獣王さんにおねだり
私たちは長い航海を終えて央華国に到着した。央華国は島国だけど、建物や着物は中華風だ。
この国の若い女性たちを見たリュシオンは
「この国の女性たちの外見は、少しあなたに似ているな」
要するに央華国の人たちは、私と同じ東洋系の姿と肌色だった。髪は黒や茶が多いけど、たまに暗い赤や緑。柔らかな黄色などの人もいる。元の世界と比べると、どこに行っても髪や目の色がカラフルだ。
「島国と言っても、それなりに広そうだ。色欲の指環がどこにあるか、もっと場所を絞れないか?」
「じゃあ、移動する前に占ってみるニャー」
サーティカは色欲の指環がある場所のヒントとして、またタロットを引いた。
「皇帝が出たニャ。色欲の指環は、この国の王の近くにありそうニャ」
「他国の王族と容易く面会はできないだろうが、取りあえず王都に当たる場所を目指してみようか」
私たちは最初に着いた港町を離れる前に、央華国で行動しやすいように服を変えることにした。『理想のワードローブ』で央華国風の服を、それぞれ出してもらう。
宿屋で着替えた私たちは
「ミコト殿は、この国の衣装がよく似合うな。まるで最初から、この国の民のようだ」
「リュシオンも、すごく似合っているよ」
私は白地に紫のアクセントが入った服に、リュシオンは黒い上着に青いズボンの服に着替えた。
隠れ蓑で姿を隠しているサーティカは、現地の服に着替える必要は無い。でも私が見たいので、彼女にもピンクの可愛い服を出してあげた。
お洒落なサーティカは新しい衣装にご機嫌で
「サーティカ、人間の服けっこう好きになって来たニャ。これもスカートがヒラヒラで可愛いニャ」
着替えが済んだところで、さっそく王都に向かうことになったけど
「俺は護衛として周囲を警戒しなくてはならないのに、あなたにいちいち通訳してもらわないと、この国の人たちが何を話しているのか分からなくて困るな」
央華国に来てから2日目の夜。リュシオンは言葉の違いに参っていた。
不穏な気配を感じても言葉が分からないと、状況判断の決め手に欠けるようだ。
「リュシオン、この国に来てからずっと足手まといニャー。大人のくせにサーティカより頭悪いニャー」
「逆になんで、お前は海を隔てた異国の言葉が分かるんだ? そもそもマラクティカだって砂漠に閉ざされた土地なのに、どうして人間の言葉を話せる?」
私はリュシオンに、マラクティカの一部の獣人は知恵の実のおかげで、世界中の言葉が分かるらしいと伝えた。
「じゃあ頭の良し悪しは関係ないじゃないか!」
「サーティカは頭がいいから、最高位の神官として知恵の実をもらったニャ! やっぱりサーティカ、リュシオンより頭いいニャ!」
私はケンカする2人をなんとか宥めると
「獣王さんに知恵の実を分けてもらえないかな?」
私の提案に、サーティカは「えっ?」と驚いて
「それリュシオンに食べさせてやるってことニャ? 知恵の実はマラクティカでも限られた獣人しか食べられないニャ。人間にやるわけにはいかないニャ」
「まぁ、それだけすごい力のあるものを、簡単にくれとは言えないだろうな」
リュシオンが同意するも、サーティカは「でも」と考え直して
「サーティカは言葉が分かっても、人間に姿を見せられないから聞き込みを手伝えないし、リュシオンが役立たずだとお姉ちゃんが困るニャ。ダメもとで王に聞いてみるニャ?」
自分から提案しておいてなんだけど
「獣王さん、ただでさえ人間が嫌いなのに、図々しいお願いをして怒られないかな?」
「他の人間だったら聞くだけで半殺しかもしれないけど、お姉ちゃんは王のお気に入りだから大丈夫ニャー」
サーティカは笑顔だけど
「確かに彼の王はミコト殿に甘いが、初対面では殺されかけたし、何が逆鱗に触れるか分からなくて俺は怖いな」
私もリュシオン寄りの感想だった。
獣王さんは優しいので、気分を害したくらいでは殺さないだろう。ただ、そもそもなんで気に入られたのか分からないので、急に嫌われる可能性はあるかもしれない。
だけど央華国で行動するには、リュシオンも言葉が分かったほうがいい。気分を害したら急いで土下座しよう。
私はマラクティカに行くと、ダメもとで獣王さんにお願いしてみた。
「その騎士にやるから知恵の実を寄越せって? 確かにお前は俺の特別な客だが、ずいぶん図々しい要求だな」
当たり前だけど、獣王さんは気を悪くした。やっぱり失礼だったんだ。
非礼を悟った私は
「本当に図々しくて、すみません。忘れてください」
この上しつこくしてはならないと、逃げるように去ろうとすると
「待て。図々しいとは言ったが、やらないとは言ってない」
「普通は図々しいと言ったら拒否の意味だと思うが」
リュシオンのツッコミに獣王さんは
「言っておくが人間を我らの国に入れることも、王の泉を使わせることも、普通なら有り得ない厚遇だ。当たり前だと思うなと、言いたかっただけだ」
その言葉に、今更ながら自分の図々しさを恥じた私は
「本当に申し訳ないから帰ります……。獣王さんが優しいからって、あんまり頼らないようにします……。本当にすみませんでした……」
全力で余所余所しくなる私に、獣王さんはかえって恐ろしい顔で
「すでにこれだけの厚遇を受けながら、お前の都合で勝手に縁を切れると思うな。お前はもう半分この国の住人だ。その自覚を持つなら知恵の実をやってもいい」
「知恵の実や王の泉が貴重なのは分かるが、彼女の弱みに付け込んで、無理やりこの国に引き込もうとしないでくれ」
リュシオンの制止に獣王さんは
「俺は強要しているつもりは無いが? なぁ、旅人。お前はこの国が好きだろう?」
私は嘘偽りなくマラクティカが好きだ。しかし獣王さんの笑顔には、なぜか圧を感じた。
結果ギクシャクしながら「は、はい」と頷くと
「お前が必要なら知恵の実を分けてやる。ただ貴重なものだから、タダでというわけにはいかない。代わりに今日は泊まって行け。久しぶりにお前と寝たい」
「なっ!? そんなのダメに決まっている!」
「知恵の実はマラクティカの秘宝ニャぞ。それが一緒に寝るだけで手に入るなんて超お得ニャ。王は気前がいいニャー」
私も一緒に寝るだけでいいの? と思ってしまった。これが初めてならともかく、獣王さんとはすでに何度も寝ているので。
けれど私の反応にリュシオンは
「あなたも「そんなことでいいの?」みたいな顔をしないでくれ! 未婚の女性が男と寝ることに慣れてはダメだ!」
「どうしてダメなの?」
ただ一緒に寝るだけなら別にいいんじゃないかと問うと、リュシオンは弱ったように顔を赤くしながら
「いやだってそれは……若い男女が2人で寝て何か間違いでもあったら……」
「リュシオンは本当に破廉恥なヤツニャー。自分がいやらしいから、異性と一緒に寝たら何かあるに違いないって思うニャー」
サーティカにからかわれたリュシオンは
「俺がおかしいのか!? 普通は皆そう考えるんじゃないのか!?」
同意を求めるも獣王さんまで
「人間の男女はただ寄り添って寝ることができないのか? 普段は上品ぶっているくせに、ずいぶん浅ましい種族だな」
「~ッ!」
「リュ、リュシオン。大丈夫?」
心配して声をかけるも、彼は両手で顔を覆い震えながら
「若い男女が一緒に寝ると聞いて変な想像をしてしまうのは、俺が浅ましいからなのか……?」
「私も他人事なら特別な関係なのかなと思うけど、獣王さんは前に雑魚寝だって言っていたから、雑魚寝なんじゃないかな」
もしくは私が子どもっぽいから、寝かしつけてくれているのかもしれない。
リュシオンはもう考えることに疲れてしまったのか
「分かった。そこまで言うなら、あなたの判断に任せる」
獣王さんと寝ることを許可してくれたけど
「だが明日の朝。俺が邪推したとおりのことが起きていたら、命に替えてもあなたを討つからな」
リュシオンに怖い顔で睨まれた獣王さんは見下すように笑って
「お前をねじ伏せるくらい造作も無いが、人間を痛めつけるとコイツが悲しむ。何もしないから安心して引っ込んでいろ」
そんな流れで今日はマラクティカに泊まることになった。




