足元の危うい旅人と止めるのが大変な騎士【視点混合】
【獣王視点】
ほろ酔いの旅人を引き寄せて頭を撫でると、安堵したように体の力が抜けてコロッと眠った。
「なんでこの状況で寝られる!? あなたは赤ちゃんか!?」
あまりに無防備な旅人に、青い髪の男が悲鳴を上げる。
「似たようなものだろう。お前が心配するようなことはしないから、さっさと出て行け」
俺も旅人を半ば赤子のように思っている。
少なくとも今は父性が勝っているので、コイツが心配するようなことは本当にしないつもりだったが
「当然のように一緒に寝ようとしないでくれ。彼女が眠ったら、ちゃんと部屋に戻すんだ」
「チッ、本当にうるさい男だ」
不本意ながら騎士に見張られつつ、すっかり眠った旅人を客間のベッドに戻した。
しかし大きな獣の腕が離れるのを感じたのか、旅人は夢現のまま
「んー」
抱擁を求めるように両腕を伸ばして来た。
その仕草を見た俺と騎士は、しばし固まると
「お前ここまでされても、俺にコイツと寝るなと言うのか?」
俺は旅人を思い切り抱き締めたかった。相手が抱擁を望んでいるのだから尚更だ。
どう見ても旅人に気のあるコイツも同じ衝動を感じたはずだが
「……気持ちは分かるが我慢しろ」
「チッ」
いくらお互いに目障りでも暴力沙汰になれば、平和主義の旅人は怖がるだろう。
あからさまに嫌いはしないだろうが、きっと今のようにニコニコと寄って来ることは無くなる。
それを思うと、お互いに力ずくで相手を排除することはできなかった。
【ミコト視点】
翌朝。支度を済ませて朝食の席に出ると
「サーティカ、昨日は久しぶりにお母さんたちと寝て元気いっぱいニャ! お姉ちゃんは、よく眠れたニャ?」
サーティカの問いに、私は笑顔で頷いて
「ちょっとだけど、お酒を飲んだせいか、昨日はグッスリ眠れたよ」
私の返事に、近くに座っていたリュシオンが
「そうか。あなたはよく眠れたか。それは良かった」
「なんでお前はげっそりしているニャ?」
「マラクティカの王が俺の居ない隙に、またミコト殿の部屋に行くんじゃないかと気が気じゃ無かった」
リュシオンの発言に、密かに首を傾げる。ほろ酔いだったせいか、ご飯を食べた後のことはよく覚えてなかった。
リュシオンに部屋に送ってもらって、そのまま寝たわけじゃないのかな?
さらに獣王さんも
「まさか門番のようにソイツの部屋の前で、朝まで見張っているとは思わなかった。本当に邪魔な男だ」
「なんで知っているんだ!? やっぱり彼女を狙っていたのか!?」
「旅人。次はその男を置いて来い。じゃないと一緒に眠れない」
猫のように私にすり寄る獣王さんを見たリュシオンは
「二度とここには来させない!」
マラクティカに居ると、サーティカが元気になる代わりに、リュシオンが疲弊する。
私たちは朝食をご馳走になると、すぐに旅立った。
「王、お姉ちゃんと出会ってから楽しそうニャー。サーティカ、嬉しいニャー」
「私には今回、獣王さんはずっとリュシオンとケンカしているように見えたけど、楽しかったのかな?」
私の疑問に、サーティカは
「王は複雑な生い立ちのせいで家族を失う前から、ずっと暗かったニャ。王は邪悪な狼からマラクティカを救ってくれた英雄にして恩人。民はみんな王の幸せを願っているけど、不機嫌で気難しい王の喜ばせ方、誰も分からなかったニャ」
獣王さんはよく民を護り導くいい王様である反面、自分の幸せには無頓着だったようだけど
「でもお姉ちゃんと居る時、王は王としての義務を忘れて、ただの男になるニャ。女を巡って争うのも男の楽しみ。サーティカの知る限り、王が女を取り合うのは初めてだから、楽しそうだったニャ」
『火事と喧嘩は江戸の花』って言葉があるけど、普通の人はハラハラする状況に逆に血が騒ぐ人もいるのかな。
少なくともリュシオンは違うようで、彼はぐったりしながら
「俺は全然楽しくなかった……。獣人とは気が合わない……」
「じゃあ、次はリュシオン、お留守番でいいニャ~。お姉ちゃん、王とたくさんイチャイチャするニャ~」
「絶対にダメだ! 絶対に許さない!」
「なんでリュシオンは、そんなに獣王さんが嫌いなの?」
確かに過去には命のやり取りをした仲だけど、どちらかと言えばエーデルワールが悪かった。
獣王さん自身は弱い者を護ろうとする立派な人なのにと不思議がると
「彼が嫌いなわけではなく、あなたがあまりに無防備で心配なだけだ……」
そう答えるリュシオンの顔は、なぜか赤かった。
「私そんなに無防備かな? 自分ではけっこう用心しているつもりなんだけど」
これでも、この世界で旅を始めてから1年以上経つ。フィーロにも旅の心構えはいろいろ教わったし、自分では結構しっかりして来たつもりだった。
でも私の問いに、サーティカは笑顔で
「お姉ちゃんはタロットの愚者みたいニャ。足元に崖があっても気づかず笑顔で進もうとするニャ。リュシオンは、それを止めようとする犬みたいニャ」
サーティカは笑いながら、私とリュシオンにタロットを見せてくれた。
タロットの愚者は旅人のような格好で、足元の崖に気付かず、犬が必死に止めようとしていた。
「確かに私に似ているかも」
笑顔でカードを指す私に、リュシオンは「笑いごとじゃない……」と疲れたようにツッコんだ。




