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薄幸のクリスティア

 私は強欲の指輪で、新たに不用品の買い取りをはじめた。


 今はフィーロによる占いと不用品の買い取りの2本柱で生計を立てている。


「日々の生活にも少しは余裕ができて良かったな。金が無いとその土地の美味いものを知っていても、我が君に食べさせてやれないからね」


 今もちょうどフィーロが勧めてくれたジェラートを食べているところだ。


 この世界は中世のような雰囲気だけど、私と同じ現代からの転移者や転生者の影響か、妙に発展している部分もある。


 確か本当の中世の食事は、もっと味気ないものだったはず。


 異世界だからか、転移者さんや転生者さんのおかげか、食事が美味しくてありがたいな。


「このジェラートも甘くて冷たくて本当に美味しい。フィーロにも食べさせてあげたいな」

「そうだな。この千年で食文化もずいぶん発展した。こういう味らしい。美味いらしいとは知っていても、自分の舌で味わったことはない。いつか知識としてしか知らないそれらを自分の体で味わってみたいな」


 フィーロの返事を聞いて改めて、早く彼を元の姿に戻してあげたくなった。


 ジェラートを食べた後。私は不用品の買い取りを再開しようとした。


 けれど、野菜や果物を売る店の前を通りかかった時。


「お願いです。当家への配達を再開してください。ばあやは齢だし私は子どもだから、自分でたくさんの食料を買いに来るのは無理なんです」


 12歳くらいの女の子が困り顔で、店主さんに配達を頼んでいた。


 顔立ちは綺麗だけど、髪や体は薄汚れて、粗末な服を着ている。


 「当家へ」という丁寧な言葉遣いからして、どこかのお屋敷の小間使いさんかな?


 けれど女の子の訴えに、店主さんは気まずそうに目を逸らしながら


「すみませんが、クリスティア様の屋敷には近づくなと、女房から止められているんです。うちには小さな子どもが居るのに、病気なんかもらって来るなって」


 店主さんの返事に、女の子は「そんな」とショックに声を詰まらせて


「周りが勝手に言っているだけで、伝染病だと決まったわけじゃ……」

「じゃあ、なんでご両親に続いてクリスティア様の屋敷の使用人だけが、次々と倒れて行くんです?」

「それは……」


 女の子は、店主さんの厳しい指摘に言葉を無くした。


 そんな彼女に、店主さんは言いにくそうにしながらも


「正直うちの店にも、もう来ないで欲しい。うちだけじゃなく、この街の連中は皆そう思っていますよ」


 店主さんの言葉に、女の子はハッと辺りを見回した。


 その視線を避けるように、心配そうに様子を窺っていた街の人たちが一斉に目を逸らす。


 店主さんの言うとおり、関わりたくないみたいだ。


 街の人たちの冷たい反応に、女の子は目に涙を溜めて唇を震わせながらも


「だとしても今日だけ。今日はもう会ってしまったんですから、今日の分の食材だけでも」


 流石に可哀想だと思ったのか、店主さんが「じゃあ」と言いかけたけど


「この馬鹿。今日だけでいいなんてあるわけないだろ。泣き落としが通じると思ったら、明日も同じ手で来るよ」


 店の奥に居た奥さんが出て来て


「ご両親はお気の毒ですが、みんな自分の家族がいちばん大事なんですよ。だからもう街には来ないでください。もしこの街の誰かに同じ症状が出たら、その感染源はクリスティア様ですからね」


 キッパリ断られた女の子は、今度こそ店を離れた。


 話を聞いた感じ、あの身なりの良くない女の子がお屋敷に住む『クリスティア様』みたいだ。


 街の大人たちが敬語に様付けするほどの身分なのに、なぜ使用人のような恰好をしているんだろう?


 気になるのは、それだけじゃなくて


「あの子の家の人たちは、本当にうつる病気なの?」


 フィーロにコッソリ尋ねると


「いや、それはあの子が言っているように、周りが勝手に誤解しているだけだ」

「もしかしてフィーロには、その原因が分かるの? フィーロの知恵で、あの子を助けられないかな?」


 重ねて質問する私に、フィーロはニッコリと


「流石、我が君は善の人だ。実はあの子の家を襲っている不可思議な現象は、俺たちと大いに関係がある」

「どういうこと?」


 首を傾げる私に、鏡の賢者は続けて


「君はすぐにでもあの子を追いたいところだろうが、屋敷の場所なら後で俺が教える。だからここは素知らぬ顔で、あの子が買えなかった食材を買って行ってやろう」

「あっ、そうだね。食材が無くて困っているみたいだったし、必要なものを買って行ってあげよう」


 全知の力を持つフィーロにかかれば、クリスティアちゃんが欲しかったものも完璧に分かる。


 私は普通のお客さんを装って、取りあえず自分が持てる分だけ買うと、彼女の屋敷に向かった。


 クリスティアちゃんの屋敷に到着すると、彼女はなぜか門前で立ち止まっていた。


「私よりずっと早く戻ったはずなのに、どうして中に入らないんだろう?」


 私の疑問に、フィーロは閉じたままのコンパクトから


「食材を買えなかったから帰るのを躊躇っているのさ。あの子の家は今、父方の伯母上に牛耳られている。用を果たせないと酷く叱られるんだ」


 だからこそフィーロは、あの子の代わりに買い物するように勧めたんだ。


 私は門前で立ち往生するクリスティアちゃんに声をかけた。


 知らない人に声をかけられた彼女は、最初は不安そうにしていたけど


「えっ? 私の代わりに食料を買って来てくださったんですか?」


 と大きな目を驚きに見開いた。


 元は白金だったらしい髪は、今は灰を被ったようにくすんで見えるけど、空色の瞳は水晶のように美しい。


「でも話を聞いていらしたなら、当家の事情も御存知でしょうに、どうして?」


 クリスティアちゃんは、私が自分に近づいて来たことが信じられないようだ。


 彼女の問いに私は


「自分で言うのもなんだけど、私は凄腕の占い師なんだ。だから、あなたの家族がうつる病じゃないと分かるんだよ」


 どうしよう。変な言い訳だったかも。


 フィーロの指示じゃないので、変に思われたらどうしようと内心冷や冷やする。


 ところがクリスティアちゃんは泣きそうな顔で


「本当ですか? あなたは凄腕の占い師で、今うちに何が起きているか分かるんですか? もしかして、お父様とお母様を治す方法も?」


 わらにもすがりたい思いだったのだろう。


 信じるというよりは、私が差し出したわずかな光明にすがるようだった。


「ご両親は必ず良くなるから大丈夫だよ。だから私に、あなたを助ける手伝いをさせて?」


 彼女が少しでも安心できるように優しく申し出る。


 するとクリスティアちゃんは、緊張の糸が切れたようにワッと泣き出した。


 しばらくして泣き止んだクリスティアちゃんは


「本当は早くあなたの話を聞きたいんですが、先に伯母様たちの食事を用意しないと。これ以上遅れたら叱られてしまうので……」


 伝染病の噂のせいで彼女の屋敷の使用人は、古株のばあやさんを除いて全て居なくなった。


 だから本来ならこの家の令嬢であるクリスティアちゃんが、下女のように働かされているそうだ。


 また小さいのに可哀想と、私は彼女の境遇にいっそう胸が痛くなった。

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