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自在のブラシとお姫様のベッド

 マラクティカで目覚めてから7日。


「我が君。獣人たちの役に立てて嬉しいのは分かるが、自在のブラシを酷使し過ぎだ。「獣の毛ばっかり梳かさせて」と腹を立てているぞ」


 フィーロの忠告にギクッとする。


 いちおう「クルミノちゃん以外の獣人さんたちにも使っていい?」と許可は取っていたのだけど、先日も獣王さんをただブラッシングしてしまうなど、確かに最近の私は乱用していた。


「ゴメンね。自在のブラシさんの優しさに甘えて、調子に乗って使いすぎていたよね」


 私は平謝りすると、今日は獣人さんたちの毛皮のケアをお休みして、自在のブラシを労わることにした。


 とは言え、前に自在のブラシさんにねだられてから、いい匂いの石鹸で綺麗に洗ってあげることは普段からしている。


「お詫びもかねて今回は、もうちょっと特別なお礼ができないかな? 何かして欲しいことがないか、自在のブラシさんに聞いてもらえる?」


 例によって、私に通訳を頼まれたフィーロは


「君は十分、自在のブラシを大切にしていると思うが。どうしても何かしたいなら、彼女にベッドを作ってやったらどうだ?」

「ベッド? 神の宝にはベッドがあったほうがいいの?」


 そう言えば前の世界でも、お財布を専用のベッドで寝かせると、金運がアップすると聞いたことがある。


 やっぱり道具にも心があって、ベッドでゆっくり休みたいとかあるのかな?


 だとしたら、これまでずいぶんフィーロたちを雑に扱ってしまったかもしれない。


 しかし気に病む私に


「いや、自在のブラシが特別ワガママなのさ。というより君が彼女を手厚く扱ったから、欲が出たと言うべきだな」


 フィーロは続けて


「前にも言ったが、そんなに機嫌を取らなくても、道具は主人に逆らわない。無理によくしてやらなくていい」


 彼はそう言うけど、厳密には「逆ら《《わ》》ない」ではなく「逆ら《《え》》ない」だ。


 なんの抵抗もなく使えてしまうからこそ、こうしてつい調子に乗って怒らせてしまうけど、その声まで無視したくない。


「ブラシさんにも他の神の宝さんたちにも、すごく助けてもらっているから、やっぱりちゃんと大事にしたい。口先だけで、あんまりできてないけど……」


 我が身を振り返ってゴニョゴニョする私を、フィーロは「物言わぬ道具に心を見出すだけで、君は十分に稀有な人さ」とフォローすると


「君がそのつもりなら、クルミノに頼むといい。彼女は裁縫が得意だから、素敵なベッドを作ってくれるだろう」

「えっ、人に頼むの? 私のお礼なんだし、道具と材料を貸してもらって、自分で作ろうと思っていたんだけど」


 けれど私の発言に、フィーロは「我が君」と子どもを(さと)すような優しい声で


「物より真心を重視する君の精神性は素晴らしいが、自在のブラシのリクエストはお姫様みたいなベッドだ。ろくに裁縫や工作をしたことのない君が、ブラシ用の小さなものとは言え、お姫様に相応しい寝床を作れるかな?」

「作れません……。思い上がりでした……」


 前の世界では病気だったけど、お裁縫や工作は多少したことがある。でもどちらも小学生レベルだ。


 おじいちゃんやおばあちゃんが相手なら、下手でも喜んでくれそうだけど、相手の温情を期待してのプレゼントは確かにやめたほうがいい。


「だったら、やはりクルミノに頼もう。君は優しいから人に負担をかけるのを嫌がるが、クルミノは君に特別な恩義を感じている。自分の特技で君に貢献できるなら、かえって喜ぶ」


 フィーロの助言どおり。クルミノちゃんは嫌がるどころか、ブラシ用の小さなベッドなら大して手間じゃないから、むしろやらせてと快く引き受けてくれた。


 彼女は本当に裁縫が上手なようで、ブラシ用のベッドは1日で完成した。


 それはベッドというよりクッションだったけど、上等な生地に美しい刺繍が施された、お姫様に相応しい一品だった。


 私はさらにシャノンさんに頼んで分けてもらったマラクティカの花をベッドに散らした。


「お姫様のベッドの完成だな。自在のブラシが喜ぶとともに、ますます自我が強くなる」


 フィーロは皮肉な反応だけど


「私は神の宝さんたちが主張してくれたほうが嬉しい。皆はフィーロみたいにしゃべらないけど、ちゃんと心があるんだなって感じられるから」


 私と彼らは直接対話できない。でもフィーロを通じて「彼らは君が好きみたいだ」と聞くと、人間に好かれるのと同じくらい嬉しくて、私もいっそう彼らが大切になる。


「じゃあ、さっそくそのお姫様のベッドに彼女を寝かせてあげるといい。君が手厚く扱ったから、きっと明日からは、もっといい働きをしてくれるだろう」


 例によって私には、自在のブラシの言葉は分からない。


 けれど花に彩られた美しいクッションに寝かされた自在のブラシは、心無し嬉しそうに見えた。


「もしかして他の神の宝さんたちにも、して欲しいことがあるのかな?」


 ふと気になってフィーロに尋ねると


「君は俺たちを十分大切にしてくれているさ。強いて言うなら、君が優しく声をかけて、撫でてくれることが嬉しいようだけどね」


 フィーロの言うとおり、私は神の宝を使うたびに、よく「ありがとう」と撫でたり抱き締めたりしていた。


 それが感謝として神の宝さんたちに伝わっているなら、これからも大切にしようと改めて思った。

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