アルメリアの決意
しばらくして泣き止んだアルメリアは、少し晴れた顔で微笑むと
「ありがとう、ミコトさん。それに優しい獣人のお嬢さんも。あなたたちのおかげで少し気が楽になりました」
「いいニャ。その代わりサーティカたちの護衛に、この男を貸すニャ」
「えっ? どういうことですの?」
それから私たちは、獣王さんにフィーロを壊されてしまったこと。それでも私は悪魔の指環を探すこと。全知の鏡を失った私には仲間が必要で、リュシオンに護衛を頼みたいと話した。
ただ私はアルメリアやリュシオンのお母さんの様子を見て、彼を連れ出すのはやっぱりマズいと思った。
かと言って他の兵士さんを貸してもらうなど、関係の浅い人に護衛を頼むのも、リュシオンが言うようにかえって危険かもしれないので
「だからしばらくはサーティカと2人で行動してみるよ」
「ダメですわ、女の子だけで旅するなんて。リュシオンのご両親はわたくしが説得しますから、どうぞ彼を連れて行ってください」
「でもアルメリアも、リュシオンに傍に居て欲しいんじゃないの?」
ところが意外にもアルメリアは「いいえ」と忌々しそうな顔で
「この状況でリュシオンを引き止めても、彼はあなたを心配して、ず~っと上の空でしょう。そんな抜け殻を手元に置いても、なんの役にも立ちませんから。せめてミコトさんを護ってもらったほうがいいですわ」
吐き捨てるように言う彼女を、サーティカはニコニコと指さして
「このお姫様、けっこう言うニャ~。サーティカ、お姫様好きニャ~」
「なんで俺の周りの女性は、ミコト殿以外みんな俺に厳しいんだ……」
遠い目で呟くリュシオンに、アルメリアとサーティカは口を揃えて
「あなたが悪いんですのよ」「お前が悪いんだニャ」
私は目の前でボコボコにされるリュシオンを心配して
「あの、私はリュシオンが好きだよ。一緒に来てくれて、すごく心強いよ」
彼の背を撫でながら励ますと、リュシオンは弱弱しく微笑んで
「ああ、ありがとう。あなたはいつも俺を救ってくれるな……」
そんな私たちを見たアルメリアは、サーティカの手を握りながら
「サーティカちゃん。旅の間はリュシオンを、よく見張ってくださいね。ミコトさんに変な気を起こして、くれぐれも迷惑をかけないように」
「大丈夫ニャ~。お姉ちゃんに変なことをしたら、サーティカ、この爪でソイツを引き裂くニャ~」
「目の前にはあなた、背後には恐ろしき女性たち。まるで天国と地獄の狭間に居る気分「不敬ですわ~」グワァァッ!?」
私やリュシオンと再会して元気になったアルメリアは、笑顔で彼に雷撃を食らわせた。
「このお姫様を連れて行ったほうが、頼りになるかもしれないニャ」
サーティカのコメントに苦笑しつつ、アルメリアが元気になってホッとした。
私はエーデルワールを立ち去る前に
「あの、アルメリアのお父様とお兄様はどうなったの?」
遠慮がちに問うと、アルメリアは淡々とした口調で
「今回の責任を取って父は退位。兄には王位継承権を放棄してもらいましたわ。問題は誰が次の王になるかですが……」
アルメリアが女王になるか、先王の腹違いの弟さんがなるかで意見が割れているらしい。
「先王の腹違いの弟さんって、要するにアルメリアの叔父さんだよね? どんな人なの?」
私の問いに、彼女ではなくリュシオンが
「温厚かつ聡明で尊敬できる方だ。母君の身分が低いのと先王のほうが先に生まれたことで、王位にはつかなかったが、申し分のないお方だ」
「ええ。ですからわたくしも、この国は叔父様に任せようと思っていますの。わたくしを推す声もありますが、女のわたくしでは、やはり国を治めるには力不足でしょうし」
2人が信頼できる人だと言うなら、それでいいのかもしれないけど
「私はアルメリアなら、いい女王様になれると思うけどな」
「サーティカもそう思うニャ。あなた、結構な女傑ニャ。だからこそ、あなたを女王にと望む声があるんじゃないかニャ?」
「……ですが、我が国は少し難しい状況にありますの」
エーデルワールはかつて守護竜により、完璧に近い護りを得ていた。
通常、国は戦争などで強者が弱者を吸収していく。しかしエーデルワールには守護竜の庇護を求めて、自分から併合を求める国が多かったそうだ。ただし、それは守護竜ありきの同盟。
「守護竜が消えた今。エーデルワールに従う意味があるのかと考える者たちも多い。単に分裂するだけでも問題ですが、場合によっては力ずくで王座を奪おうとするかもしれない。女のわたくしが王になれば、そういう者たちがますます活気づくでしょう」
やっぱり今エーデルワールは大変な状況なんだ。できれば力になりたいけど、フィーロを失った私には、彼女のために何をしたらいいか分からない。
そんな私の代わりに
「だとしても、あなたが王になるほうが良さそうな気がするニャ。実際に見たほうが分かるから、その叔父上と会わせるニャ」
サーティカの申し出に、アルメリアは戸惑っていたけど
「ここで会ったのも何かの縁だし、せっかくだから占ってもらったら?」
王位継承問題に他人が口を出すのは、明らかに行き過ぎだ。けれど私自身も、アルメリアが王位を継いだほうがいい気がした。
それは彼女が友だちだからではなく、獣王さんたちが攻めて来た時。悪戯に兵を死なせるくらいなら、自分たちの首を差し出すべきだと言った強い姿を見ていたから。
だからこそ兵士さんたちも、まだ年若く女性であるアルメリアを、自分たちの女王にと推しているんじゃないかな。
それからアルメリアはサーティカに、叔父さんについて占ってもらうことにした。ただアルメリアの叔父さんは、占いや霊感など目に見えないものは信じない主義らしい。
「特に全知の大鏡の件があったばかりなので、人知を超えた力に頼ることを嫌うでしょう。ですから叔父様を占うなら、姿を隠して見てください」
その後。アルメリアがお茶に呼び出した叔父様を、サーティカは隠れ蓑で姿を消して観察した。
さらにタロットで占った結果。
「やっぱり王にはアルメリアがなるほうがいいニャ。アルメリアの叔父上は評判どおりの人格者で、無難に国を治めてくれるニャ。でもアルメリアが王になると、少し国が乱れる代わりに大きく発展するみたいニャ」
「国が乱れるとは、やはり女のわたくしが王になることで、なんらかの反発があるということかしら? だったら、やはり叔父様に任せたほうが……」
アルメリアは自信なさげだけど
「サーティカ、詳しいことは分からないニャ。でも多分これ今苦労するか、後で苦労するかの違いニャ。つまり叔父上が王になると、良くも悪くも何も変わらニャイ。でもアルメリアが王になると、これまで女の王が居なかったなら、それは革命ニャ。いい意味でも悪い意味でも、この国が大きく変わるニャ。そういう違いニャ」
私にはサーティカの言うことが分かる気がした。そこで私はアルメリアに、自分が生まれた世界のことを話した。
理想として男女平等を掲げているけど、未だに重要な地位には男性が多くついていること。しかしやはり理想としては、生まれや性別や人種によって差別されることなく、才能ある人が相応しい地位につく。それが社会の発展に繋がると、私の世界では考えられていたと伝えた。
私の言葉に、リュシオンは「確かに」と頷いて
「もともと先王の時にも人柄と能力だけで言えば、弟君のほうが優れていると言われていた。アルメリア様も男であれば、王の器だと惜しまれていた。本人の資質より生まれや性別を重んじる風潮に、アルメリア様の代で風穴を開けるか。後の時代に託すか。そういう違いかもしれません」
「だとしたら、それは後の時代に『託す』のではなく『問題を先送りにする』の間違いですわね」
アルメリアは思案気に呟くと
「……実は心の隅で知っていましたの。我が国にそういう問題があることは。でも誰も指摘しないのをいいことに、わたくしも見ないふりをしていました。無力なふりをして誰かの陰に隠れているほうが、ずっと楽でしたから」
少し自嘲気味に微笑むと、キッと眼差しを強くして
「ですが大事な問題を人任せにした結果が、今回の重大事を招いたのですわ。わたくしは、もう「父が兄が」と人のせいにはいたしません。後で知らなかったと嘆くくらいなら、今後はわたくしがこの国の指揮を取りますわ。エーデルワール初の女王として、責任を持って」
誇り高く宣言するアルメリアに、サーティカは緩い態度で
「何も1人で全てを背負わなくていいニャ。あなたは苦労も多いけど、味方にも恵まれると占いに出ているニャ。あなたの叔父上もその1人。あなたが女王になっても、よき相談者として支えてくれるはずニャ」
「ありがとう。叔父ともよく話してみます」
「私も。もしもの時は力になるから」
強く申し出ると、アルメリアは張り詰めていた表情を緩めて
「確かに、わたくしには心強い味方がたくさん居るみたい。1人じゃないから大丈夫ですわね」
以前のように明るく笑うと
「でも今は、わたくしが先にミコトさんの力になりますわ。リュシオンを護衛につけるのはもちろんですが、よろしければ旅立ちの準備も手伝わせてください」
「そんな。準備とかは自分でするから大丈夫だよ」
咄嗟に遠慮するも、アルメリアは「いいえ」と少し怒ったように
「旅立ちの準備くらい手伝わせてもらわなければ、かえって寂しいですわ。本当はリュシオンじゃなくてわたくしのほうが、あなたの不思議な旅について行きたいくらいですのよ」
ぷくっと膨れて見せながら
「でも、わたくしはリュシオンと違って、自分の立場をよく弁えているいい女王なので、ちゃんと自国を護るのですわ。褒めてくださっても、よろしくてよ」
ふふんと冗談っぽく笑う彼女を
「アルメリア、すごく立派だね。きっといい女王様になるよ」
ニコニコと褒めると、リュシオンに呆れ顔で「癖になるからやめてくれ」と注意された。




