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人のいい旅人の代わりに【視点混合】

 マラクティカで目覚めてから2週間。フィーロが予言したとおり、火傷の痕はすっかり消えた。


 「そろそろ悪魔の指環を探しに行こう」とフィーロに話すと


「まだ俺を元の体に戻す旅を続けるのか?」

「逆にそれ以外に何をするの?」


 例えば魔法の道具を使って、たくさんの人の悩みを解決するとか、もっと別の活動をするとしても、まずはフィーロを元の体に戻してからだ。


 だけどフィーロは


「この世界に来た時と違って、今の君にはエーデルワールやマラクティカにも大きな後ろ盾がある。再び危険な旅に身を投じなくても、君を愛する者たちと平和に暮らす道もある」


 彼の勧めに、私はかえって驚いて


「旅をやめるなんて考えたこともないよ。私は旅の目的を果たして、ちゃんとフィーロを助けたい」


 確かに、これまで何度も危険な目に遭ってきた。


 フィーロの言うとおり、例えばエーデルワールに定住させてもらったほうが、私は安全かもしれない。


 でもこれから何を選ぶとしても、やっぱりフィーロを助けてからだ。


 改めて自分の意思を伝えると


「……そうか。変なことを言ってすまない。君を危険な目に遭わせたせいで、どうも気が弱っていたようだ」


 フィーロは発言を撤回したものの


「ただもしかしたら今後、また君と俺が離れ離れになることもあるかもしれない。その時は俺のことは忘れて、自分の安全を優先して欲しい」

「それでフィーロは、どうするの?」

「俺は鏡である間は決して死なない。仮に壊されても神の宝物庫に戻り、新たな機会を待つだけだ。要するに急ぐ旅じゃないから、君が危険を冒してまで助ける必要は無い。次に離れることがあれば、君の旅はそこで終わりにしてくれ」


 フィーロは、なんでもないように笑って言った。その気遣いが、私はかえって寂しかった。


 でもフィーロが私を心配してくれていることも分かる。


 だから私は鏡を抱き締めて


「はじめはフィーロに頼まれたからだったけど、今は私がフィーロが自由になる姿を見たいんだ。だから旅をやめなくて済むように、もう何があっても絶対に離さない」


 強く誓うと、フィーロは少し掠れた声で


「……じゃあ、行けるところまでは共に行こう。でももしもの時は、必ず自分の安全を優先してくれ。もう俺は君を犠牲にしてまで、自由になりたくはないんだ」


 その返事が少し気がかりだったけど、とにかく私は悪魔の指環を探す旅に戻ることにした。


 そこで、そろそろマラクティカを出ると、獣王さんに挨拶に行くと


「お前はなぜ、こんな危険な指輪を集めている?」


 そう言えば獣王さんには、まだ旅の目的を話していなかった。


 私は獣王さんに、悪魔の指環を7つ揃えると、どんな願いでも叶うこと。それでフィーロを元の体に戻してあげたいと説明した。


 その場には獣王さんの他にサーティカも居た。


 私の説明に、彼女は不安そうな顔で


「その指輪なんか不吉ニャ。集めないほうがいいニャ。揃ったら絶対に悪いこと起きるニャ」

「サーティカは子どもだが、神官の中でいちばん霊感がある。サーティカが不吉だと言うなら、やはりそれは危険なものだ。指輪を集めるのはやめろ」


 サーティカでなくとも悪魔の指環は不吉な印象を与える。悪魔の指輪という名称自体、普通はリスクを感じるだろう。


 それでも私が不安じゃないのは


「フィーロは大丈夫だと言っていたから、きっと大丈夫です」


 しかし私の答えに、獣王さんは険しい表情で


「お前はなぜその鏡を盲目的に信じる? あの邪悪な大鏡のように、その鏡もお前を利用して何か企んでいるのかもしれない。現にあの大鏡だって、その鏡はお前に最悪の嘘を吐いていると言っていた」


 獣王さんの指摘に私は


「フィーロはあの大鏡とは違います。信じられる人です」

「だったら、ここを出る前にその鏡に問え。自分を欺いていないか? 裏切ってはいないかと」


 大鏡は私と獣王さんの前で、全知の鏡に真実を言わせる方法を話した。それを使えばフィーロは私を欺けなくなると。獣王さんはその命令によって、嘘や裏切りは無いか、ちゃんと確認すべきだと言う。


 けれど私は獣王さんの忠告に首を振って


「嘘や裏切りは無いか命令によって無理に話させたら、その時点で信頼は壊れます。私はフィーロと友だちで居たいから、どんな命令もしたくありません」

「友情だの信頼だの生温いことを言って、お前はあと何度騙されるつもりだ!?」


 エーデルワールの人たちに騙されて、利用されたことを言っているのだろう。でも、あの時は


「私を騙したのは関係の浅い人たちで、友だちに裏切られたことは一度もありません」


 アルメリアとリュシオンは、国の意向に逆らってまで、私を助けようとしてくれた。だから私は、やっぱり友だちを信じたい。


 私の返事に、獣王さんは硬い声で「分かった」と答えると


「だとしても、今日すぐに出て行くのはやめろ。サーティカたちに別れの準備をさせてやれ」

「王の言うとおりニャ。今日すぐに出て行くなんてダメニャ。サーティカたち、まだ旅人さんにお礼できてないニャ。ここを出るなら、その前に宴を開くニャ」


 サーティカがねだるように私の腕を引っ張るけど


「もう十分すぎるほどお世話になったから、お礼なんていいよ」


 遠慮するも、彼女はクワッと牙を剥いて


「ダメニャー! サーティカたちの踊り見るニャー! ご馳走食べて、美味しいお酒飲んでいくニャー!」


 強く言われると断れず、けっきょく送別会を開いてもらうことになった。


 宴には葬送の笛や自在のブラシを使ってあげた獣人さんたちが出席して、たくさんのご馳走や新鮮な果実を用意してくれた。


 さらに音楽や舞踊を司る神官階級の獣人さんたちが、見事な演奏や舞を披露してくれた。


「旅人。酒だ。飲め」


 獣王さんは私を隣に座らせて果実酒を勧めた。


 この世界で旅する間に、私は19歳になった。しかし日本では確か20歳までは飲酒できないはずだと反射的に断ったけど


「君の故郷では確かに飲酒は20歳かららしいが、ここは異世界だ。この世界では、ほとんどの国が18歳までには酒を解禁している。今の君はこの世界の人間なんだから飲んでも構わないだろう」


 フィーロに許可されても


「あの、でもお酒は飲んだことが無いので……」


 酔ったら、どんな醜態を晒すか分からないと躊躇ったけど


「マラクティカの酒は人間が作る毒のような酒とは違う。飲んでも健康を害さないし、吐き気や頭痛もしない。気持ちよく酔える」


 獣王さんに再度勧められる。


 黄金の(さかずき)に入った果実酒は、カクテルのような綺麗な色で、美味しそうな匂いがした。

「一口飲んで口に合わなければ、やめたらいいさ。ただ飲みすぎると理性を失うのは普通の酒と同じだから、君の場合は1杯でやめておくのがいいだろう」


 フィーロの言葉に、じゃあ1杯だけと果実酒を口にした。


 果実酒はすっきりとした甘さで、ジュースのように飲みやすかった。フィーロに1杯だけと言われてなかったら、もっと飲みたいほどだった。


 それでも確かにお酒なのか、私はとろとろいい気分になり、やがて眠たくなって来た。私は眠気に抗えず、宴の席で眠ってしまった。


【レオンガルド視点】


 俺は自分の隣で、無防備に眠る旅人を冷たく見下ろすと


「宴は終わりだ。お前たちは解散しろ」


 無抵抗の旅人を抱えて宴の席から去った。


 夜の黄金宮。俺は深い眠りについた旅人を、客間のベッドに寝かせると


「疑うことを知らないお前は、こうして酒に眠り薬が混ぜられていたことにも気づかない。身寄りの無い旅人が無防備に眠りこけたら、悪人はお前から全てを奪う。こんな風にな」


 俺はコイツがどこにも行けないように、効果が判明している『葬送の笛』と『自在のブラシ』以外の荷物を全て奪った。


 履いていた『一足飛びのブーツ』もポケットに入れていた『全知の鏡』も。


「全知の力があるなら、俺たちがコイツの酒に眠り薬を混ぜたことに気づいていたはずだ。なぜ止めるどころか飲むように勧めた?」


 俺の問いに、鏡の中の白い男は何も答えなかった。


「全知の鏡よ。我が問いに真実で答えよ。あの大鏡が言っていたコイツへの最悪の嘘とはなんだ?」


 その問いにも、全知の鏡は沈黙で答えた。


 口を開けば、真実を語るしかない。語れないような真実だから、口を閉ざしたのだろう。


「俺はコイツと違って甘くない。答えられないのは、やはり悪意があるからだ。消えろ、悪魔の鏡」


 宣言とともに全知の鏡を握り潰す。


 手の中で粉々になったコンパクトは、やがて一かけらも残らず消えた。

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