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皆で船旅

 旅を再開した私たちはサーティカの導きで、とある港町に到着した。


「サーティカによれば、色欲の指環は遥か海の向こうの国にあるらしいな。ようやく船に乗れるんだろうか?」

「取りあえず港に行ってみるニャ」


 私たちはさっそく港へ向かった。港には大小いくつかの船が停泊している。


 サーティカはその中でも特に大きな船を指して


「この船が気になるニャ! この船に乗るニャ!」

「ようやく船が見つかったのはいいが、客船じゃなくて商船のようだな。取りあえず、どこ行きの船なのか聞いてみよう」


 リュシオンは船員さんを呼び止めて話を聞くと、私たちのところに戻って


「この船は遥か東にある央華(おうか)国という島国に、茶や香木の買い付けに行くそうだ。ただ、ちょっと気になることを言っていた」


 なんでもここ2年ほど、巨大なイカが央華国に行かせまいと通せんぼしていると言う。


「どうして、その巨大なイカは船を通せんぼしているんだろう?」


 不思議がる私に、リュシオンも不可解そうに眉根を寄せて


「原因を知ろうにも相手は魔獣で、言葉は通じないらしい。ただ船員たちによれば、それ以前に海で捕まえた人魚を見世物として連れ回したあげく死なせたことがあるようだから、その復讐じゃないかとも言われているそうだ」


 巨大イカというと間抜けな響きだけど、船より大きな魔獣らしい。


 何度か討伐を試みたそうだけど、戦いに出た船は一(せき)も帰って来なかったと言う。


「逆にそんな状況なのに、あの商船は央華国に買い付けに行こうとしているの?」

「巨大イカと遭遇しても、すぐに引き返せば追いかけてまでは攻撃しないらしい。だからイカと出くわさずに、央華国に行ける機会を狙っているのだろう」


 私に巨大イカの話をしたリュシオンは


「多少のリスクはあるが、ミコト殿の指環の力を使えば、触れるだけで巨大イカを無力化ないし金に変えられるはずだ。それが無理でも船が転覆する前に、一足飛びのブーツで逃げられるだろう。リスク覚悟で船に乗るということでいいか?」


 この世界には飛行船などは無いようだ。だから海の向こうにある央華国には、危険でも船で行くしかない。


 けれどサーティカが第二の選択肢として


「無理に船に乗らなくても、央華国に行ったことのある人に一足飛びのブーツを履いてもらって、一緒に移動すればいいんじゃないかニャ?」


 サーティカの案も良さそうだけど


「いや、他人に神の宝を貸すのは危険だ。特に一足飛びのブーツは、一瞬で世界の果てまで逃げられてしまう。相手が悪人だった場合、確実に奪われるだろう」


 リュシオンの言うとおり、一足飛びのブーツを奪われた場合、取り返すのはほぼ不可能だ。そのリスクを冒すよりは、巨大イカと遭遇覚悟で船に乗るほうがいいかもしれない。


 私たちはさっそく、商船の責任者と交渉した。


「いくら央華国に行きたいからって、巨大イカの噂を知りながら船に乗せてくれなんて無謀な人たちだな」


 私たちの要望に、船長さんは呆れ顔だったけど


「巨大イカと遭遇したら、この船はただちに引き返すから央華国に行ける保証は無い。それでも構わなければ、小遣い稼ぎに乗せてやろう。ただしアンタらのために空けてやる部屋が、狭くても汚くても文句は言うな」

「それで大丈夫です。ありがとうございます」


 乗船の手はずが整うと、私は以前フィーロに助言されたとおり、魔女の万能鍋で船酔いの薬を作った。


「俺だけ央華国に行けば、ミコト殿とサーティカは一足飛びのブーツで一気に追いつける。あなたたちまで危険で不潔な船に乗り込む必要は無いのでは?」


 リュシオンは私たちを気遣って、自分だけ船に乗ることを提案した。自分が船旅をしている間は、アルメリアのところに居ればいいと。


 けれど私は


「別行動だと、いざという時リュシオンが逃げられないから一緒に乗るよ」


 そもそもこれは私の旅だ。彼にだけ負担をかけるのは間違っている。


 ただ航行中はサーティカの道案内はいらない。だからサーティカは央華国に着くまで、マラクティカで待っていることもできる。サーティカは船が初めてだし、人間より鼻が効くから船旅がキツイかもしれない。


 しかしサーティカだけ別行動にするか尋ねると


「サーティカ、王のためにリュシオンを見張ってなきゃいけないニャ! 何日も狭い船内で2人きりになんてさせないニャ!」

「別に構わないが、お前は絶対に船に乗ったことを後悔するぞ……」


 リュシオンの予言は見事に的中し、乗船した日の夜には


「ニャー……。この船、本当に汚いニャー……。男たち臭いニャー……。潮風ベタベタ気持ち悪いニャー……」


 私が用意した薬のおかげで船酔いは無いものの、やはり快適な旅では無かった。


 私の膝の上に引っ繰り返ってグッタリするサーティカを、隣に座るリュシオンはジト目で見下ろして


「お前が乗りたいと言ったんだから、文句を言うな」

「だって船旅が、こんなに不快で退屈だなんて思わなかったんだニャ……」


 私はサーティカが気の毒になって


「今からでもマラクティカに送れるよ? 央華国に着くまで、お家で待っている?」


 しかしサーティカは、私の胸にぐずるように顔を押し付けながら


「嫌ニャ。この船は危ない船ニャ。サーティカも一緒に乗って、お姉ちゃん護るニャ」


 私は「ありがとう」とサーティカを撫でると、少しでもベタベタが取れるように


「サーティカのふわふわの毛皮よ、さっぱりと気持ち良くなれ。気分をスッキリさせる爽やかないい香りになれ」


 と自在のブラシを優しくかけてあげた。


 自在のブラシは本来、髪や毛にだけ作用する。しかし私には特別に、香りもつけてくれた。それは自在のブラシさんの厚意であって、私が命じたことは無い。


 けれど今サーティカにだけはしてあげて欲しいという願いが通じたのか。


「ニャー。本当にサッパリしたニャー。お姉ちゃんの魔法すごいニャー」


 自在のブラシさんは、私が願ったとおりの効果をサーティカの毛皮に与えた。


 私は「ありがとう」と自在のブラシさんにも、よくお礼を言った。


 サーティカが眠った後。


「あなたは本当に優しいな」


 ぽつりと口にしたリュシオンに「なんのこと?」と首を傾げると


「いや、あなたはいつも優しいが、ぐずるサーティカを宥めてブラシをかけてやる姿が、まるで我が子を慈しむ母親のようで好ましいなと」


 少し照れたように言うと、急に言葉を切って


「……すまない。あなたのような若い女性に。母親のようだなんて褒め言葉ではないな」


 反省する彼に、私は「ううん」と首を振って


「いい意味で言ってくれたなら、褒め言葉だよ。褒めてくれて、ありがとう」


 笑顔で言うと、リュシオンはなぜか怯んだように身を引いて


「あなたは素直で優しくて可愛くて、なんなんだ……」


 何かの衝動を堪えるように、自分の胸元をギュッと握った。


 私は彼の発言の意味が分からなくて、なんなんだって、なんなんだろう? と密かに困惑した。

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