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人魚たちの襲撃

 それからさらに数日。


「船員たちの話だと、今日、問題の海域を通るそうだ」


 リュシオンの警告に私は緊張した。


 できれば何も起こらないで欲しかったけど、懸念どおり、私たちの船の前に巨大イカが立ち塞がった。


 巨大イカと言うと弱そうだけど、それは船よりも大きく、ほとんど怪獣のようだった。


「巨大イカが出たぞ!」

「このままじゃ船を引っ繰り返される! 仕方ない! 引き返せ!」


 船員さんたちは予定どおり、引き返そうとしたけど


「待ってくれ! あの巨大イカは俺がなんとかするから航海を続けてくれ!」


 ここで引き返したら央華国に行けない。しかし船員さんたちは、リュシオンの申し出をまるで信じず


「何を馬鹿なことを言っているんだ!? アンタがどれだけ腕の立つ剣士だとしても、1人であんな巨大なモンスターを倒せるもんか!」

「説明するより、実際に見せたほうが早いな」


 リュシオンは果物を手に取ると、強欲の指環で硬貨に変えた。


 魔法を目の当たりにした船員さんたちは


「なっ!? アンタ、今いったい何をしたんだ!?」


 指環の力だと言うと、奪われるかもしれないので


「俺は魔法使いだ。こうして触れるだけで物を金に変えられる。今は果物で試したが、生物にも有効だから、あのイカにも効くかもしれない」

「すげぇ! こんな魔法は初めて見たぜ!」


 船員さんたちはリュシオンの力に感心すると


「それなら確かに、あのイカを倒せるかもしれない! ぜひやってみてくれ!」


 リュシオンの魔法を信じた船員さんたちは、巨大イカに向かって船を突っ込ませた。


 船を引っ繰り返そうと巨大イカが触腕(しょくわん)を伸ばす。


 リュシオンは船のへりを力強く蹴って飛ぶと、触腕の上を駆けて巨大イカの本体に触れた。


 瞬間、巨大イカが大量の紙幣に変わる。


「やった! イカが本当に金になったぞ!」


 足場を失ったリュシオンは海面に落ちる前に、一足飛びのブーツで私のもとに戻った。


 私の前にスタッと着地したリュシオンは


「なんとかなったみたいだ」


 青い髪をなびかせて笑った。


 瞬間移動に気付いた船員さんたちは


「いま一瞬で船に戻ったのも魔法か!?」

「火や風の魔法なら見たことがあるが、こんなにすごい魔法は初めてだ!」


 興奮気味にリュシオンを取り囲むと


「とにかくアンタのおかげで航海を続けられる! ありがとう!」


 船員さんたちに悪魔の指環を隠しつつ、無事に問題をクリアできてホッとした。


 けれど巨大イカが消えたのに、なぜか船はその場に碇を下ろした。


「なんでイカが消えたのに船を進めないんだろう?」

「どうも海面に散った紙幣を拾いたいようだ」


 リュシオンの言うとおり、船員さんたちは小舟を下ろして海面に散った紙幣を集めているようだ。


「さっきまで、あんなにビビッていたくせに。人間は強欲だニャ~」


 隠れ蓑で姿を隠したサーティカが呆れたように言う。


 ともあれ脅威は去って和やかな空気が漂う中。


「なんだ? この歌。この船に女性はあなたたちだけのはずなのに、いったいどこから……」


 リュシオンの言うとおり、どこからともなく女性の歌声が聞こえて来る。


 ただメロディはあるものの、明確な歌詞は無かった。


 声の出所を探すように、辺りを見回していたリュシオンは


「リュシオン?」


 私やサーティカを置いて、なぜかふらりと船の端っこに歩き出した。


「えっ!? ちょっ!? みんな突然どうしたニャ!?」


 サーティカが叫ぶのも無理は無い。なぜか私とサーティカの前で、船員さんたちが次々と海に飛び込み始めた。


「怖いニャ! なんでみんな突然身投げをはじめたニャ!?」


 混乱するサーティカをよそに、私はリュシオンを引き留めようとした。しかし伸ばした手は届かず、彼も海に落ちた。


「リュシオン!」


 私とサーティカは、船から落ちた彼を見下ろした。


 すると海面には、落ちた人たち以外にピンクや水色や黄緑など、淡く美しい髪色の女性たちがいた。


 こんな海のど真ん中に、普通の女性がいるはずない。まるでお化けを見たように私はゾッとした。


 ところが次の瞬間、彼女たちは


「見て! この人間、綺麗な青い髪!」

「若いし、顔も素敵!」


 最後に落ちて来たリュシオンを見て、まるで女子高生のようにキャアキャアはしゃぐと


「好き好き!」

「カッコいい!」

「欲しい!」


 エサに食いつく鯉のように、あっという間に彼に群がった。


「わー。アイツ、なんか変な女たちに群がられているニャ。たくさんチューされて捕食されているみたいニャ」


 私は遠目に、彼女たちの耳にあたる部分が人間とは違うことに気付いた。


 もしかして彼女たちは人魚?


 そう言えばリュシオンが巨大イカの通せんぼの原因として、人に捕らえられて死んだ人魚の復讐かもしれないと話していた。


 だとしたら、さっきの歌声は人魚のもので、それが男の人たちを次々と海に落とした?


 船員さんたちとリュシオンにはかかったのに、私とサーティカは平気だったのは、もしかすると性別の違いかもしれない。


 私が考えている間に


「わぁぁ!? なんだ!? やめろ! 勝手に触るな!」

「あっ、リュシオンが起きたニャ」

「彼女たちが歌をやめたから、催眠状態が解けたのかも」


 私の説を証明するように、人魚さんたちは


「いけない。今は人間の男に構っていられないわ。なんかいきなりクラちゃんが消えちゃったし、人間たちが全員溺れ死ぬまで歌い続けないと」

「なんかアイツら怖いことを言っているニャ! リュシオンだけは気に入ったのか大事に抱いているけど、このままじゃ他の船員さんたちは、全員溺死させられちゃうニャ!」


 私はダメもとで船の上から人魚さんたちに


「あの、攻撃をやめて仲間を返してください。私たちはただここを通りたいだけで、あなたたちを傷つける気はありませんから」

「お姉ちゃん、無駄ニャ。巨大イカをけしかけて来たのもアイツらみたいだし、問答無用で攻撃してきたヤツらが、そんな頼みに応じるわけ……」

「えっ? あなた、人間なのに、わたしたちの言葉が分かるの?」

「普通に話すのかニャ!?」


 以前フィーロが転移者と神樹が落とす知恵の実を食べた者だけは、この世の全ての言葉が分かると言っていた。だから私とサーティカは人魚さんたちと話せるのだろう。


「あなたたちは、どうして人間の船を攻撃するんですか?」


 私の質問に、人魚さんたちはむくれながら


「だって私たち、人間にここを通って欲しくないんだもの」


 彼女たちが言うには、この海域の下に人魚の国があるらしい。昔は静かで居心地が良かったのに、最近やたら人間の船が通るようになった。


 自分たちの頭上を大きな船が行き交う。それが人魚さんたちにとっては酷く気ざわりらしい。


「海は私たちの世界なのに、なんで人間たちは陸に住処を持っていながら、海にまで出て来るの!? 魚ならもっと近場で取れるでしょ!」


 最初は「海は自分たちの領域。引き返せ」と警告していたらしいけど、人間と人魚は言葉が通じない。


 人間は人魚を話の通じない魔物と判断して攻撃。または美しい姿を珍しがって、捕獲して陸に連れて行った。それが例の見世物にして死なせた人魚のようだ。


 その恨みから人魚たちは、ますます人間を嫌うようになったと言う。それでこの2年。人魚たちは人間に見られないように隠れて、巨大イカに問答無用で船を引っ繰り返させていたそうだ。

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