レオンガルドの過去
どうしても、この旅を続けさせて欲しいと、サーティカの手を取り強く訴える。
サーティカは逃げるように視線をさ迷わせ、やがて俯くと
「でも王にだって、どうしても旅人さんを止めたい理由があるニャ。王は二度と大事な人を失いたくないニャ」
サーティカの言葉に、私は首を傾げながら
「二度とって? 獣王さんは誰か大切な人を亡くしたの?」
「4年前。王には家族が居たニャ。先王と王妃。それから当時17歳と16歳だった弟たち。でもみんな、死んじゃったニャ。それから王はずっと、あの黄金宮で独りぼっちニャ」
確かに2週間以上も獣王さんの宮殿にお世話になっているのに、一度もご家族に会ったことが無い。
昼間は身の回りの世話をする獣人さんたちが出入りするけど、マラクティカは平和で、獣王さんは最強の戦士だ。
人間の国の王様と違って護衛の必要も無いので、寝る頃には丸きり1人だった。
「どうして獣王さんたちのご家族は亡くなったの?」
1人か2人ならともかく全員なんて。病気か何かだろうか?
私の問いに、サーティカは獣王さんが家族を失った経緯を話した。それは彼が王になった理由でもあった。
マラクティカの民は、基本的に善良だ。どれだけ力が強くても弱者から無理に奪わない。人間と違って無闇に縄張りを広げることもしない。
この地で得られる恵みだけで生きていけるように、寿命より長く生きようとすることも、やたらに産み殖えることもしないと言う。
「でもマラクティカにも、たまに邪悪な獣人が生まれるニャ。彼らは利己的かつ欲張りで、必要以上に女を欲しがり、自分たちは強いんだから、人間たちを倒して世界を支配しようと言うニャ。そうすればマラクティカ以外の文化も吸収して、人間たちを奴隷にして、もっといい暮らしができると」
奴隷や支配という発想は、本来マラクティカには無いらしい。マラクティカにも階級はあるけど、それは下の者が上の者に感謝や敬意の印として与える特権だ。
例えば王だけが使える宮殿や、王の泉や金や赤も、権力によって民から奪うのではない。民が自分たちを護ってくれる王を特別に扱いたくて自ら捧げる。マラクティカの階級は、そういうものだという。
ところが、たまに現れる邪悪な獣人は人間のような考え方をした。彼らの選ぶ道は2つ。マラクティカを出て人間の世界に行くか。王を倒してマラクティカを支配しようとするか。
「王の代にも邪悪な獣人が生まれたニャ。ソイツはサーティカたちと違って白い肌に銀の髪。青い瞳の狼の獣人だったニャ」
通常の獣人は、人頭は知恵や技術に。獣頭は体力や五感に優れるそうだ。よって戦士としては獣頭のほうが強い。
それなのに、その邪悪な獣人は人頭にもかかわらず、獣頭を圧倒するほどの力を持っていたと言う。
「マラクティカの王は、もともと最強の獣人がなる掟ニャ。だから王位は現王と戦って奪い取るニャ。でもいい王なら民は敬意を払うから、殺すまではしないニャ」
獣王さんの父である先王は、強くて明るくて寛容で、民から慕われていた。だから民は先王の血を引く王子が、王座を継ぐように願っていた。
「でもその王位を邪悪な狼が奪ったニャ。マラクティカを邪悪な者に支配させまいと抵抗する先王から、殺して奪う形で」
その邪悪な狼が新たな王になることを、誰も認めなかった。しかしマラクティカの王は、あくまで最強の獣人がなるもの。
だから民は本来の後継者が、正当な形で王位を取り返すことを望んだ。つまり先王の息子たちの誰かが、戦って勝つことを。
「邪悪な狼を倒した者が、次の王になることになったニャ。でも今の王は、その役目を弟たちに譲ったニャ。それは狼が怖いからじゃなく、自分だけ先王の実の息子じゃなかったからニャ」
獣王さんは、先王の妹さんの子どもらしい。妹さんは不幸があって、自分で子どもを育てられなかった。だから先王さんは、自分の息子として獣王さんを引き取った。
でも獣王さんは、自分が先王さんの本当の子じゃないと知っていた。だから順番的には長男でも、自分は王座に相応しくないと、弟たちに復讐を任せた。
「それに王は人頭で、弟王子たちは獣頭だったニャ。獣頭、普通は人頭より強い。加えて獅子の獣人は狼の獣人より強いニャ。だから誰も思わなかったニャ。まさか狼の人頭獣人に、当時のマラクティカで最強と謡われていた弟王子たちまで殺されてしまうなんて」
邪悪な狼の強さは異常なものだった。偉大なる獣王と、その息子たちが勝てないなら、他の誰も敵わない。
マラクティカの王は最強の獣人がなるものだ。狼は強欲で邪悪な男だが、戦い自体に不正は無かった。純粋な力比べで王座を得たなら、この男が真の王なのかもしれない。それが定めなら従うしかない。
「でも民たちが諦めかけた時。とうとう王が動いたニャ」
自分は本当の子どもではないからと王になるつもりが無かった獣王さんは、弟たちのプライドを傷つけないように実力を隠していたらしい。
しかし本領を発揮しても、まだ邪悪な狼のほうが強かった。
「でも邪悪な狼が瀕死の王に、トドメを刺そうと近付いた時。王は邪悪な狼が先王から奪った王の証に触れたニャ。その時はじめて王は、あの強大な獣神の姿に変身したニャ。それで邪悪な狼を倒して、王位を取り戻したニャ」
フィーロが言っていた『獣神の手甲』が、マラクティカでは『王の証』と呼ばれているそうだ。
とにかく獣王さんが王位を取り戻してマラクティカに平和が戻った。
「でも王の家族は戻らなかったニャ。しかも残された王妃も、夫と息子たちを相次いで失った悲しみから立ち直れず、自ら命を絶ったニャ。それから王、あの宮殿にずっと独りニャ」
獣王さんは当時の判断を、ずっと悔いているらしい。
自分が先に戦っていれば、弟たちは死ななかった。弟たちが無事なら、母も死ななかったかもしれない。父はともかく他の家族が死んだのは自分のせいだと。
「だから王は旅人さんの意志を無視しても止めたかったニャ。旅人さんに憎まれても、旅人さんに死んで欲しく無いニャ。だから王の言うことを聞いて。護らせてあげて欲しいニャ……」




