終わりよければ
ベッドから飛び起きた黒髪の女性が、宿屋のご主人を雷撃で気絶させた後。
すぐに赤毛の女護衛もむくりと起きて
「なんで怒っているんですか? こんな男に襲われたかったんですか?」
「もちろん襲われたいわけはありませんが、女のわたくしより女装の男を選ばれるのは、納得がいきませんの」
ようやく口を開いた女護衛の声は男のもの……と言うよりリュシオンだった。
そして雷撃を放ったのは自在のブラシで黒髪になったアルメリア。
2人が変装して宿屋に現れるまでには、こんな経緯があった。
宿屋から追い払われた後。私とリュシオンは
「取りあえず金無し武器無しでは旅を続けられないし、一度エーデルワールに戻って体勢を立て直そう」
ただのブーツとブラシだと思ったのか、宿屋の主人は一足飛びのブーツと自在のブラシを見落とした。そのおかげでエーデルワールまで一気に戻れた。
今後の相談のために、アルメリアに会いにお城に行くと
「まぁ、剣とお金を失くしたって? どこで失くしたかも分からないって……リュシオン、あなた何をやっていますの?」
「ぐぅ、面目ない……」
アルメリアに呆れられて落ち込むリュシオンを横目に
「アルメリア。いきなりこんなことを頼んで図々しいんだけど、必ず返すからお金を貸してくれないかな?」
私が頼んだのは当面の旅費ではなく
「まぁ、獣人の女の子が奴隷として人間に捕まっているのですか? 可哀想に。同じ獣人の子がそんな目に遭わされているなんて、サーティカちゃんもショックだったでしょうね」
アルメリアの発言で、私とリュシオンはサーティカを忘れていることに気付いた。
「剣やお金ならまだしも、サーティカちゃんを忘れてしまうなんて普通じゃありませんわ。もしかして2人は、魔法の道具か何かで記憶を奪われたんじゃありませんか?」
だとすれば、あの宿屋の主人が怪しい。宿屋の主人は、いつどうやって私たちの記憶を奪ったのか?
それを確かめるために、アルメリアとリュシオンが変装して、再びあの宿屋に出向いた。
その際。アルメリアは
「ミコトさんを別人にするより、リュシオンの髪を伸ばして女装させるほうが、きっと犯人の目を欺けるはずですわ」
「楽しんでいませんか、アルメリア様……」
そう言ってリュシオンの髪を伸ばし、胸に詰め物をして女の服を着せて、ノリノリで化粧した。
その時はリュシオンの女装を楽しんでいたけど
「まさか女として、リュシオンに負ける日が来るとは思いませんでしたわ……」
「いつまで引きずるんですか……」
宿屋の主人が気絶している間に、リュシオンは彼を縛り上げた。
リュシオンは木桶に冷たい水を汲んで、宿屋の主人にバシャアッとかけると
「おい、さっさと起きろ。俺たちから奪った記憶と荷物を元に戻せ」
「ヒィッ!? アンタ、男だったのか!? と言うか、もしかして剣を取りに来た男!?」
怯える宿屋の主人を、アルメリアは優雅な笑顔で見下ろして
「あなたが彼らから記憶とサーティカちゃんを奪ったことは、すでにバレていましてよ。また痛い目に遭いたくなければ、記憶を戻す方法を大人しくお話になって?」
「き、記憶を奪った? なんの話か分からねぇな……って、ギャアアッ!?」
アルメリアは宿屋の主人に弱めの雷撃を食らわせると、凄みのある笑顔で
「わたくし、これでも多忙ですの。黒焦げにされたくなければ、無意味な抵抗はおやめになって?」
「わ、分かりましたぁ……」
奪われた記憶を戻すには、忘却の小槌で「記憶よ戻れ」と叩けばいいらしい。
私とリュシオン、そしてサーティカは忘れていた記憶を取り戻した。
記憶を取り戻したサーティカは奴隷にされかけた恐ろしさに
「うわぁぁんっ! 怖かった! 怖かったニャ~!」
かえって大泣きしながら、私に縋りついて来た。
「すごく怖かったよね。サーティカを忘れて置き去りにしてゴメンね」
私も涙目で彼女を抱き締めると、サーティカはグスグスしながらも
「ううん。お姉ちゃん、サーティカを忘れても迎えに来てくれたニャ。アルメリアとリュシオンも助けてくれて、ありがとうニャ」
「いいえ。友人として当然のことをしたまでですわ」
「それより俺は1つ気になっているんですが……」
リュシオンはギロッと宿屋の主人を睨むと
「お前は朝まで起きないからと俺に手を出そうとしたが、もしかしてミコト殿にも何かしたんじゃないだろうな?」
ゴゴゴゴゴ……と背後に暗黒を背負う彼に、宿屋の主人はぶんぶんと手を振って
「いやいやいや! 俺は犯罪者だが、ロリコンじゃねぇ! そんな背も胸も小せぇ女は狙わギャン!?」
リュシオンが犯人を無言で殴ったので、私は驚いた。
宿屋の主人も痛そうに両手で頭を押さえながら
「なんでぇぇ……? その女には手を出してないのに……」
「だからってお前如きに対象外扱いされると腹が立つんだ」
「理不尽すぎる……」
2人のやり取りに、アルメリアはパッと顔を明るくして
「と言うか今、背と胸が小さいから狙わなかったと言いました? あなたにとっては背と胸の大きさが重要なんですの?」
「ああ、俺はデカい女が好きだ。でもそれがどうしたって言うんだよ?」
「背丈の問題だったのですね! それなら納得ですわ~!」
リュシオンに負けたことがよほど悔しかったようで、美醜や色気ではなく体格の問題だと分かったアルメリアはクルクルと舞いながら喜んだ。
「とは言え、この男には余罪がたくさんあるようですし、神の宝を取り上げたからと言って犯罪者を野放しにはできませんから、我が国の刑事施設に収監しておきますわ」
「ああ、なんでこんなことに……」
それから私たちは無事にエーデルワールの兵士さんに犯人を引き渡した。
「アルメリア。助けてくれて、ありがとう」
「いいえ。わたくしも少しですが、ミコトさんの旅の仲間になれたようで楽しかったですわ。また何かありましたら、遠慮なくおっしゃってください」
アルメリアと別れた後。私はサーティカに
「私が油断したせいで、怖い想いをさせちゃってゴメンね」
「ううん。サーティカがあの宿に泊まろうって言ったせいニャ。それに危険を見抜くのはサーティカの仕事ニャ。皆を危険に晒して申し訳ないニャ……」
サーティカはただの子どもじゃなく、案内役として付いて来た。神官としての責任感から深く項垂れる彼女に
「もし私たちが来なかったら、きっとあの人は、これからも犯罪を続けていたよ。サーティカが私たちをあの宿に泊まらせたおかげで、もう事件は起きなくなったんだから、むしろお手柄じゃないかな?」
サーティカの直感が神の導きによるものなら、これは失敗じゃなく私たちが悪事を止められるようにという天の配剤かもしれない。
私の考えにサーティカは
「お姉ちゃん……」
「それにトラブルに遭ったおかげで、忘却の小槌が手に入った。ミコト殿の言うとおり、悪いことばかりじゃない」
リュシオンにもフォローされたサーティカは「リュシオン……」と目を潤ませると
「そうニャね! サーティカ、逆にお手柄かもしれないニャ! やっぱりサーティカ、すごい神官ニャ!」
「すぐ調子に乗る」
リュシオンはジト目だけど、私はサーティカに笑顔が戻ってホッとした。




