哀想なので


「じゃあ、二度と悪事はしないと誓ってくれますか?」

「もちろん誓います! 少なくともあなたが生きている間は、神の宝物庫から出ません!」

「私が生きている間だけじゃなくて、あなたにとっての永遠じゃなければ意味がありません」


 私の指摘に、全知の大鏡は一瞬、嫌そうに顔を歪めた。しかし打って変わって笑顔になると


「ええ、でしたらそう誓います。仮にまたこの世界に来ることがあっても、今度はフィロソフィスのような良い鏡になりますとも」


 従順に条件を飲んだ全知の大鏡に


「『全知の大鏡よ。我が問いに真実で答えよ。今の誓いに偽りは無いか?』」


 それは以前、全知の大鏡自身に教えられたこと。「真実で答えよ」と命じられると、全知の鏡は真実しか言えなくなる。


 私の命令で嘘を吐けなくなった全知の大鏡は、美しい顔を「ギィィ」と歪めて


「道具頼りの無能のくせに調子に乗りやがって! このクソアマぁぁ……!」

「リュシオン、その邪悪な鏡をさっさと遮音布で覆ってくれ。じゃないとソイツは君たちが思わず叩き割りたくなるような暴言を、永遠に彼女に吐き続ける」

「了解した」


 青い髪の男の人は、全知の大鏡を速やかに遮音布で包んだ。


 その様子を見ながら、私はフィーロに


「でもこんな辛い目に遭ったら、いつかは本当に改心するかもしれないから、その時は解放してあげてくれる?」

「お前はあれだけ酷い目に遭わされて、こんな邪悪な鏡にまで同情するのか?」


 獣王さんは顔をしかめたけど、フィーロは「それでこそ我が君だ」と笑って


「彼が改心することがあれば、もちろん俺が察知して深い穴底から救出しよう。まぁ、今のところ、その兆候は見えないけどな」


 見えないんだと私は苦笑いした。

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