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皇都にて

 私たちは央華国の中心であり、皇帝の御所がある皇都に来た。


 皇都のどこに色欲の指輪があるのか? サーティカが改めてタロットを引くと


「また皇帝が出たニャ。と言うことは単に皇都を示しているんじゃなく、もっと皇帝の近くにあるみたいニャ」

「と言っても、他国の皇帝の近くになんて早々行けないぞ。どうやって色欲の指環を探したものか」


 宿で言い合う2人に


「皇帝の近くに色欲の指環があるなら、その周囲で色欲に関する事件が起きているかもしれない。まずは皇帝の周辺情報を集めたらどうかな?」


 私の提案にリュシオンは


「そうだな。皇帝に関する情報を集めるうちに、接触する方法も見つかるかもしれない」


 それから私とリュシオンは皇帝について街の人に聞き込みをした。


 色欲絡みの情報としては、この国の皇帝は世継ぎを確実に作るために、33人の美女を集めた後宮を持っているらしい。


 私も元の世界で大奥を題材にしたドラマを見たことがある。だから後宮のイメージはなんとなく分かった。


 後宮について聞いたサーティカはプンプンして


「それにしても33人も女を独り占めするなんて、とんでもない欲張りニャ。そんな大勢の女を十分に愛せるはずがないニャ」

「俺も2、3人ならともかく33人ともなると、子孫繁栄のために仕方なくではなく、ただの色好(いろごの)みだと思う」


 リュシオンも呆れ顔で言うと


「だが、この国の皇帝が好色な人物だとすると、色欲の指環があってもおかしくないかもしれないな」


 私たちは皇帝と後宮について、酒場や食堂などで、さらに情報を集めた。


「皇帝は後宮に33人も美女を集めておいて、実際に愛でているのは1人だけらしい」

「そのせいで、なかなか子どもが生まれないとか」

「今の皇帝はまだ37歳だが、病や事故で死んでしまう可能性もある。早く世継ぎを作って欲しいのに、今は1人も子どもがいなくて民は不安だよ」


 私はなぜ33人も女性がいるのに、帝の寵愛が1人に集中しているのか気になった。


 ただの恋愛なら好きだからで済む。だけど後宮は世継ぎを確実に残すための場所らしい。


 だったら気が進まなくても子どもを作るために、他の女性とも関係を持つはずじゃないかな?


 私の疑問にリュシオンも


「確かに。その女性との間にずっと子どもができないなら、普通は家臣が別の女性を勧めそうなものだ」


 私たちは、その疑問を特に掘り下げて聞くことにした。


 どうして帝は、その女性1人に心酔しているのか?


 私たちの質問に街の人たちは


「帝のお気持ちなんて俺に分かるはずが無いさ。せっかく浮気が許されているのに、残り32人の美女に全く手を付けないなんて、普通の男にはあり得ねぇよ」


 食堂で出会った噂好きのおじさんは冗談っぽく笑いながら


「兄ちゃんだって自分が後宮の主だったら、毎日やりたい放題したいと思うだろ?」

「……俺は本当に好きな人以外とそういう戯れはしたくない」


 冷たく否定するリュシオンに、おじさんは呆れ顔で


「なんだよ、若いくせに硬いヤツだな。言っとくが一途な男なんて、俗世じゃ報われないもんだぜ。ほら、あの男を見てみなよ」


 おじさんが指したのは、食堂の隅で食事をしている20代後半の男性だった。


「あの男の恋人は下働きとして後宮に行って、皇帝に見初められたんだ。そんで大金と引き替えに後宮に召されて、あの男を捨てたそうだ」


 それなのに、あの男性は新しい恋人を作ることなく、3年も独りで寂しく暮らしているらしい。


「金持ちではないがまぁまぁいい男だから、声をかけて来る女もいるのに、硬派を気取って独身を貫いているのさ。今ごろアイツの恋人は、皇帝にさんざん可愛がられているだろうにな」


 話好きのおじさんは、おかしそうに笑いながら


「おっと。皇帝の寵愛は、今は1人だけに注がれているんだったか。大金目当てに後宮に入ったのに、その後ずっと無視されるなんて、その女も思わなかっただろう。小ズルい女だから、きっと(ばち)が当たったんだな」


 見知らぬ女性を愚弄(ぐろう)した瞬間。


「グァッ!?」


 いつの間にか近くに来ていた男の人が、おじさんの横っ面を殴り飛ばした。


 尻もちをついたおじさんは、殴られた頬を押さえながらキッと犯人を見上げて


「い、いきなり何しやがる!?」

「何も知らないくせに彼女を侮辱するな」


 敵意の表情で自分を見下ろす男性に、おじさんは


「はっ、彼女だって!? 気取りやがって! その女はお前を捨てて今は皇帝のものだろうが! 自分のものみたいに語るんじゃねぇや!」


 口論する2人を見かねて


「2人とも落ち着いてくれ。そんな大声で怒鳴り合っては、店の人や他の客に迷惑だ」


 リュシオンの言うとおり、食堂のご主人や他のお客さんが困り顔でこちらを見ていた。


「じゃあ、最後に一発殴らせるんだな!」


 立ち上がったおじさんが、犯人の男性に殴りかかろうとしたけど


「だ、ダメ! やめてください!」


 咄嗟に割って入ると、おじさんは不愉快そうな顔で


「なんだよ、お嬢ちゃんまでそっちの味方なのか? もともとはアンタの質問のせいで、こうなったって言うのに」

「私たちのせいでケンカになって、すみません。でもどうか暴力はやめてください」


 頭を下げてお願いすると、おじさんはチッと舌打ちして


「じゃあ慰謝料として、ここの飲み代はアンタが払えよ。じゃあな」


 一方的に言うと、さっさと店を出た。


「質問したのはこちらでも、悪いのは自分の物言いだろうに。なぜミコト殿に責任を取らせるのか」


 リュシオンは不満そうだけど


「お金で済むなら、かえって良かったよ」


 怪我人が出なくて良かったとホッとしていると


「君の連れの言うとおり、君にはなんの非も無い。悪いのは、あの男を殴った俺だ。飲み代は俺が払おう」


 男の人はそう言ってくれたけど


「思わず殴らずにはいられないほど、許せないことを言われたから殴ったんですよね? 実際おじさんの言いようは酷かったですし。ただでさえ嫌な想いをしたのに、飲み代まで出さないでください」


 不愉快な会話のきっかけになったのは、やっぱり私たちの質問だ。


 しかし飲み代を払おうとする私に、男性は優しく微笑んで


「気遣ってくれて、ありがとう。だが無関係の人に後始末をさせては、かえって気に病む。だからやはり、ここは俺に持たせてくれ」


 けっきょくおじさんの飲み代は、その男性が払ってくれた。


 お店を出て解散する時に


「立ち入ったことを聞くようだが、あなたの恋人はあの男が言っていたとおり、後宮にいるのか?」


 リュシオンの質問に男性は


「……ああ。でも彼女が後宮に入ったのは、決して自分のためじゃない。彼女の家は女ばかりで貧しかった。自分が断れば、やがて下の妹たちが身売りすることになる。だから彼女は自分が行くことにしたんだ。遊女として不特定多数の客の相手をするよりは、きっとマシなはずだと」


 彼女との別れを思い出したのか、語るのも辛そうに顔を歪めながら


「しかし心無い者たちは、その話を聞いてなお、彼女が金目当てに俺を捨てたと言う。彼女がどれだけ辛かったかも知らないで……」


 今でも愛しているのだろう。男性は自分のことよりも、彼女のために憤りながら


「……初対面の人に話しすぎた。忘れてくれ」


 私たちは彼の背中を見送りながら


「よほど、その女性を愛していたんだろうな。自分の力不足のせいで愛する人を護れない。どれだけ悔しかっただろう。気の毒に」

「気の毒なのは女のほうニャー。男に甲斐性が無いと女は苦労するニャー」


 サーティカの辛辣なコメントに、リュシオンは眉をひそめて


「お前は本当に手厳しいな。誰より自分の力不足を責めているのは、きっとあの人だ。他人がとやかく言うべきじゃない」


 それから宿に戻った私たちは


「色々と聞いて回ったが、けっきょく色欲の指輪について、確かなことは分からなかったな」

「でもサーティカ、やっぱり後宮が怪しい気がするニャ。33人も女がいるのに、皇帝の愛を独り占めしている女。その女がもしかしたら、色欲の指輪で皇帝を虜にしているんじゃないかニャ?」


 色欲の指輪の効果は、触れた相手の性欲を掻き立てることらしい。確かにサーティカの言うようなことができそうだ。


「他に心当たりも無いし、実際に行って調べられたらいいんだが、当然ながら御所も後宮も部外者は立ち入り禁止らしい」


 リュシオンはそういうと


「こうなったら、俺がサーティカの隠れ蓑を借りて後宮に潜入し、悪魔の指環を嵌めた女性がいないか捜して来ようか?」

「それが手っ取り早そうニャ。そういうわけならサーティカの隠れ蓑を貸してやるニャ」


 ただ色欲の指輪を回収するだけなら、リュシオンの言う方法でも良さそうだけど


「あの、お節介かもしれないけど、さっきの男の人の恋人さんが気になって。もし恋人さんも彼を想っているなら、なんとかして2人を会わせてあげられないかな?」


 3年も前に別れた恋人を、今でもあんなに強く想っているんだ。彼女さんも同じ気持ちなんじゃないかなと、私には思えた。


「引き裂かれた恋人たちが可哀想なのは分かるが、大金と引き替えに寵姫になったなら、それはれっきとした契約。勝手に破るわけにはいかないのでは?」


 リュシオンの言うことは尤もだけど


「後宮には33人も女がいるニャぞ。賭けてもいいけど、その女は絶対に大事にされてないニャ。だいたい皇帝は今1人にご執心らしいしニャ。触りもしないくせに、買ったものだからただ置いておくなんて、生き物相手には許されないニャ。そんな契約はクソ食らえニャ!」


 私もどちらかと言えばサーティカ寄りの考えで


「勝手に契約を破っていいとは思ってないけど、とにかく恋人さんの事情も聞いて、助けられることがあれば助けたいなって」

「分かった。それなら合法的に後宮に入る方法を考えてみよう」

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