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死の砂漠で行き倒れ

 ずっと旅のガイドをしてくれていたフィーロを失った私は、神官のサーティカと再出発することになった。


 サーティカは11歳で、私は19歳。そもそも私の旅に巻き込んでいるんだし、ここは格好よくリードしたいところだけど


「ゴメン。実は悪魔の指輪を探そうにも手掛かりが全く無くて。サーティカの占いで、どっちに行ったらいいとか分かる?」


 フィーロは私を混乱させないように、当面の問題に絞って情報をくれていた。だから私は残りの悪魔の指輪について、効果もありそうな場所も全く知らない。


 恥を忍んでサーティカに尋ねると


「お姉ちゃんの鏡ほどじゃないけど、サーティカは神官だから神の導きを感じる力が強いニャ。具体的にどこにあるとは言えないけど、サーティカが「こっち」って思う方向に進めば、きっとお姉ちゃんに必要なものが集まるニャ」


 余談だけど、一緒に旅をするにあたって、サーティカは私を『旅人さん』じゃなく『お姉ちゃん』と呼んでくれるようになった。私も彼女が妹のように可愛いので、お姉ちゃんと呼んでくれて嬉しい。


 そんなことを思いつつ話を戻して


「じゃあ、今はどっちに進みたい?」

「今は旅を進めるよりも、仲間を増やしたほうがいいニャ」

「仲間を増やすって?」


 首を傾げる私に、サーティカは続けて


「サーティカは『隠れ(みの)』で姿を隠してついて行くから、周りにはお姉ちゃん、1人に見えるニャ。今までは鏡がついていたから事前に危険が分かったみたいだけど、サーティカの占いや直感、そこまで精確じゃないニャ。悪者に狙われないように目に見える護衛が必要ニャ」


 サーティカの言うとおり、今まではフィーロの完璧な案内のおかげで武力は要らなかった。でもこれからは危機察知が弱まる分、いざという時の護衛が必要なんだ。


「獣人族の戦士を連れて行けたらいいけど、大抵の人間は獣人を怖がるから、かえってトラブルのもとニャ。同様の理由で王もダメだし、お姉ちゃんには護衛を頼めそうな強い知り合いが居ないニャ?」


 サーティカの質問に少し考える。


 強い知り合いと聞いて真っ先に思い浮かぶのはリュシオンだけど、彼はエーデルワールの竜騎士だ。


 それも今エーデルワールはたび重なる事件で大変なはず。国や主のアルメリアを置いて私について来てとは、とても言えない。


 他には大きな街に行って、護衛を雇う方法もある。ただ、もしフィーロが居れば


『金で雇った人間は、君の持つ神の宝に目をつけるかもしれない。かえって危険だ』


 一緒に旅をしながら、神の宝について隠し通すことは難しい。やっぱり、よく知らない人間を頼るのは危険だ。


 でもリュシオン以外に信用できる強い知り合いは居ない。堂々巡りだ。どうしようとグルグル考えていると


「本当に心当たり無いニャ? サーティカの占いでは、お姉ちゃん、『ナイト』と縁があるはずニャ」


 サーティカはタロットを1枚引きながら言った。彼女が引いたのは『カップのナイト』と呼ばれるカードらしい。


「そういう意味ではまさしく騎士(ナイト)の知り合いが居るけど、その人は自分の国を護らなきゃいけないから、私の旅には付き合えないと思うよ?」

「でもサーティカの占いでは、ソイツに頼るのがいちばんいいみたいニャ。聞くだけならタダだし、ダメかどうか、いちおう確かめてみるニャ」

「分かった。じゃあ、リュシオンに聞いてみるね」


 エーデルワールの最高位の騎士であるリュシオンが、アルメリアを置いて私の旅に同行してくれるとは思えない。


 でもリュシオンには騎士や兵士の知り合いが多いはずだ。信頼できる人を紹介してもらえる可能性もある。


「じゃあ、一足飛びのブーツでリュシオンのところに行こう」


 一足飛びのブーツは本来、行き先を告げて移動する道具だ。けれどエーデルワールでの戦闘から、会いたい人の名前を呼ぶことでも飛べるようになった。


 サーティカと手を繋いで、さっそくリュシオンのもとに行くと


「わっ!? 何!? 暑い!」


 エーデルワールの涼やかで乾いた空気を想像していた私は、マラクティカよりも激しい日差しと猛暑に驚いた。


 それもそのはず。私たちが移動したのは


「ここ死の砂漠ニャ。お姉ちゃんの知り合い、どうしてこんなところに居るニャ?」

「死の砂漠って?」


 物騒な名前に驚いて問うと


「死の砂漠はマラクティカと外界を隔てる自然の防壁ニャ。昼は灼熱、夜は極寒。その寒暖差だけでも、ひ弱な人間は耐えられないのに、さらに硬い外殻と猛毒を持つゴールデンスコーピオンやサンドワームが出るニャ。獣人の戦士でさえ、単独では突破できない恐ろしい砂漠ニャ」


 「まっ、王は無敵だから余裕だけどニャ」と彼女はドヤッと付け足した。


 サーティカによれば、マラクティカはこの広大な死の砂漠の真ん中にあるらしい。


 しかし砂漠のど真ん中にある割に、マラクティカは住みやすい気候だ。それは神樹が強すぎる熱気や日差しから、自分を護ろうとバリアのようなものを張っているからだという。


「要するに、ここはほぼマラクティカの領地ってことだよね? どうしてリュシオンに会おうとして、こんなところに出ちゃったんだろう?」


 焼けつくような強い日差しが注ぐ砂漠の中。吹き出す汗を拭いながら困惑していると


「ニャッ!? お姉ちゃん、あそこ! 誰か倒れているニャ!」

「えっ!?」


 サーティカが指した方向を見ると、砂色のローブを被った男性と、紫色の血を流して死んでいる巨大なミミズ状の魔獣が倒れていた。


「大丈夫ですか!?」


 急いで男性に駆け寄ると


「う……」

「良かった。息はあるみたい……ってリュシオン!?」


 ここで見るはずのない顔にギョッとする私をよそに


「コイツ、サンドワームを倒して力尽きたみたいニャ。1人でサンドワーム倒せるの、王と5人の精鋭たちだけ。相打ちじゃ意味ないけど、人間の割にはやるヤツニャ」


 サーティカはマイペースに分析すると


「それにしても、なんでお姉ちゃんの知り合いが砂漠に居るニャ? もしかしてマラクティカに向かっていたニャ?」

「分からないけど、とにかく涼しいところに運んで、水を飲ませてあげないと」

「じゃあ、一度マラクティカに戻るニャ。治癒の泉に突っ込んどきゃ治るニャー」


 私はサーティカと協力して、なんとかリュシオンを連れて、一足飛びのブーツでマラクティカに戻った。


 送り出してから20分も経たないうちに、また黄金宮に顔を出した私たちに


「確かに顔を見せに来いとは言ったが、ずいぶん早いお戻りだな」


 獣王さんは眉をひそめると、ふとリュシオンに気付いて


「その人間はどうした?」

「お姉ちゃんの知り合いニャ。死の砂漠で行き倒れていたニャ。治癒の泉に突っ込んでいいニャ?」


 サーティカの率直なお願いに、獣王さんは咎めるように私を見ると


「お前の出入りは認めているが、知り合いまで連れてきていいとは言ってないぞ」

「す、すみません。でも今にも死んじゃいそうな危険な状態で。どうしても死んで欲しくなくて。治癒の泉を使わせてください。リュ、リュシオンを死なせないで」


 こうしている間にも、リュシオンが死んでしまうかも。


 半泣きで懇願すると、獣王さんはため息を吐きながら


「ガルム。手を貸してやれ」


 ところが獣王さんに命じられた白くて大きな虎の獣頭・ガルムさんは


「王。ソイツ、ガルムたち、硬貨にした悪い人間。殺したほうがいい」


 ガルムさんの反応で、獣王さんとエーデルワールを攻めた獣人さんだと気づく。


 そしてリュシオンと戦い、強欲の指輪で硬貨に変えられた。


 今は元の姿に戻れたからって、確かにすぐには許せないかも。


 はらはらと見守る私の前で獣王さんは


「ソイツは人間の国の戦士としての務めを果たしただけだ。殺すとしても瀕死の者を襲うのは、獣人族の流儀に反する。やるならソイツが回復してから、正々堂々とやれ」

「分かった。じゃあ、今は助ける」


 筋骨隆々のガルムさんが、リュシオンをひょいと担ぎ上げる。運んでくれるのはありがたいけど


「あ、後で殺し合いになっちゃうのかな?」

「ガルムおじちゃん、そんな心狭くないニャ。お姉ちゃんの友だちがいいヤツなら、きっと同じ戦士として事情を汲むニャ。嫌なヤツなら八つ裂きかもしれニャいけど」

「や、八つ裂き……」


 私はリュシオンをいい人だと思うけど、獣人さん視点でどうかは分からない。


 もしもの時はガルムさんには悪いけど、リュシオンを連れて全力で逃げよう。


「でもサーティカ、コイツ、どの泉入れる? 戦士の泉、血の気の多い男ばかり。人間の戦士、入れたら殺気立つ」


 私は王の泉に入れてもらえたけど、流石にリュシオンはダメみたいだ。


 近くの泉だといいけど、と状況を見守っていると


「大丈夫ニャ~。コイツは神官の泉に入れるニャ~。女たちに声をかけて、手厚くもてなしてやるニャ~」


 サーティカは、よりにもよって人頭の女性たちに、リュシオンの世話をさせると言う。


「女たちにって……リュシオンは男の人なのに、ほぼ人間と同じ姿の女の人たちに服を脱がされて、泉に入れられるのは恥ずかしいんじゃないかな?」

「目覚めた瞬間、屈強な男の獣人たちに囲まれるよりはきっとマシニャ~。コイツなかなかの美男だし、1人でサンドワーム倒した猛者ニャ。マラクティカの女、強い男好きニャ。女たち喜ぶニャ~」


 もしかしてリュシオンの危機かもしれない。だとしても今は命のほうが大事だ。


 一刻も早く治癒の泉に入れたほうがいいと、私はあえて止めなかった。


 サーティカにリュシオンを引き渡された人頭の美女たちは


「王ほどじゃないけど、いい男ニャ~」

「1人でサンドワーム倒す。すごい。たっぷり楽し……介抱する!」

「こっち大丈夫! 旅人、向こうでサーティカと待つ!」


 やっぱりリュシオンが危ないかもしれない。かと言って、私が彼を脱がせるのも悪い。


 私は心の中で「がんばれ!」とリュシオンを応援すると、サーティカと冷たいジュースを飲みに行った。

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