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1つの終わりと新たな事件【視点無し】

 後宮を脱走すると決めてから数日後。


「聞いた? 一の姫が自ら毒を飲んで死んだって話」

「朝、女官が見に行ったら、机に突っ伏すようにして冷たくなっていたそうよ」


 後宮内の中庭。女官たちが用意したお茶を飲みながら寵姫たちはヒソヒソと


「遺書によれば原因は、再び帝の寵愛を失ったからですって。一の姫はお世継ぎを産めなかったから、帝の関心が離れたら終わりだと思い詰めてしまったみたい」

「帝を独占していた時は憎らしかったけど、こんなことになると、やっぱり可哀想ね……」


 彼女と同じ境遇である寵姫たちは、レイファンの最期を憐れんだ。


 一方。皇帝は


「余が通わなくなったからと言って、何も死ぬことはなかろうに。まるで余が死なせたかのようで気分が悪い」


 色欲の指輪の効果が切れたことで、レイファンへの想いはすっかり冷めていた。


 不愉快そうな皇帝を、老齢の家臣は宥めるように笑いながら


「一の姫のことなら、お気になさいますな。そもそも帝の寵愛は、1人の女に集中していいものではありません。それを普通の男女のように錯覚して、勝手に思い詰めるほうが悪いのです」

「とは言え、死体を粗末に扱ったのでは化けて出られそうだ。とっくに冷めていたとは言え、レイファンは一の姫。貴人として丁重に葬ってやれ」

「はっ、そのように」


 この国では貴人の死体は焼かれることなく土葬される。レイファンは木の棺に納められ、後宮から運び出されると、寵姫たちが眠る霊園に埋葬された。


 その夜。皇都から遠く離れた港町。ミコトが央華国で最初に訪れた街の宿屋で


「手はずどおり、土葬されたレイファン殿を掘り出して来た」


 冷たくなったレイファンが発見されてから土葬されるまで、リュシオンは隠れ蓑で姿を消して様子を窺っていた。もし火葬だったら、怠惰の指環と忘却の小槌を駆使して、強引に連れ出す計画だった。


 けれどレイファンは運よく土葬。人気が全く無くなった夜に、リュシオンが彼女の墓を掘り返した。後は墓を元通りにすれば、一度埋めた死体の有無を確認されることはまずない。


 レイファンの死は、魔女の万能鍋で作った薬による偽装だった。これで皇都から遠く離れた場所に行けば、レイファンは自由に暮らせる。


 リュシオンに薬を吐かされて、仮死状態から復活したレイファンは


「シュウホウ……」


 ミコトによって、この場に招かれたシュウホウを見て、彼女は喜ぶよりも怯えた。


 レイファンは我がことの枕でシュウホウの想いを知った。それでも夢から覚めれば、シュウホウとして感じた想いは徐々に薄れていく。彼女は激しい自己嫌悪のせいで、どんな態度を取ればいいか分からなかったが


「レイファン!」


 シュウホウは強く彼女を抱きしめると


「カンナギさんから君が後宮で、どんなに辛い想いをしていたか聞いた。俺は君の恋人だったのに。今も昔も何もできないで、君を1人で苦しめて。本当にすまない。すまない、レイファン」


 その言葉に、レイファンは「悪いのは自分だ」と言うよりも


「ああっ、シュウホウ! ずっと会いたかった!」


 彼の優しさと一途な愛情に涙を溢れさせながら、愛しい人に抱き着いた。


 やがて泣きやんだレイファンは


「どうかミコトさんにお礼を言わせてください。彼女は今どこに?」


 その問いに、リュシオンはサーティカを見ながら


「俺もさっきから気になっていた。ようやく2人が再会できたのに、ミコト殿はどこに行ったんだ?」

「お姉ちゃん、トイレに行ったニャ。タイミングが悪いけど、生理現象だから仕方ないニャ」

「しかし用を足しに行ったにしては少し遅いような……」


 シュウホウが言いかけた、ちょうどその時。


「あっ、戻って来たニャ」

「ミコトさん!」


 トイレから戻ったミコトに、レイファンは真っ先に駆け寄ると


「私を後宮から連れ出して彼に会わせてくれて、ありがとう。こんなに大きな恩を、いったいどうやって返したらいいか」

「私は何もしていませんから、お礼なんて気にしないでください」


 ミコトは次にリュシオンに目を向けると


「貸していた道具を、返してもらっていい?」


 リュシオンは、すぐに借りていた道具類をミコトに返した。


 ミコトは一足飛びのブーツを履き直すと、なぜか皆から少し距離を取って


「最後にいいことを教えてあげましょう。あなたは不妊について気にしていましたが、子どもを為せない体なのは、あなたではなく帝のほうです」


 レイファンと帝が出会ったのは3年前。


 しかし帝は現在37歳で、以前から後宮を利用していた。帝は移り気だが、それでも女性との交渉はあったのだから、誰かは懐妊していてもいいはず。


 だとすれば1人も子どもがいないのは女性側の問題ではなく、帝自身のせいと考えたほうがつじつまが合う。


「しかし央華国は他の多くの国と同じように、男尊女卑の傾向にある国。まして相手は帝です。帝が子どもを作れない体質だとは、疑うだけでも不敬になります。ですから、この国の男たちは子が生まれない責任を、女性になすりつけたのです」

「それが本当なら嬉しいけど、どうして私の問題じゃないと言い切れるのですか?」


 深刻な問題だからこそ、単なる推測ではレイファンは安心できなかった。


 そんな彼女にミコトは


「私は央華国に来る前から、あなたのことも、ここに至るまでの流れも全て知っていました。なぜなら私は、この世の全てを見通す全知の大鏡ですから」


 ミコトらしからぬ邪悪な笑みに、リュシオンたちはギョッとして


「ぜ、全知の大鏡だって!? あなたはいったい何を言っているんだ!? あの鏡はとっくの昔に俺が割って……」

「ニャー!? コイツ、お姉ちゃんだけど、お姉ちゃんじゃないニャ!」

「サーティカ!? どういうことだ!?」


 狼狽えるリュシオンたちをよそに、ミコトの姿をした何かは皮肉な笑みを浮かべると


「今さら気づいても遅い。では、ごきげんよう。役立たずの竜騎士殿」


 「マラクティカへ」と一足飛びのブーツで消えた。


 後に残された者たちは


「い、いったいどうしたんですか? なぜミコトさんは、あなたたちを残して1人で消えたんですか?」


 困惑するレイファンに、サーティカは動揺しながらも


「さっきのヤツ、体はお姉ちゃんだけど中身は別人ニャ! お姉ちゃん、何かに体を乗っ取られたニャ!」

「だとしたら、アイツは本当に全知の大鏡なのか? そう言えば前にミコト殿が、神の宝は壊されても消えず、神の宝物庫に戻るだけだと言っていたが……」

「じゃあ、きっとそこから出て来たニャ! それでこっちの動きを読んで、お姉ちゃんの体を奪ったニャ!」


 サーティカの推理どおり、全知の大鏡はミコトたちが色欲の指輪を求めて央華国にやって来ることも、レイファンとシュウホウを再会させようとすることも全て予知していた。


 だからミコトの体を奪った後。勘の鋭いサーティカに悟られぬように、それでいてリュシオンに貸した道具類を回収できるように、ギリギリのタイミングで部屋に戻った。


 そして、まんまとリュシオンたちを央華国に置き去りにした。自分だけが何も知らないレオンガルドと会い、今度は彼の体を奪うために。

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