モフモフ天国
「お前は何かしないと死ぬ病なのか?」
夜。また獣王さんの寝室に呼ばれた私に、部屋の主は不機嫌に言った。
「あの、でも1日5人だけなので……」
皮膚病でハゲができると聞いた私は、もしかしてクルミノちゃん以外にも同じ悩みを抱えた獣人さんが居るんじゃないかと気になった。
人間の世界では、あまり魔法の道具を使うと悪い人に目を付けられる。
けれどフィーロによれば、獣人さんたちは基本的に人間よりも善良だし、王を敬いつつも恐れている。
要するに獣王さんがしっかり統治しているので、殺人や強盗など、大きな犯罪は起こらないそうだ。
襲われる心配が無いなら、なるべくたくさんの人たちを助けてあげたい。
自分だけが神の宝に助けてもらうなんて悪いなと前から思っていたので、ここにいる間はなるべくたくさんの人に魔法をおすそ分けしたかった。
私が心配したとおり、クルミノちゃんと同様の悩みを抱えた獣人さんたちは多いようで、自在のブラシを使うことになった。
それでも昨日倒れたばかりだし、自在のブラシを酷使するのも可哀想なので『1日5人』までという条件で引き受けたのだけど
「完璧な毛皮を持っているヤツのほうが少ない。魔法のブラシ屋なんてはじめたら、一生客が途絶えないぞ」
獣王さんの言葉に、ちょっと困る。
「できるだけ全員の悩みを解決したいけど、ずっとここに居るわけにはいかないし……半端に期待させるのは、かえって残酷なのかな……」
小声で呟く私に、獣王さんはため息を吐きながら
「シャノンたちに言って、お前のところに来る客は、クルミノのように前から深刻に悩んでいたヤツに限らせる。興味本位の者を除けば、大した数にはならないだろう」
「あっ、ありがとうございます」
獣王さんは「別に」と感謝を流すと
「それよりもう寝るぞ。来い」
そう言って私を自分のベッドに招いた。
「きょ、今日も一緒に寝るんですか?」
彼は私の保護者のようなものなので「今日はどうしていた?」みたいな確認のために呼んだのかと思った。
「昨日はあんなにベタベタしたくせに、今さら何を戸惑う」
「あの、でも男の人の姿だと緊張するなって……」
フィーロは神様か天使みたいに綺麗だし、リュシオンもハッとするほどのイケメンだった。
でもフィーロは白のインナーに紫のフード付きローブ。リュシオンは竜騎士らしくカッチリとした騎士の制服。2人とも肌の露出はほとんど無かった。
その点、獣王さんは逞しい胸板や腹筋が見える格好だ。
肌の露出に色気を感じるのは男女平等みたいで、人型の獣王さんはどこを見たらいいか分からなくなってしまう。
恥ずかしがる私に、獣王さんは不可解そうに眉を寄せて
「お前は人間のくせに、人に似た姿より獣の姿のほうがいいのか? 普通の獣頭ならともかく、あれほど巨大な獅子の姿でも?」
「獣王さんは、そのままでもすごく格好いいですけど! ライオンの姿はもっと大きくてモフモフで格好よくて、とても好きです!」
思わず熱弁する私に、獣王さんは「変わり者」と呆れつつ、また巨大な獅子になってくれた。
私はさっきまでの憶病が嘘のように、目を輝かせて彼に近づくと
「あの、ライオンになってくれたって言うことは、また触らせてもらっていいんですか?」
「いちいち聞くな。鬱陶しい」
ダメとは言われなかったけど、いいとも言われてない。どちらかといえば拒否的な返事かもとオロオロしていると
「わっ」
大きな獣の手がすぐ傍に立つ私の後頭部に伸びて、そのままグイと引き寄せる。
仰向けの獣王さんの上に、うつぶせの状態で体が重なる。
彼の肩に顔を埋めると、立派なタテガミが自然と触れて
「獣王さん、温かい……。モフモフ気持ちいい……」
あまりに素敵な感触に、私は思わず彼のタテガミや顔の毛を撫でてしまった。
獣王さんは大人しく豊かなタテガミを触らせてくれたけど
「……耳はよせ」
耳を触ると、大きな手で手首を掴んで止められた。
「あっ、すみません。触られたくないところもありますよね」
私は素直に謝ると、他に触られたくないところはないか尋ねた。
「逆にお前は、後どこに触れたいんだ?」
気軽にねだっていいことではないと頭では知りつつ
「胸とお腹と背中と尻尾……」
私の貪欲さに、獣王さんは呆れながらも
「耳と尻尾以外は好きにしろ」
「やった! ありがとうございます!」
それから私は遠慮なく、獣王さんにギューッと抱き着いたり撫でたりさせてもらった。
彼の素晴らしい毛皮を堪能した後。私はふと思いついて
「あの、獣王さんにも自在のブラシをかけていいですか?」
「俺は別に毛並みに悩んでいない」
「はい! 本当にすごく素敵な毛並みですけど! だからこそ、たくさん撫でさせてもらったお礼がしたくて!」
この感動のお礼をしなければと強く訴える私に
「……好きにしろ」
獣王さんは大人しく身を任せてくれた。
サーティカもそうだったけど、猫科獣人の習性なのか、私の膝に自ら頭を乗せる。
私は自在のブラシを持つと、獣王さんのタテガミや毛皮を丁寧にブラッシングした。
自在のブラシの効果で獣王さんの素晴らしい毛並みはいっそう美しくなり、私を魅了した。
私は欲望を抑え切れず「あの、またギュッとしてもいいですか?」と獣王さんにねだった。
彼のフカフカの胸に顔を埋めるの、本当にすごく幸せなのだ。
獣王さんもそれはお見通しのようで、無言で私を引き寄せると、自分の胸に押し付けた。
私はうっとりするような毛皮の海で、贅沢な眠りについた。




