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我がことの枕【視点混合】

 どうすればシュウホウさんの想いを、レイファンさんに真っすぐ届けられるだろう?


 私は悩んだ末に、ある神の宝を思い出した。


 それはフィーロと旅していた頃。やはり不用品回収で手に入れたものの、使いどころが分からなくて、飛び出す絵本に仕舞いっ放しになっていた道具。


「『我がことの枕』? どんな道具なんだ?」


 リュシオンの問いに、私はフィーロの説明を思い出した。


『我がことの枕は不実な男に裏切られた女が、自分の悲痛を思い知らせてやりたいと願って生まれた神の宝だ。この枕を抱きしめた者の体験を、次にこの枕で眠る者に夢として見せる。他人事ではなく、まるで自分自身の経験のような形でな』


 シュウホウさんがこの枕を抱きしめれば、彼の体験や想いが記憶される。その枕でレイファンさんが寝れば、彼女はまるで自分が体験したように、シュウホウさんの想いを知る。


 私から説明を聞いたリュシオンは


「なるほど。どれだけ言葉を尽くそうと、他人の気持ちを完全に理解することはできない。しかし自分のこととして経験できれば、言葉にできない感情さえ、そのまま伝えられるんだな」

「多分そうだと思う」


 私自身は我がことの枕を使ったことが無い。だからこの枕がシュウホウさんの気持ちを、どんな風にレイファンさんに伝えるか。その夢を見た彼女がどう思うかは予測できない。


 けれどレイファンさんを救えるのは、シュウホウさんの想いだけだ。


「だから、この枕にシュウホウさんの想いを込めて欲しいんです」


 私の頼みに、神の宝を知らないシュウホウさんは戸惑いつつも


「そんなおとぎ話のような話、にわかには信じがたいが、もしレイファンが独りで苦しんでいるなら、俺は彼女にずっと想っていたと伝えたい。もしまた彼女と会えたら、どんなに嬉しいかと」


 シュウホウさんはそう言いながら、まるでここにいない彼女にするように、我がことの枕を強く抱きしめた。


 その日の深夜。仮に皇帝さんが来ていたとしても、寝静まっているだろう頃。私はサーティカに借りた隠れ蓑で姿を消しながら、一足飛びのブーツでレイファンさんの元を訪れた。


 幸い私たちの予想と違って、彼女は1人で寝ていた。布団から出ているレイファンさんの手には、色欲の指輪が嵌まっていなかった。


 恐らく怠惰の指輪と同様、色欲の指輪も外せば魔法が解ける。だからレイファンさんに夢中なはずの皇帝は、今日ここに来なかったのだろう。


 私と話したことでシュウホウさんへの想いが蘇り、彼以外の人に触れられることが耐えられなくなったのかもしれない。


 本当はレイファンさんの枕を勝手に入れ替えるつもりだった。


 けれど予定を変更すると


【レイファン視点】


「レイファンさん」


 耳慣れないのに不思議と優しく響く少女の声で目を覚ます。


 暗い部屋の中。目を開けると、魔法の指輪を求めて私を訪ねて来たミコトという少女がいて


「この枕で寝れば、シュウホウと会う勇気を得られるって、どういうこと?」


 困惑する私に、彼女は笑顔で「使ってみれば分かります」と答えた。


 明日の夜も会いに来るから、その時に答えを聞かせて欲しいと。


 どうしてこの枕で寝るだけで、シュウホウと会う勇気を得られるのか、私には全く理解できなかった。


 けれど私を気遣う彼女の笑顔や声がとても優しいせいで、会ったばかりの他人なのに、なぜか疑う気になれない。


 彼女が勧めることなら、きっと悪い結果にはならないだろう。そう考えて、その枕を使った。


 そして不思議な夢を見た。シュウホウとの出会いを、私ではなく彼の視点から再び辿るように。


 私はシュウホウとして1人の女性を愛した。


 シュウホウの目から見た私は、いつも美しい光をまとったように輝いていた。彼は照れ屋で、あまり私の容姿を褒めることは無かった。でも本当は天女よりも清らかで美しい、宝物のような女性だと思っていたことを知った。私を得られたことが、彼の人生でいちばんの幸いだと。


 シュウホウは私が下働きとして後宮に行くと聞いた時点で、嫌な予感がしていたようだ。女好きの帝が私を見れば、きっと好きになってしまうと。


 だけど私が長女として、家族を養わなければならないことを彼は知っていた。その境遇を思うと、行くなとは言えなかった。


 嫌な予感は的中し、私は帝に見初められた。話を断れば、給料のいい後宮の仕事を失う。いずれ私か下の妹たちが、父の残した借金を返すために身売りすることになるだろう。


 なぜ自分で作ったわけじゃない負債で、苦しまなければいけないのか、シュウホウは繰り返し自問した。


 いっそ病気の母を捨てて、私を連れて逃げられたら。しかし優しいシュウホウには、病気の母を捨てることはできなかった。もちろん私にも、家族を捨てろとは言えない。


 どうにもならない現実に心を引き裂かれながら、シュウホウは私を見送ることにした。


『金のためだとしても帝を選ぶなら、俺のことは忘れてあの方を愛せ。義務ではなく、ちゃんと愛されて幸せになれ』


 当時の私は彼の言葉を遠回しな拒絶だと思った。後宮に行くなら自分たちの縁はこれで終わりだと。心で想うことも許されないのだと。


 けれど夢の中の私は愚かなレイファンではなく、聡明なシュウホウだった。だから彼の真意が我がことのように分かった。あれはどこまでも私の幸せを願っての言葉だったのだと。


 シュウホウは私が、帝との関係と彼への未練に心を引き裂かれないように完全に手放そうとした。私が幸せなら自分はいいと、彼の中でいちばんの幸いを諦めて。


 さらに不思議な夢は、私と別れた後のシュウホウの様子をも見せた。恋人に捨てられた男と蔑まれながら、自分は一切私を憎まなかったこと。それどころか私を侮辱する者を許さなかったこと。


 そしてあの不思議な少女から、私が会いたがっていると知らされた時。私を失ってからずっと曇っていた心に奇跡のように光が差したことを、私は我がことの夢として見た。


 目が覚めた時。私は自分がシュウホウではなく、彼が失った女だったと知って驚いた。私からすれば穢れ切って生きる価値など無いような女が、彼にとっては永遠に忘れられない女性だった。


 その事実を知った私は


「シュウホウ……!」


 窓から差し込む朝日を浴びながら、長い悪夢から覚めた喜びと彼を苦しめた罪悪感で、いっそう激しく泣いた。


【ミコト視点】


 レイファンさんが我がことの枕で目覚めた日。私は深夜、再び一足飛びのブーツで、後宮にいる彼女に会いに行った。


 また会いに行くと言ったからか、レイファンさんは起きて私を待っていて


「不思議な枕をありがとう。おかげで自分がシュウホウにとって、どんな存在なのか分かった。ここで自分や周りを呪いながら生きなくても、彼のもとに帰っていいんだって」


 彼女は清々した微笑みで私の手を取った。


「じゃあ、ここから出てシュウホウさんに会いに行くってことでいいですか?」


 その確認に、レイファンさんはせっかく晴れた顔を再び曇らせて


「私はそうしたいけど、そう簡単に後宮から抜け出せるかしら? 脱走だけなら可能でも、買われた女である私が主人である皇帝を裏切って逃げるなんて許されない。私に追手がかかるだけじゃなく、家族にまで迷惑がかかるかも」


 レイファンさんの懸念どおり、なんの脈絡もなく彼女が消えたら、まず脱走を疑われるだろう。


 色欲の指輪を外したことで、帝は彼女への執着を無くしている。それでも後宮という場所は、一度帝のものになった女性を、もう用が無いからと俗世には帰さないようだ。


 レイファンさんとシュウホウさんは犯罪者として追われる。2人が逃げおおせたとしても、レイファンさんの家族が代わりに罰せられるだろう。


 だから私たちはレイファンさんを完全に自由にするために、こんな策を(こう)じた。

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