王は騎士の十倍
「それで1回は1回だと、俺にもすることになったのか?」
同日。黄金宮の中庭。獣王さんの問いに、私は苦笑いで頷くと
「サーティカがどうしてもって聞かなくて。変なことに巻き込んじゃって、すみません。嫌なら断ってください」
獣王さんが私にキスされたいはずがない。本人に断られれば、サーティカも納得するだろうと話だけしに来ると
「……されるのは構わないが1回じゃ嫌だ。するなら騎士の10倍しろ」
「えっ!?」
まさかの返答に、私は肩を跳ねさせて
「なんでそんなにキスされたいんですか?」
1回でも変なのに10倍を求められて思わず問い返すと
「騎士におくれを取ったのが気に入らないし、アイツと同列に扱われたくない。するならアイツの10倍しろ」
誰もいない昼下がりの中庭。黄金宮の主に迫られて私はたじろいだ。
獣王さんは威圧的であると同時に、とても魅力的な男性だ。異性に免疫の無い私は、彼にジッと見つめられるだけで、未だにオロオロしてしまう。
「あの、人の姿は緊張するので、せめてライオンの姿で」
「ペットのように可愛がられたいわけじゃない。するなら、このまましろ」
獣王さんは人型でも185センチの長身で、私が背伸びしても顔に届かない。
なので長椅子に座ってすることになったが
「遠い」
獣王さんは私を引き寄せると、自分の膝に座らせた。彼の美しい黄金の瞳を間近に見て、私は視線をさ迷わせた。
「しないといつまでも、このままだぞ」
自分はそれでも構わないとばかりに、獣王さんはニヤニヤと私の髪を弄んだ。
あ、遊ばれているのかな?
あまりのドキドキに心臓がもたないので
「あの、じゃあ、します」
彼の褐色の頬に口づけたけど、やっぱり恥ずかしくて3回が限界だった。
「すみません。これ以上は。本当に恥ずかしくて」
顔を熱くしながら震え声でお願いすると、獣王さんは私の背を撫でながら「ああ」と笑って
「残り7回は俺が肩代わりしてやる」
長椅子の上に私を押し倒すと、全身で押さえつけるようにしながら頬や額や瞼や鼻先。耳や顎や首にまでキスした。まるで食べられているみたいだった。
キスが終わった後も、獣王さんはすぐには退かず、意地悪な笑みで私を見下ろすと
「今回はこれで許すが、また騎士と何かしたら、俺はその10倍のことをお前にする」
「分かったな?」と私の頬を撫でた。
なんでリュシオンと何かしたら、その10倍のことを獣王さんにされるんだろう?
本当は疑問だったけど、下手に逆らうのも怖いのでコクコクと頷いた。
「あの、もう退いてください……」
「ついでだから昼寝に付き合え」
獣王さんは私の髪をさらりと撫でると
「お前のせいで、すっかり抱き癖がついた。お前が腕の中にいないと、物足りなくて仕方ない」
そう言いながら、彼は私の隣にゴロンと横になった。長い腕に抱き寄せられて、熱く逞しい体と密着する。
私には刺激が強すぎる展開に、脳内でタスケテタスケテと無限に繰り返す。けれど、お願いだから離してくださいと頼む前に
「これならお前も嫌とは言わないだろう?」
獣王さんは自ら獅子の姿に変身してくれた。
前はリュシオンに止められて触れられなかった魅惑の毛皮。モフモフを感知した瞬間、気持ちのけ反っていた体が自然に前のめりになる。
自分からギューッと抱き着く私に
「お前は本当に、こうするのが好きだな」
「この姿の獣王さん、大きくてモフモフで気持ちいい」
モフモフに包まれてふにゃーっとなる私に、獣王さんは「ガキ」と笑いつつ、大きく温かな獅子の手で、ずっと頭を撫でてくれた。
その後。マラクティカから船に戻ると
「なんで頬にキスするだけで、こんなに時間がかかるんだ!? あの王と何をしていたんだ!?」
私が一足飛びのブーツで船室に戻ると同時に、リュシオンが怖い顔で問い詰めて来た。
「獣王さんがキスだけじゃなくて、お昼寝に付き合えって。でもライオンの姿でだよ?」
異性と寝るのがよくないのは私も分かるので、モフモフのライオンさんだったのだと説明するも
「だからアイツは可愛い動物じゃなくて、いやらしい男なんだって、何度言ったら分かってくれるんだ!?」
「諦めるニャー、リュシオン。お姉ちゃんはすっかり王の毛皮の虜ニャー。しょせん人間のお前にはできない芸当ニャー」
「グッ、どうせ俺はあの王ほど大きくもモフモフでもない」
なぜかリュシオンが自信を無くしてしまった。
「そんな。獣王さんと比べなくても、リュシオンにはリュシオンの良さがあるよ。人間どころか、獣人さんにも人魚さんにもモテモテだし」
アルメリアとサーティカが辛口なだけで、リュシオンはむしろすごくモテるほうだとフォローするも
「いらない。好きでもない女の関心なんて。好きな人に好かれなければ意味が無い……」
「リュシオン、好きな人がいるの?」
「ニャー! お姉ちゃん、ダメニャ! そんなこと掘り下げちゃ! ソイツは独身のままソッと死なせてやるニャ!」
いつものリュシオンなら、すぐサーティカに言い返すのに
「うぅ、どうせ俺は、このまま孤独死」
すっかり気が弱っているらしく頭を抱えた。
「あの、もしリュシオンが結婚できなかったら、私がたくさん会いに行くから大丈夫だよ」
元の世界でも独身の人は、誕生日やクリスマスなどの記念日に1人だと、特に孤独を感じると聞く。
そういう特別な日。ただの友だちでも親しい人と一緒なら、少しは気が紛れるかもと励ますと
「えっ、本当に? もし俺がずっと独身だったら、あなたがたくさん会いに来てくれるのか?」
希望を持った様子のリュシオンに、サーティカはなぜか「ニャーッ!?」と叫んで
「お姉ちゃん! 安易にそういう約束するの、よくないニャ! お姉ちゃんがそんな約束したら、ソイツは一生独身を貫くニャ!」
「まさか、そんな。リュシオンだって普通に結婚したいだろうし、進んで独身を貫くはずないよ」
のんびり答えると、リュシオンも「そ、そうだ」と肯定して
「俺だってできれば結婚したいと思っている。ただ本当に好きな人とじゃなければ、意味が無いと思うだけで」
リュシオンの考えを聞いて、私は以前の占いの結果を思い出した。
彼は私よりよほどモテるのに、占いによれば運命の相手は1人だと言う。それはモテないからではなく、リュシオンがとても真面目で一途だからなのだろう。
こんないじらしいほど純粋な彼が、生涯独身では可哀想だ。もし愚者に当たる女性と出会ったら、ちゃんと結ばれるといいな。




