けっきょくおばあちゃんファッション
入浴と着替えを済ませて中庭に行くと、リュシオンと獣王さんが何か話していた。
そこに私を連れたサーティカが
「お姉ちゃん、お仕度済んだニャー。すごく綺麗になったから見るニャー」
まさかの口上に、私は慌てて隠れたくなった。けれど私が逃げるより先に、リュシオンと獣王さんがこちらを向く。
私を見たリュシオンはギョッとして
「ええっ!? どうしたんだ、その恰好!?」
彼が驚くのも無理は無い。
私は胸元こそ隠れているものの、珍しく肩やお腹を出した服装だった。下は優雅なロングスカートだけど、スリットが入っていて、歩くと太ももがチラチラ見える。
もちろん自分で選んだわけじゃなく
「お姉ちゃんに選ばせると、おばあちゃんみたいな格好になるから、今回はサーティカが選んだニャ! でも人間のファッションも学んだから、マラクティカの女たちよりは露出控えめニャ!」
「いや、多い。十分多い。これ以上人目に触れる前に、着替えたほうがいい……」
リュシオンの反応に私は
「そ、そんなに変?」
自分がいいと思った服装は、マラクティカの人たちに年寄りと言われ、マラクティカの人に勧められた服装は、リュシオンに着替えろと言われる。私は完全にファッション迷子になってしまった。
何を着ても変だと言われて途方に暮れる私に、リュシオンは真っ赤な顔で目を逸らしながら
「いや、そういう意味では無くて……とても似合っているが、そんな綺麗な肌を男の前で晒してはいけない……」
エーデルワールでは女性が人前でお腹や太ももを晒すことは絶対に無いそうだから、今の私の恰好は目のやり場に困るのかもしれない。
「真っ赤になって説得力無いニャー。本当はリュシオンも、お姉ちゃんの体が見たいニャー」
「ちょっと黙ってくれないか!?」
ただでさえ混乱した状況。今度は獣王さんがスッと私に近づいて
「俺は気に入った。綺麗だ、旅人」
私の顔を上げさせて珍しく微笑みながら、こちらを見下ろす。
なんだか口説かれているみたいで「ぴっ!?」と変な声が出る私の代わりに
「隙あらば口説こうとしないでくれ。なんですぐ異性を誘惑しようとするんだ、この国の民は」
リュシオンが即座に妨害するも
「逆に異性を誘惑しないで、人間はどうやって恋愛するニャ?」
首を傾げるサーティカに、リュシオンも首を傾げて
「手紙やプレゼントを贈り合ったり、お茶や外出に誘ったりするんじゃないか?」
「なんで疑問形ニャ。お前さては恋愛したことないニャ?」
サーティカの指摘に、リュシオンはギクッとした。
そういえば前にアルメリアが、リュシオンは人気がある割に恋愛経験が無いと言っていたかも?
サーティカは無慈悲にリュシオンを指すと
「お姉ちゃん、このとおりニャ。身持ち堅すぎると子ども作り損ねるニャ。気をつけるニャ」
リュシオンは自分を恥じているのか「うぅ」と両手で顔を覆った。
まだ21歳なのに、行き遅れのレッテルを貼られてしまったリュシオンに
「リュシオンはまだ全然若いんだから気にすることないよ。人気があるのに身持ちが堅いのは、逆に長所だと思うよ」
一生懸命励ますも、リュシオンは恥ずかしそうに目を逸らして
「励ましてくれるのはありがたいが、その恰好で近寄られると……不格好かもしれないが、これを羽織ってくれないか? 余計なお世話かもしれないが、やはり目のやり場に困る」
そう言って自分の上着を貸してくれようとしたけど
「でも、それじゃリュシオンが上半身裸になっちゃうよ?」
彼も露出は恥ずかしいようなのにと心配すると、リュシオンはやや投げやりな態度で
「我が国ではあり得ない格好だが、マラクティカでは男の半裸は普通のようだから、気にしないことにする」
「ダメニャ! 女が男の上着を着ていたら、恋人だと思われるニャ! リュシオンの上着を借りるくらいなら、お姉ちゃんは別の服を着るニャ!」
「じゃあ、そうしろ。俺だって進んで脱ぎたいわけじゃない」
結果。私は袖は短いけど、お腹と太ももは完全に隠れるワンピースを着させてもらった。
形はシンプルだけど、濃いめのピンクが鮮やかで草花の模様があるので、かなり華やかな装いだ。髪には南国風の生花が飾ってある。
サーティカによれば「リュシオンのせいで、けっきょくおばあちゃんファッションニャー」らしいけど
「俺のせいで、あなたに恥をかかせているとしたら申し訳無いが、俺はその恰好のほうが似合うと思う」
リュシオンは少し頬を染めて俯きながら「その、異国の姫君のようで、とても可愛い」と不器用に褒めてくれた。
「私もこっちのほうが好き。褒めてくれて、ありがとう」
私たちのやり取りに、獣王さんは「人間の感覚は分からん」と、つまらなそうに言うも
「まぁ、お前が好きな格好をすればいい」
と柔らかく目を細めて私の髪を撫でた。
慈しむような目の色に、しばし見惚れていると
「だから不必要に触らないでくれと、何度言ったら分かってもらえるんだ?」
「お前こそいちいち邪魔するな。コイツは嫌がってないだろう」
またリュシオンと喧嘩をはじめたので、それどころじゃなくなった。
「あの、決して嫌では無いんですけど、男の人の姿で触られると少し恥ずかしいです」
「これは人間の国では婉曲な拒否に当たる言葉だ。彼女はやはり、あなたの過剰な接触に迷惑している」
刺々しい笑みで言うリュシオンに、獣王さんは
「それはコイツの言葉で、人に似た姿だと困るが、獅子の姿ならいいという意味だ」
「そんなわけ……」
リュシオンが否定するより先に、私は一転して笑顔になって
「はいっ、ライオンの姿なら! また今度ふわふわの毛皮を触らせてください!」
「ああ。今夜にでも、また俺のベッドに来い。好きなだけ触らせてやる」
また私の髪を撫でる獣王さんに
「ミコト殿~!? あなたが大好きなライオンさんと、この目の前のいやらしい男は同一人物だ! 頼むから本質を見てくれ!」
リュシオンが何を言わんとしているのか分からず、私は首を傾げた。