人魚さんの欲しいもの
人魚さんたちの事情を知った私は
「人間は他の人間の国に移動するために海を通りたいだけで、皆さんの国を侵略する気はありません。だから人間の船に怯えなくても大丈夫です」
人間側に害意は無いことを伝えたものの
「それでも自分たちの国の上を、人間の船が我がもの顔で通るのは嫌! どうしてもここを通りたいなら、相応の礼儀を見せてよ!」
「相応の礼儀って……具体的に何をすれば?」
私の質問に、彼女たちは目を輝かせてこちらを見上げると
「あなたが被っている白くて丸いのが欲しい!」
「その黒い生き物が着けているキラキラの飾りも!」
私とサーティカは船の上で顔を見合わせて
「人魚って言っても女ニャ。他国の装飾品が珍しいみたいニャ」
私の帽子はアルメリアが買ってくれたものだ。友だちからのプレゼントを、人にあげてしまうのは申し訳ない。
それでも人命には換えられないと、私は帽子を、サーティカはアメジストの耳飾りを人魚さんたちに向かって落とした。
「その黒い生き物が首に巻いている紫のヒラヒラも!」
「アイツら、すげー強欲ニャ」
欲しがりな人魚さんたちにサーティカは呆れた。
サーティカは首のリボンを外しかけたけど
「これはアルメリアが買ってくれた大事なリボンなのに、あげなきゃダメかニャ……」
マラクティカでは金や宝石が豊富に採れるらしい。だからサーティカにとってはアメジストの耳飾りより、友だちからもらったリボンのほうが大切なんだ。
人魚さんたちの機嫌を取りたいからって、サーティカに我慢させたくない。
私はふと閃いて
「もっといいものをあげますから、ちょっと待っていてください」
「もっといいものをあげるって、お姉ちゃん、どうするニャ?」
不思議がるサーティカの前で、私は理想のワードローブを出すと
「人魚さんたちが喜ぶようなレースやリボンのたくさんついた華やかな服を出して」
ワードローブから注文したとおりの華やかで美しい衣装が出て来る。
それらの服を彼女たちに落としてあげると
「キャア、素敵!」
「こんな綺麗な衣、見たことない!」
人魚さんたちはキャアキャアと喜んだ。どうやらサーティカのリボンは忘れてくれたようだ。
サーティカはパッと笑って
「アイツら、満足したみたいニャ。アルメリアのリボン、護れたニャ。ありがとうニャ、お姉ちゃん」
ギュッと抱き着いて来た彼女の頭を「良かったね」と撫でた後。
「贈り物が気に入ったなら、人間たちにかけた術を解いてくれるニャ? 後ここを通らせて欲しいニャ」
「あなたたちに免じて、この船は通してあげるけど、他の人間は別。これからも色んな船が通るなら、そのたびにちゃんとお礼をして」
そうしたら安全に通してくれるそうだ。私は人魚さんたちの意向を、人間に伝えると約束した。
「それと他の男は返すけど、この青い髪の人間は欲しいわ」
人魚さんは目を閉じたままぐったりしているリュシオンを、笑顔で抱き締めながら言った。
「ソイツ連れて行って、どうするニャ?」
サーティカの問いに、人魚さんはうっとりとリュシオンの頬を撫でながら
「この男、顔も髪もすごく綺麗。気に入ったから恋人にするの」
「陸の生物は海じゃ生きられません。海の中に連れて行ったら、その人は死んでしまいます」
まさか人魚さんたちは人間が肺呼吸だと知らないのかと慌てて止めるも
「平気よ。人魚の口づけを受けた生き物は、海中でも呼吸できるようになるの」
「前にも人間に恋した人魚がいて、口づけして海の国に招いたもんね」
彼女たちは人魚同士でキャッキャと話すと
「人間は嫌いだけど、これだけ美しければ仲間にしてもいいわ」
「ね! 種族は違っても美しさは正義!」
人魚さんたちは、すっかりリュシオンが気に入ったようだ。
確かにリュシオンは若い女性なら必ず見惚れるほど、凛々しくも整った顔立ちなので無理も無い。
「ニャー。なんでリュシオンはヘタレのくせに無駄に女にモテるニャ。全く面倒臭いヤツニャ」
サーティカはぶつくさ言いつつも
「ソイツ、このお姉ちゃんの恋人ニャー。返してあげないと可哀想ニャー」
「えっ? この人間、あなたの恋人なの?」
私はサーティカの意図を察して、コクコクと頷いた。
「え~……」
「すごく気に入ったのに……」
「この男、欲しいよ~……」
人魚さんたちは、ものすごくリュシオンを惜しんでいたけど
「でも流石に目の前で恋人を奪うのはマズいか。いいわ。あなたにはいっぱい贈りものをもらったし、返してあげる」
人魚さんたちが歌をやめたので、男の人たちの催眠状態は解けた。
私が垂らした縄梯子を使って、船員さんたちは船に戻った。幸いすぐに交渉をはじめたおかげで、誰も溺死せずに済んだ。
それから今後、問題が起こらないように、人魚さんたちの意向を伝えたのだけど
「ただ船で海を通るだけなのに通行料が欲しいって? それだけのために人間を襲っていたのか!? なんて強欲な人魚たちだ!」
「もうあの巨大イカもいないし、あんな少数の人魚は船上から狙い撃ちにして殺しちまえば……」
船員さんたちの不穏な反応に
「いや、待ってくれ。ミコト殿が言うには、人間が人魚を攻撃したり攫ったりしたから、ここまで敵意が高まったそうだ。今この場にいる人魚は少数でも、国というからにはもっと多くの仲間がいるはず。下手に攻撃すれば今後ここを通る船は、もっと恐ろしい目に遭うかもしれない」
リュシオンだけでなく私も
「人魚さんたちにはさっきのイカ以外にも、もっと強力な海の仲間がいるそうです。彼女たちの意向を無視して争うより、気持ちよく通らせてもらったほうが、人間にとってもいいんじゃないでしょうか?」
人魚さんたちに、あのイカ以外にも強力な海の仲間がいるかは知らない。そうでも言わないと、人魚さんたちを滅ぼす方向にいきかねないので、咄嗟に嘘を吐いた。
私たちの説得に船員さんたちは
「だからって海の上をちょっと通るだけで、どうしていちいちアイツらに通行料なんか……」
やっぱり納得いかないようだったけど
「だが、俺たちもこれまで人間が勝手に設けた関所を通るたびに通行料を払って来た。自分が作ったわけでもない大地を、勝手に自分のものにして土地代を取ったり通行料を取ったりするのは、人間も同じじゃないか? それなのにどうして人魚だけ、その権利は無いとなる?」
リュシオンの指摘に、船員さんたちはグッと黙り込んだ。
「人魚にも人間と同じように知性と心があって、この海は彼女たちの国なんです。どうか他国として認めて通行のための手順を踏むように、他の人たちにも伝えてください」
丁寧に頼んで頭を下げると
「やっぱり少し釈然としないが、せっかくアンタが人魚たちと話を付けてくれたのに、それを無視して強引に通れば、また話がややこしくなりそうだな」
船長さんは顎を撫でながら渋々言うと
「分かった。この海域は人魚の国だと認めて、ここを通る時は他国の民として礼を尽くすように他の船にも伝えよう」
分かってもらえて良かった。
私は最後にリュシオンに頼んで、船員さんたちが集めた紙幣で巨大イカも戻してあげた。
「クラちゃん、良かった! 生きていたのね!」
「ありがとう! 黒い髪の女の子!」
人魚さんたちはとても感謝し、私とリュシオンとサーティカだけは、いつでも自分たちの国に遊びに来ていいと許可してくれた。