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宿屋の主人と美しき女性客【視点混合】

 不自然な度忘れの違和感を追究する間もなく


「誰かー。助けてニャー」


 宿屋の奥から女の子の声。リュシオンにも聞こえたみたいで


「今の声は?」


 リュシオンの問いに、宿屋のご主人は気まずそうに後ろの部屋を振り返ると


「ああーっと。旅人から買った獣人奴隷です。買ったばかりでまだ懐いてなくて、ああしてよく泣くんですよ」


 ご主人の返答に、リュシオンは眉をひそめて


「奴隷って、まだ子どものような声だったぞ。酷い扱いをしているんじゃないだろうな?」

「酷い扱いなんて! 奴隷と言っても、うちの看板娘として買ったんですよ。まだ懐いていないだけで、酷い扱いなんてしていません。本当です」


 ご主人を疑いたくはないけど、女の子は助けを求めているようだった。


「心配だから少し様子を見させてもらえませんか?」


 私の頼みに、宿屋のご主人は嫌な顔をしつつも


「じゃあ、ちょっとだけですよ」


 その獣人奴隷に会わせてくれた。


 その子は黒猫の獣人で声のとおり、まだ子どものようだった。部屋の柱に鎖で繋がれた彼女は、止まらない涙で顔の毛を濡らしながら


「ああ、助けてニャ。知らない人。サーティカ、なんでここに繋がれているニャ? 名前以外、何も思い出せないニャ」

「この子は記憶喪失なのか?」


 リュシオンの問いに、宿屋のご主人は「ええ」と笑いながら


「どうも獣人ってヤツは頭が悪いようで、自分が売られたことも忘れちまったんでさぁ。でも名前以外は覚えていないなら、放してやったところで故郷にも帰れません。だから憐れに思って買ってやったんでさぁ」

「サーティカ、何も分からないニャ! でもコイツ、悪いヤツニャ! 知らない人、置いて行かニャイで! サーティカを助けてニャ!」


 ご主人が悪者だとは言い切れないけど、サーティカちゃんは泣くほど困っているみたいだ。


「あの、この獣人の子はいくらで買ったんですか? 私が代金を払いますから、譲ってもらえませんか?」


 ご主人から買って私のものにすれば、サーティカちゃんを解放するのも自由だと問うも


「ええ? いくらだったかな? その前にお客さん。奴隷を買えるほど金を持っているんですかい?」

「奴隷を買えるほどは流石に無いかも……リュシオン。足りなかったら借りていい?」

「ああ。アルメリア様もダメとはおっしゃらないだろう」


 しかし私とリュシオンが財布を開いたところ、なんと中は空っぽだった。


「えっ!? 一銭も持ってないなんてことがあるか!?」


 あり得ない事態に驚愕する私たちに


「驚いてんのはこっちでさぁ。さっきから聞いてりゃアンタたち、とても頭がマトモとは思えねぇ。悪いが、もう付き合い切れません。お引き取りくだせぇ」

「ああっ、待ってニャ! 行かニャイで! 行かニャイで!」


 サーティカちゃんの泣き声に後ろ髪を引かれつつも、この場は引くしかなかった。


【宿屋の主人視点】


 やれやれ。アイツら、やっと出て行きやがった。


 それにしても、まさか山賊に襲われたせいで、剣を忘れたことに気付いて引き返して来るとは。


「念のためにアイツらが去った後。さっさと部屋を片付けておいて良かったぜ」


 実はあの青い髪の男の言うとおり、ヤツの剣を盗んだのは俺だ。しかも俺がアイツらから盗んだのは物だけじゃない。


 俺は別の世界から来たいわゆる転移者だ。この辺りでさっきの嬢ちゃんのような東洋系の容姿は浮くが、俺は白人なので目立たない。そのせいでアイツらは、俺の外見から転移者だと見抜けなかったようだ。


 俺が『神の宝物庫』で選んだのは『忘却の小槌(こづち)』。「●●を忘れろ」と命じながら叩くと、相手の記憶を奪える便利なアイテムだ。


 俺は宿に泊まった客の食事に睡眠薬を盛り、夜コッソリ部屋に忍び込むと


「金を忘れろ」

「女を忘れろ」


 と客に忘れものをさせて、売り払って生活していた。


 しかしアイツらは久しぶりの上客だったぜ。


 男は金をたんまり持っていやがったし、剣も見るからに上物。オマケに獣人の子ども連れで、俺の見立てが確かなら、あの黒髪の嬢ちゃんは転移者。


 だとすれば、あの嬢ちゃんのカバンの中身のどれかが神の宝に違いねぇ。


 アイツらはまだ気づいていないようだが、俺が盗んだのは金や剣だけじゃない。図鑑のような変わった絵本と、白骨のような笛。それとアイツらがお揃いで持っていた、怪物を模した悪趣味な指輪もついでに盗んでおいた。


 さらには嬢ちゃんと一緒にグースカ寝ていた黒猫獣人の子どもも。サーティカというその獣人は、逃げられないように名前以外の全ての記憶を奪ってやった。


 俺は椅子に腰かけると、嬢ちゃんから奪った変わった絵本をパラパラとめくった。転移者らしき嬢ちゃんが持っていたからには恐らく神の宝なのだろうが、名前と絵しか書いていない。


「これが神の宝だとすると、どうやって使うんだろうな? 見たところ色んなものの絵が描かれているが……もしかすると『理想のワードローブよ、出ろ』と言えば出るか?」


 神の宝と言っても、所詮は意思を持たないアイテム。使用者が誰だろうが、使い方が合っていれば、問題なく機能する。


 俺の推測は当たっていたようで、謎の絵本から『理想のワードローブ』が出て来た。


「やっぱり! これは収納のためのアイテムだったか! この理想のワードローブとやらも神の宝かもしれない! こうやって1つ1つ効果を確かめて俺が活用してやるぜ!」


 それからしばらくは理想のワードローブの使い方を試していたが


「もし。宿を貸していただけませんか?」


 普段はあまり人の来ない宿に、珍しくまた客が来た。


 今度の客は女の2人連れだった。1人はさっきの転移者の嬢ちゃんのように、サラサラの長い黒髪の若い女。ただ肌は白く目は宝石のような緑。


 同じ白人系でも、ここまで美しい女は俺が元いた世界には居ない。この女は昨日の嬢ちゃんと違って、こっちの世界の住人だろう。


 もう1人の女は


「そ、そっちのお連れ様は、ずいぶん大きな方ですね?」


 女にしては長身かつ、がっしりした体格。ただ顔立ちは美しく、燃えるような深紅の長髪に、華やかな化粧がよく似合っていた。


「女性には珍しい体格でしょう? 彼女は父がわたくしの護衛として用意してくれた女剣士なんですの。男性顔負けの剣技を持ちながら、このとおり見目もよくて、わたくしのお気に入りですわ」


 黒髪の女主人にすり寄られた女護衛は、少し困っているようだった。しかし雇い主だからか、やめてくれとは言えないようだ。


「女同士ですから、部屋は1つでいいですわ。一晩泊めていただけますか?」


 護衛を連れているだけあって、女は明らかに裕福そうだ。目に見えるだけでもイヤリングに首飾りに指輪と上等なアクセサリーを付けている。


 これを逃す手は無いと、俺はこの女たちを泊めてやることにした。


 俺はいつもどおり、思わず平らげてしまうような美味い料理を作って睡眠薬を盛った。頃合いを見て食器を回収しに部屋に行くと


「とても美味しかったですわ。うちの料理人になって欲しいくらい」


 女たちは満足したようで、皿は全て空っぽだった。


 よしよし。この様子なら朝まで何があっても起きるまい。俺は内心ほくそ笑むと、女たちが完全に寝付くのを待った。


 夜。女たちが寝入った頃を見計らって、いつもどおり忘却の小槌を手に客室に侵入する。


 これで女たちの頭を軽く小突けば、先日の客たちと同じように、金や装飾品どころか同行者まで忘れさせられる。


「さて本当なら、この女たちも売っちまいたいが、身分の高い女だと家族が捜す可能性がある。だからコイツラ自身は帰してやるとして……」


 一人暮らしが長いと独り言が多くなる。俺はいつもの癖で考えを口にしながら


「こんな上玉をタダで帰すのはもったいねぇ。この睡眠薬を飲ませれば何をされようが、朝までは絶対に起きない。どうせ記憶を奪うんだし、その前に楽しませてもらうか」


 ニヤニヤしながら女護衛に手を伸ばすと


「どうして、そっちですの~!?」

「ギャアアッ!?」


 暗い部屋の中。バチバチと光る雷撃を最後に、俺の意識はブラックアウトした。

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