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山の中の小さな宿

 私は今リュシオンやサーティカと、遥か海の向こうの国にあるらしい色欲の指環を手に入れるために旅をしている。


 けれど『遥か海の向こうの国』の具体的な地名や場所は分からない。


 だから船にも乗れず、今はサーティカの


「あっちがいいニャ」

「こっちな気がするニャ」


 というその場その場の直感を頼りに、旅を続けていた。


 そんな私たちは今、山越えの最中だ。


 私たちは一足飛びのブーツを持っているけど、こういう山はちゃんと踏破して、新しい地点に辿り着いてからじゃないと、山の入口まで戻されてしまう。移動の途中で街に戻ることはできないので、山中での野宿を覚悟していた。


 けれど幸運にも小さな宿屋があって


「今日はここに泊まるニャ」

「ずいぶん粗末な宿だな。まぁ屋根と壁があるだけ野宿よりはマシだろうが」

「急ぐ旅じゃないし、なるべく野宿は避けて、ゆっくり行こうニャー」


 私もできれば野宿より宿がいいので、2人に同意した。


 サーティカは獣頭の獣人なので、なるべく人目を避けている。だから宿の主人には、私とリュシオンだけが挨拶した。


「はい。お2人様で2部屋のご要望ですね。お食事も別々ですか?」

「いや、食事は一緒にしてくれ。それと俺は大食いだから2人分頼む」


 リュシオンはサーティカのために2人分の料理を頼んだ。


 宿屋の主人さんは特に怪しまず


「へぇ、ではそのように。うちは私1人しかいないんで、もらい忘れが無いように料金は先払いなんですが、構いませんか?」

「ああ、構わない。いま払う」


 私とリュシオンは、それぞれ自分の宿代を払った。


 それから1時間ほどして、リュシオンの部屋に3人分の食事が運ばれた。


「宿はボロイけど、ご飯は美味しいニャ」


 笑顔でもりもりご飯を食べるサーティカに、リュシオンは「しっ」と注意して


「声が大きい。小さな宿なんだから、迂闊(うかつ)にしゃべると主人に聞こえるぞ」

「サーティカ日中、隠れてなくちゃいけないから、ほとんどしゃべれなくてつまらないニャ。リュシオン居なくなったら夜眠るまで、お姉ちゃんコッソリいっぱいおしゃべりするニャ」


 サーティカの可愛いおねだりに、私は笑顔で「うん。夜になったら、たくさんしゃべろうね」と約束した。


 けれど夜。


「ニャー……。まだお姉ちゃんとおしゃべりしたいのに、今日はもう眠いニャー……」


 まだ遅い時間ではないのに、ご飯を食べてしばらくしたら、私とサーティカはすぐ眠くなってしまった。今日は山歩きで疲れたのかな?


「おしゃべりは、また明日にしようか」


 私はサーティカの頭を撫でると、彼女と一緒のベッドで眠った。


 翌朝。


「昨日は久しぶりにぐっすり眠れた。特に快適な部屋ではなかったのに、なぜだろう?」


 不思議がるリュシオンに


「私も朝までぐっすりだったよ。ご飯も美味しかったし、見た目よりいい宿で良かったね」


 私と彼はそんな話をしながら、主人さんに挨拶して宿屋を出た。


 異変に気付いたのは、山道を歩いている時。


「へっへっへ。こんな山の中を武器も持たずに女連れで歩いているとは不用心だな。襲ってくれと言っているようなもんだぜ」


 行く手に立ちふさがる山賊さんたちの口上に、リュシオンは強気の態度で


「武器も持たず? お前たちの目は節穴か? どう見たって剣を持っているだろう……って、えっ? あれ!? 剣は!?」


 竜騎士であるリュシオンは自分の剣を持っていたはずだ。しかし、その剣が今は無くなっていた。


「ま、まさかさっきの宿屋に忘れたのか!?」


 竜騎士にあるまじき忘れものに、リュシオンは愕然(がくぜん)とした。


 リュシオンの発言に、山賊さんたちは「ギャハハッ」と大笑いして


「剣を宿屋に忘れるなんて、ずいぶん頼もしい兄ちゃんだな。どうだ? その女と有り金全て置いて行くなら、命だけは助けてやってもいいぜ?」

「……あなたは下がっていてくれ」


 私はリュシオンの指示で、山賊さんたちから距離を取った。この距離なら、いざとなれば一足飛びのブーツで瞬時に逃げられる。しかしその心配は無いことを私は知っていた。


「頭に回す分の栄養全部、顔にいっちまったか!? 剣を忘れた馬鹿な兄ちゃん! そんなに死にたいなら殺してやらぁ!」


 威勢よく襲いかかって来た山賊さんたちを


「素手だろうが、こんな山賊どもには負けないが、まさか剣を忘れるなんて。俺は竜騎士失格だ……」


 あっという間に武器を奪って返り討ちにし、テキパキと縛り上げたものの、リュシオンは落ち込んでいる。


 私はリュシオンの背をポンポンと叩きながら


「誰にでも間違いはあるよ。きっと剣は宿屋にあるだろうし、山賊さんたちを近くの街の役人さんに引き渡したら取りに行こう?」

「ありがとう。すまないが、一緒に剣を取りに戻ってくれ」


 山賊さんたちをしかるべき場所に送った後。私たちは一足飛びのブーツで宿屋に戻った。


 私とリュシオンが再び顔を出すと、宿屋の主人さんは「ひぇっ!?」と驚いて


「さっきのお客さん? どうして戻って来たんで?」

「部屋に剣を忘れてしまったようなんだ。取りに入ってもいいか?」

「部屋に剣? お客さんの部屋に忘れものなんてありませんでしたがね」

「いや、ここしか考えられない。自分で捜すから見せてくれ」


 ところがリュシオンの泊まった部屋に剣は無かった。


「……主人。もしかして俺の剣を盗んだんじゃ無いだろうな?」


 リュシオンはジト目で宿屋の主人さんを疑ったけど


「人聞きの悪いことを言わないでくだせぇ。だいたいお客さんは、いつ剣が無いことに気付いたんです?」


 宿屋のご主人の質問に、リュシオンは少しバツが悪そうに


「それは……山の中で山賊に会って……剣を抜こうとしたら無くて……」

「さ、山賊に会ったんですかい? よく生きて帰れましたね」


 宿屋のご主人は私たちを襲ったピンチに驚きつつも


「ともかくお客さんは自分で剣をお忘れになったんですよね? しかも山賊に会うまで自分が剣を持っていないことにも気づかない間抜けぶり。だとしたら、この宿に剣を忘れたこと自体が勘違いって可能性もあるんじゃねぇですかい?」


 宿屋のご主人の指摘に、リュシオンは「そんな」と驚いて


「流石にそんな前から、剣を持たずに歩いていたはずは……」


 言いよどむリュシオンに、宿屋のご主人は非難の眼差しで


「「はず」ってことは、やっぱり自信が無いと見える」

「うぅ……。俺がこの宿屋に入る時、剣を持っていたかどうか、ミコト殿は覚えていないか?」


 持っていたと言いたいところだけど、私もよく思い出せず首を振った。


「持っていたかどうかも分からねぇもんで、難癖つけないで欲しいもんですな。それとも逆にありもしない剣の代金を、私に弁償させようって腹ですかい?」

「いや、そんなつもりは……」

「リュシオン。ご主人の言うとおり、ここで失くしたという確証も無いし、これ以上は無理じゃないかな? 剣はまたどこかで買えばいいよ」

「いや、あれは大事な剣だった気が……うぅ、俺はそれすら覚えてないのか?」


 リュシオンは最早それがどんな剣だったかすら思い出せないみたいだ。


 でも私もリュシオンの剣を何度も見ているはずなのに、どんな見た目か全く思い出せない。


 剣を置き忘れることはあっても、それがどんなものか忘れてしまうなんてあるかな?

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