ここには無い彼の色
アルメリアに旅立ちの準備を手伝ってもらうことになった。特に彼女は、私やサーティカにピッタリの旅装を選びたいらしい。
そこで私たちはお忍びで、街に買い物に行くことになった。ただ王女としての彼女と歩くとすごく目立つ。
それで変装することになったのだけど
「まぁ、そのブラシで髪の長さや色を自在に変えられるんですの? でしたらわたくし、真っ直ぐな茶髪になってみたいわ。このオレンジゴールドの巻き毛は華やかすぎて、街歩きには目立つんですもの」
アルメリアのリクエストどおり、自在のブラシで長く真っ直ぐな茶髪にすると
「素敵! これで地味な服を着たら、誰もわたくしがこの国の王女だなんて分かりませんわね!」
アルメリアの濃い緑の瞳と白い肌は茶髪にも似合っていて、とても素敵だった。
はしゃぐ女性陣たちとは対照的に、リュシオンはうんざり顔で
「アルメリア様の髪をいじるのはいいが、なぜ俺まで」
「あら、だって歴代最年少で竜騎士になったリュシオンは、王都ではわたくしと同じくらい有名じゃない。せっかくわたくしが町娘に変装しても、あなたがいつもの姿じゃすぐにバレてしまうわ」
歴代最年少もそうだけど、リュシオンはハッとするほどの美青年だ。
アルメリアによれば、強くて凛々しい竜騎士様として、王都の女性たちの憧れの的だそうだから、確かに目立つだろう。
「それにわたくし一度、違う髪色のあなたも見てみたかったの」
それからアルメリアは自在のブラシで、リュシオンの髪を金や銀や茶や黒に変えて遊んだ。
その結果。メイドさんの私服を借りたアルメリアは、隣を歩くリュシオンをニヤニヤ見上げながら
「普段のあなたの髪色が暗いから、思い切って金を選んでみたけど、金髪の男って軟派に見えるわね。遊び人みたいよ、リュシオン」
「でもヘタレ感は残っているニャ~。ヘタレの軟派男ニャ~」
「好きで金髪になったわけじゃないのに、さんざんな言われようだ」
リュシオンは硬派なので、明るい金髪が恥ずかしいようだ。
「だって本当に似合わないんですもの。ミコトさんもそう思うでしょう?」
アルメリアに同意を求められた私は
「その金髪も王子様みたいで素敵だけど、私はいつもの青い髪が好きだな」
リュシオンの髪と目は、深い海と爽やかな空の色だ。
自室や病室から、ずっと眺めては焦がれた外の色。そのせいかリュシオンの青い髪や目が、私は本当に好きだった。
笑顔で褒めると、リュシオンは「あ、ありがとう」と少し照れたように
「……俺もあなたのサラサラの黒髪が、とても綺麗だと思う」
ボソボソと褒め返してくれた。
それを聞いたアルメリアは毛先を弄りながら
「……わたくも黒にすれば良かったかしら」
彼女の呟きにリュシオンは呆れ顔で
「髪色にいくら時間をかけるつもりですか。それにアルメリア様だって、けっきょくいつもの髪色がいちばん似合いますよ」
「えっ? そう? わたくしにはオレンジゴールドの髪が似合う?」
「子どもの頃から見慣れていますし、見た目だけならあなたは民の理想の姫ですから」
リュシオンの評価に
「見た目だけと言うのは、ちょっと引っ掛かるけど……」
アルメリアはぼやきつつも、やっぱり嬉しそうに
「けっきょくわたくしたちは生まれつき、神様からいただいた髪や目の色が、いちばん似合うのかもしれないわね」
アルメリアの言葉に「きっとそうだね」と私は笑った。
それからアルメリアは張り切って服屋を渡り歩くと、私とサーティカの旅装を選んでくれた。
「帽子とコートは白にしましょう。新しい肩掛けカバンの色とも合っていますし、すごく似合いますわ」
今までは男装だったけど、リュシオンが一緒なら女装でもいいだろうと、私は再び自在のブラシで髪を背中まで伸ばした。
アルメリアはロングヘアに似合う、すごくフェミニンな旅装を選んでくれた。リボン付きの白いベレー帽に、裾の広がった同色のコート。
あんまり可愛くて似合うかなって心配だけど、思わずときめいてしまうような素敵なデザインだ。
「確かに似合いそうですが、白は旅装として目立つし汚れやすいのでは?」
機能性重視のリュシオンに、アルメリアは不満顔で
「どうせずっと着るわけじゃないんだから、いいの。お金ならあげるから、汚れたらリュシオンがミコトさんとサーティカちゃんに、新しい服を買ってあげなさい」
「アルメリア、優しいニャ~。可愛くて温かい服、ありがとうニャ~」
サーティカは隠れ蓑で姿を隠しつつも、小声でショッピングに加わっていた。
「このコートと帽子に合わせるワンピースとリボン、いくつか色があるみたいですが、ミコトさんは何色がお好き?」
リボンとワンピースの色は赤、青、緑、紫から選べるようなので
「じゃあ、紫にしようかな」
「え~? なんで紫ニャ? お姉ちゃんなら、きっと緑のほうが似合うニャ」
「わたくしは赤か青がいいと思いますけど、ミコトさんは紫がお好きなんですか?」
彼女たちと同様。紫は嫌いじゃないけど、進んでは選ばない色だ。
その色がどうして今は恋しいのか?
理由を言えずに、曖昧に微笑む私の代わりに
「白と紫、俺はいいと思う。あなたの目と髪の色に似合う」
いつもはシャイなリュシオンが珍しく真顔で勧めたのは、私が紫を選んだ本当の理由に気付いたからかもしれない。
「まぁ、確かに紫は神秘的でいい色ニャ。サーティカも神官だから、よく紫の宝石を身につけるニャ」
「そういう意味では、サーティカちゃんとお揃いで可愛いですわね。じゃあ、サーティカちゃんにも後でミコトさんとお揃いの紫のリボンを首に巻いてあげますわね」
「ニャ~」
私はアルメリアが買ってくれた服に、さっそく着替えた。白い帽子のリボンと、コートの下のワンピースは紫だ。
白と紫。それはこの世界に来てから、ずっと一緒だった友だちの色。今はここに居ないフィーロの色。
姿見に映る自分の色彩に、私は少し涙ぐんだ。
フィーロと旅していた頃の服は、燃えて無くなってしまった。
だから新しい服を着るしかないけど、あの頃の自分を遠く置き去りにしたようで悲しかった。
皆に心配をかけちゃダメだ。フィーロが居なくても旅を続けるって決めたんだから。1人でも強くならないと。
誰にも知られぬように涙を拭うと、なんでもない顔で試着室を出た。




