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後宮へ潜入

 私たちは相談の末に、商人のフリをして後宮に潜入することになった。


「お姉ちゃんは『理想のワードローブ』で素敵な服をたくさん出せるし、『魔女の万能鍋』でいい匂いの石鹸や、肌を綺麗にするクリームを作れるニャ。綺麗な服や美容品に興味の無い女はいないから、いい考えニャ」

「しかし異国の物売りを、すぐに後宮に入れてくれるだろうか? 俺は口が上手くないから、商人のフリができるか心配だな」


 不安そうなリュシオンに、私はかえって生き生きと


「私はけっこう経験があるから任せて!」


 生まれて初めての先輩風を吹かせた。


 私はさっそく皇帝の御所の近くで商売をはじめた。


 以前フィーロとダイエットに関する薬を売った時と同じ。


 寵姫さんたちは外に出られないけど、彼女たちに仕える女官さんたちは、お使いで外出することもあるはず。珍しい商品を売る異国の物売りが来ていれば、寵姫さんに話すこともあるだろう。そうすれば向こうから、声をかけて来るかもしれない。


 狙いどおり、やがて向こうから使いの人が来て「後宮に来て寵姫たちに直接商品を見せてくれないか?」と頼まれた。


 使いの人が去った後。


「俺はてっきり直接売り込むのかと思ったが、評判を高めて向こうから招かせるとは。ミコト殿は意外と策士だな」


 感心するリュシオンに、私は照れ笑いしながら


「自分で考えたわけじゃなくて、以前フィーロが教えてくれた方法なんだ」

「そうか。フィーロ殿の知恵は離れた後も、あなたを助けてくれているんだな」


 私はリュシオンの考えが嬉しくて、笑顔で頷いた。


 とにかく向こうからの招きで、異国の商人としてうまく後宮に潜り込めた。


 不貞防止のため、後宮には兵士でさえ入ってはならないらしい。それはリュシオンも例外では無かった。


「あなたから離れるのは心配だが、後宮の決まりは絶対らしい。俺は外で待っているから、気をつけて行ってくれ」

「リュシオンは留守番だけど、サーティカは姿を隠してついて行くニャ。1人じゃないから大丈夫ニャ」

「うん。何かあったら、お願いね」


 私はリュシオンと別れると、姿を隠したサーティカと後宮に入った。


 寵姫さんたちのために用意した商品の反応は上々で


「まぁ、素敵。異国の人たちは、こういう服を着るのね」

「このレースやリボンという装飾品、とても可憐で気に入ったわ」


 寵姫さんたちは理想のワードローブで出したドレスや小物を試着して楽しむと


「この石鹸も、なんていい香り。この国にも石鹸はあるけど、これほど上等なものは初めてよ」


 魔女の万能鍋で作った石鹸やハンドクリームなども大いに喜んで


「女官たちが噂していたとおり、あなたに来てもらって良かったわ!」


 素晴らしい商品のおかげで、うまく後宮の女性たちの心を掴めた。


 場が温まったところで


「ところでいま皇帝は1人の女性にご執心だそうですが、それはどなたのことでしょう?」


 まずは色欲の指輪の所有者について情報を集めようとした。


 ただ、それは寵姫さんたちにとって不快な話題らしく、少し顔を歪めると


「まぁ、後宮内のことを誰が漏らしたのかしら?」

「元下働きの石女(うまずめ)なんかに、皇帝の寵愛を独り占めされていると知られるなんて屈辱だわ」

「ウマズメってなんですか?」


 耳慣れない単語だったので聞き返すと


「あら、あなたのお国では石女という言葉を使わないの? いくら抱かれても孕まない女のことよ」


 寵姫さんたちによれば、その女性・レイファンさんは、かれこれ3年も皇帝の寵愛を受けているらしい。それにもかかわらず、一向に妊娠しない。


 避妊していないのに、これだけ妊娠しないなら今後も孕まない可能性が高い。それなのに皇帝は、レイファンさんのもとにばかり通っていると言う。


「それも妙なことに帝にとってレイファンは、いくら抱いても孕まないからと一度は捨てた女なの。それなのに帝は、どうしてかまたレイファンの虜になって、今度は彼女のみ寵愛するようになったの」

「家臣たちが他の女性たちも愛でるように進言しても、うるさがるばかりで全く聞き入れてくださらないし」

「帝相手に不敬だけど、全く狂ったような執心ぶりよ」


 子どもを産めないからと捨てた女性に再びハマり、今は彼女だけを愛でている。


 誰の目にも異常な状況。やはりレイファンさんが、色欲の指輪で皇帝を虜にしているのかもしれない。


 色欲の指輪について有力な情報を得たところで、今度は街で出会った男性の彼女についても尋ねた。


「皇帝のお手付きになって下働きから寵姫になった成り上がりは数人いるけど、外に恋人がいたかまでは知らないわ」

「他の女ならいいけど、もしレイファンだったらズルい。帝を独り占めしている癖に、元恋人にも愛されているなんて」


 そういえばレイファンさんも、もとは下働きだったんだっけ。


 考える私をよそに、寵姫さんたちは話を続けて


「家臣たちも帝の暴走を傍観してないで、毒を盛るなりして、レイファンを始末してしまえばいいのよ。そうすれば帝の寵愛は自然と他の女に向いて、すぐに世継ぎが生まれるでしょうに」


 あまりに過激な発言に、私はビックリした。


 すぐに他の寵姫さんが「そんなことを言うものじゃないわよ」とたしなめるも


「それでもしレイファンに何かあったら、あなたが犯人にされるかもしれないわよ。この後宮では、敵は女だけじゃないんですからね」


 家臣の判断でレイファンさんを始末する場合も、皇帝に説明するための犯人が必要になる。あからさまな憎しみを見せれば、彼女に何かあった時、濡れ衣を着せられるかもしれない。


 後宮には外で見かけるような分かりやすい乱暴者はいない。その代わりたくさんの罠や思惑が渦巻いているようだ。


 後宮は皇都で、最も華やかで煌びやかな場所。だけど流れを止めた水や空気が淀むように、外界から隔てられた後宮も見た目とは裏腹に荒んでいた。

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