これまでの話と種族間の対立について
なんとかサーティカを宥めた後。私はリュシオンの服をもらいに行った。
「わざわざ俺のために用意してもらったのに悪いが、なんか恥ずかしい格好だ……」
エーデルワールの成人男性は、夏でも人前で素足を出さないそうだ。リュシオンにとっても足を出すのは、子どもか貧民のようで恥ずかしいらしい。
けれどマラクティカは暑いので、ズボンは長くても7分丈。それでも上は異国風の刺繍が入ったゆったりしたTシャツのようなものを着ているので、マラクティカでは露出が少ないほうだ。
そんな彼にサーティカは
「そりゃおじいちゃんファッションだもん。恥ずかしいに決まっているニャ。お前若いんだから、こっちを着るニャ。そうしたら恰好いいニャ」
彼女が勧めたのは、ボタンの無いアロハシャツのような服だった。
確かにマラクティカの若い男性は、逞しい胸板や腹筋を惜しみなく晒しているけど
「いくら暑いからって女性の前で、前をはだけるなんてどうかしている」
リュシオンはサーティカから頑なに肌を守った。
「それでリュシオンは、どうして死の砂漠に居たの?」
「そうニャ。人間が1人で死の砂漠に入るなんて自殺行為ニャ。マラクティカに何しに来たニャ?」
サーティカの問いに、リュシオンは気まずそうに視線を落としながら
「……あなたが心配で追いかけて来たんだ。フィーロ殿には大丈夫だと言われたが、ここは人間にとって未開の地。ミコト殿がどんな目に遭わされているか分からないから」
私を心配して、わざわざ来てくれたんだ。
私は嬉しかったけど、マラクティカの民であるサーティカは気分を害したようで
「サーティカ、王から聞いたニャ。人間の国、お姉ちゃんを騙して王と戦わせたニャ。お姉ちゃん、もう少し治癒の泉に入るのが遅かったら死んでいたニャ。そんな目に遭わせたヤツが心配なんて、ちゃんちゃらおかしいニャ」
「リュシオンは悪くないよ。彼は何も知らなかったんだから」
勝手に神樹を切ろうとしたのは王様たちの判断で、アルメリアやリュシオンは何も知らなかった。
彼らも騙されていたのに、責めるのは可哀想だとサーティカを止めるも
「こちらが先に、マラクティカの民を脅かしたことは知らなかった。だが大鏡の指示で、あなたの鏡を盗むことは知っていた。知っていて黙認したんだ」
フィーロは他国の王よりも、主人である私の安全を優先する。だから私に協力させるには、フィーロを遠ざけなければいけない。そうしなければ、悪魔の指環を借りられず、王たちを護れない。そう大鏡に説得されたそうだ。
「だが自分の案じゃなくても、承諾した時点で同罪だ。俺は悪魔の指環欲しさに、卑怯な手段であなたを巻き込み、協力させた。そのせいであなたは、もう少しで死ぬところだった」
リュシオンは深く頭を下げると
「どれだけ詫びたところで許されるはずも無いが、本当にすまなかった」
「リュシオンの立場だったら、そう考えても仕方ないよ。けっきょく私は無事だったんだし、もう大丈夫だから。頭を上げて?」
「お姉ちゃん、甘すぎるニャ! もっと怒るニャ! 絶縁するニャ!」
「この猫の言うとおりだ。あなたはもっと怒るべきだ。俺のような不義理な男は、ボコボコに痛めつけた後に、絶縁してくれていい……」
そう言いつつ、リュシオンは暗い顔だ。怒るべきだと言うけど、本当に怒られたい人なんて居ない。
私だってアルメリアやリュシオンに、何度も我がままを許してもらったから
「リュシオンと縁が切れたら、私のほうが悲しいよ。だから、もう自分を責めないで? リュシオンとアルメリアが良ければ、これからも友だちで居て?」
彼の手を取りながら優しく言うと、リュシオンは涙目で私を見て
「あれだけ酷い目に遭ったのに、俺やアルメリア様を許してくれるなんて、あなたはどれだけ寛大なんだ? 実は人間ではなく天使か聖者なのだろうか?」
リュシオンは割と大げさな人だけど、彼の中で私の評価が本格的に人間の域を超え始めた。
「サーティカ、分かったニャ! コイツ仲間にするの、ダメニャ! 王の邪魔になるニャ!」
とつぜん叫んだサーティカに、私は首を傾げながら
「王の邪魔になるって?」
「と言うか仲間って、なんの話だ? あなたはこの黒猫と何をしているんだ? それにフィーロ殿は?」
「あの鏡なら俺が割った」
低い声とともに、長い腕がすっと肩に巻き付く。
驚いて振り返ると
「あっ、王! いいところに来たニャ! その調子でお姉ちゃんは王のものだって、もっと主張するニャ!」
「あなたが獣王のもの? いったいどういう意味なんだ?」
困惑するリュシオンに、私もハテナを飛ばす。
私はいつ獣王さんのものになったんだろう?
「別にコイツは俺のものじゃない。ただここに居た時は、毎夜のように同じベッドで寝ていた」
獣王さんは少しあくどい笑みで「そうだな? 旅人」と同意を求めた。
「えっ!? あ、あなたは本当に、この男とベッドを共にしたのか?」
私はリュシオンの反応に首を傾げながら
「ベッドを共にしたと言うか、ここに居る間はずっと獣王さんの上で寝かせてもらっていたよ?」
その答えにリュシオンはピシッと固まった後、なぜか深く項垂れた。
「リュ、リュシオン? どうしたの? 大丈夫?」
「……ああ、大丈夫だ。おめでとう。あなたはマラクティカの王妃になるのだな……」
彼は小刻みに震えながら、虚ろな微笑で祝福した。
「えっ? なんで私がマラクティカの王妃になるの?」
「だってあなたと彼はそういう関係なんだろう……まさか結婚の意思もなく、あなたはミコト殿に手を出したのか?」
リュシオンは怖い顔で獣王さんを睨んだ。
「早とちりで睨むな、人間。俺とコイツはただ一緒に寝ていただけだ。他には何もしていない」
「えっ!? でも今、彼女はあなたの上で寝ていたと……」
困惑するリュシオンに、サーティカはニヤニヤと口元を押さえながら
「真面目な顔して、いやらしい男ニャ~。お姉ちゃんは獅子の姿に変身した王のフカフカの毛並みをベッドに寝ていただけニャ。いったいどんな想像をしたのかニャ~?」
獣人さんたちにからかわれたリュシオンは、真っ赤になって頭を抱えた。
「リュ、リュシオン。大丈夫?」
「俺は大丈夫だが……あなたは色々と気を付けなければダメだ……」
彼はなんとか気持ちを立て直すと
「とにかく獣王とあなたの間には、何も無かったと思っていいのか?」
リュシオンの確認に、私は苦笑いで
「酷いことは何もされてないけど、ここを出る時に少し揉めて、フィーロを壊されちゃった」
「全知の鏡はあなたにとって命綱に等しいものだろう!? それを壊されるのは酷いことじゃないのか!?」
リュシオンのツッコミは尤もだけど
「王はお姉ちゃんを心配して、怪しい鏡を遠ざけただけニャ。自国の利益のために、お姉ちゃんを騙して巻き込んだお前たちと一緒にして欲しくないニャ」
何度でも古傷をえぐるサーティカに、リュシオンはグッと唸った。
「あの、でも、どっちも済んだことだし。私は気にしてないから、落ち込まないで欲しい」
「お前はもう少し気にしろ」
獣王さんにもツッコまれた後。
私は改めてリュシオンに事情を説明した。
「そうか。それでこれからはフィーロ殿抜きで、悪魔の指環を探すのか」
リュシオンの確認に、私はコクンと頷いた。
「だが、その黒猫がフィーロ殿の代わりに案内するとして、女性と子どもだけで旅をするなんて危険では?」
「うん……だから今は護衛してくれる人を探しているんだけど、エーデルワールも今は大変な状況だし、誰か紹介してもらうとかは無理だよね?」
どうしたらいいかなと相談すると
「……その護衛、俺が務めるわけにはいかないだろうか?」
リュシオンの意外な申し出に私は驚いて
「でもリュシオンはエーデルワールの竜騎士なのに。自分の国が大変な時に、私について来ていいの?」
「正直よくはないんだが……護衛になる人間は自然とあなたの不思議な道具を目にすることになる。無欲なミコト殿にはピンと来ないだろうが、あなたの持つ魔法の道具は善良な人間すら狂わせかねない。他人に任せるのは危険だから、俺があなたを護衛したい」
リュシオンの懸念は尤もだけど、今エーデルワールは大きく揺らいでいるはずだ。
アルメリアだって、きっと彼に傍に居て欲しいだろう。そう思うと、容易くお願いはできない。
さらにサーティカも「シャー!」とリュシオンを威嚇して
「勝手に話を進めるニャ! お前は王の邪魔ニャ! お姉ちゃんに近づくニャ!」
「さっきも言っていたけど、リュシオンが獣王さんの邪魔って、どういうこと?」
確かにエーデルワールでは戦いになったけど、それはリュシオンも騙されていたからだ。
今は争う理由なんて無いはずだけど……と問うと
「だってコイツ、絶対お姉ちゃんが好きニャ! 一緒に連れて行ったら、調子に乗るに決まっているニャ!」
「なっ!? 何を言っているんだ、この猫! 確かに彼女に好意はあるが、そういう類いの感情じゃない!」
「真っ赤になって説得力ないニャ。さっき裸で、お姉ちゃんを抱きしめたのは誰ニャ?」
話を蒸し返すサーティカに、獣王さんはピクリと反応して
「……は? サーティカ。この男がコイツに何をしたって?」
「コイツ、さっき裸でお姉ちゃんに抱き着いたニャ。とてもいやらしい男ニャ。早めにしばいたほうがいいニャ~」
「裸だったのは、お前たちが脱がせたせいだ!」
リュシオンは咄嗟に反論したものの、自分の行いを振り返って
「……でもあなたを抱きしめたのは確かに俺がおかしい。もういい。好きに裁け……」
真っ赤な顔を両手で覆って羞恥に震えた。
無抵抗のリュシオンに代わって
「リュシオンは私が心配だっただけで、全然変な意味じゃないんだよ? いじめないであげて」
私の頼みにサーティカは
「まぁ、いいニャ。コイツ、どうやらヘタレニャ。一緒に連れて行ったところで、お姉ちゃんに何もできニャイ。安心するニャ、王」
「……別にもともと心配してない」
獣王さんはサーティカに言うと
「でも俺にしたような不要な接触はするな」
私の肩に手を置いて、頬に触れながら「いいな?」と言い聞かせた。
な、なんか今日はやけに距離が近いな。
大人の男性の色気に当てられてアワアワする私の代わりに、リュシオンは怖い顔で獣王さんの手を払うと
「あなたこそ彼女に不必要に触りすぎじゃないか? 人間の世界では、それは恋人の距離感だ。ただ数日、無邪気な彼女にヌイグルミのように抱き枕にされていただけの関係なら弁えて欲しい」
なぜだろう? リュシオンと獣王さんがバチバチと冷たい火花を散らしているように見えるのは。
やっぱり人間と獣人って相性が悪いのかなと、私は種族間の対立を心配した。




