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気弱で可愛い兎の子

 翌朝。獣王さんの寝室から客間に戻ると


「昨夜はお楽しみだったな、我が君」


 半笑いで言うフィーロに、私は「うん」と笑顔で頷いて


「獣王さんに会って思い出したんだけど、虎やライオンみたいに大きくてカッコいい生き物と友だちになって、一緒に寝るのが子どもの頃から夢だったんだ。その夢が思いがけず叶って嬉しい」


 マイチューブで何度も見た猛獣を保護している人たちの動画。


 彼らは大変な労力と私財を投じて動物を保護している。だからこそ本来は気性の荒い動物たちも心を許す。


 私もあんな風に動物たちと戯れられたら。でも病気の体では、動物たちのお世話どころか、ただ見に行くことさえできなかった。


 人間と同等の知性とプライドを持つ獣王さんを動物扱いするのは失礼だ。


 そう思いつつ、本物のライオンよりも大きくて逞しくてフカフカの体にたくさん触らせてもらって、本当に感動した。


「君にそういう願望があることは知っていたから止めなかったが、向こうは君ほど無邪気じゃないから。まぁ、ほどほどにな……」


 フィーロと話していると、シャノンさんが食事を運んで来てくれた。


 シャノンさんは私に近づくと、なぜかくんくんとニオイを嗅いで


「あなた、すごく王のニオイする。それなのに雄のニオイしない。何もなかったのに、なんでそんなにニオイつく?」


 王のニオイがするのに、雄のニオイがしないって?


 獣王さんは男性なんだから、獣王さんのニオイは雄のニオイじゃないのかな?


 シャノンさんの言いたいことが分からず首を傾げながら


「ライオン姿の獣王さんとくっついて寝たから、ニオイが移ったんだと思います」


 私の返答に、シャノンさんは目を見開いて


「王、あなたの前で変身した? あれ、戦いの時だけなる姿。なんで王、変身した?」

「一緒に寝るならそのほうがいいって。私が頼んだので」

「私も人頭より獣頭の男好き。でもあの姿の王、強大すぎて恐ろしい。わざわざなって欲しい頼む。あなた変わっている」


 シャノンさんの中で、私はすっかり変わり者になってしまったようだ。


 シャノンさんに給仕してもらいながら、食事していると


「旅人さん、おはようニャ。昨日は無理させてゴメンニャ。具合はもう大丈夫ニャ?」


 サーティカが声をかけて来たので


「私はもうすっかり元気だから大丈夫だよ。それよりサーティカは食事抜きだって、大丈夫?」

「サーティカ、食事抜き大丈夫じゃないニャ! サーティカ、可哀想ニャ! ナデナデして慰めるニャ!」


 サーティカはワッと叫ぶと、正座した私の膝にずざっと飛び込んで来た。


 甘えん坊の大きな黒猫が可愛くて、私は笑顔で彼女をナデナデした。


 サーティカは気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らしていたけど


「サーティカ。クルミノ、困っている。彼女、紹介しに来たんじゃないの?」

「はっ! そうだったニャ!」


 シャノンさんの指摘で、私もはじめて兎の頭を持つ少女に気付く。


 クルミノちゃんという兎の獣人は控えめな微笑みで、サーティカの紹介を待っていた。


「彼女はクルミノ。お裁縫が得意な職人階級の子ニャ。クルミノは獣人族には珍しく恥ずかしがり屋で、話すのが得意じゃないニャ。でも旅人さんに王を助けてくれたことや笛のお礼がしたいって、何か作って欲しいものがないか聞きに来たニャ」

「クルミノ、布製のものならなんでも作れる。あなた、服とか手提げとか、欲しいものある?」


 手提げと聞いて、道具を入れていた肩掛けカバンが、燃えてしまったことを思い出した。


 それを彼女たちに話すと


「じゃあ、クルミノに頼んだらいいニャ。クルミノは刺繍も得意だから、きっと素敵な肩掛けカバンができるニャ」


 クルミノちゃんはサーティカの言葉に、笑顔でコクコクと頷いた。


 無口だけど、その表情と仕草だけで、素直で優しい子なんだろうと分かる。


 ところで私には少し気になることがあった。それはクルミノちゃんの服装。


 昨日あれだけ年寄りだと言われた私の服装と同じ。胸元とお腹が完全に隠れるワンピースを彼女は着ている。


 ただスカートは獣人族らしく、太ももが見える長さだった。


 足だけでも出していれば、おばあちゃんファッションの汚名を免れるのかな?


 お年寄り扱いされたのが何気にショックだったので質問してみると


「クルミノの着こなしは、おばあちゃんと言うより子どもファッションニャ。お腹を出す着こなし、男を誘うためのもの。だから15歳以下の子ども、お腹を出さないニャ。その代わり子どもは活発だから、走りやすいように足を出すニャ」


 サーティカは11歳でまだ子どもだけど、クルミノちゃんは16歳だそうだ。


 本来なら異性を意識したファッションをしたいところだけど


「クルミノ、年寄りか子どもか苦渋の選択で子どもファッション選んだ。彼女もう大人なのに、本当に苦渋の選択」


 シャノンさんの言葉に、クルミノちゃんもしょんぼり俯いた。


「苦渋の選択って……どうして若い女性の格好ができないの?」

「クルミノ、子どもの頃、皮膚病かかった。命助かったけど、胸とお腹と腰。丸いハゲできた」


 シャノンさんの言葉に、クルミノちゃんは小さくなりながらコクンと頷いた。


「サーティカたちの毛皮、人頭の髪と同じニャ。ハゲたらすごく恥ずかしくて見せられないニャ。だからクルミノ、年頃なのに女の恰好できないニャ。仕方ないけど、可哀想ニャ」


 サーティカに続いて、シャノンさんも


「それより結婚できないほうが問題。クルミノ好きな男居て、彼もクルミノ好いている。彼、クルミノのハゲ気にしないと言っている。でもクルミノ、彼に肌見せられない。だから好きなのに結婚できない」


 私たちの前で、クルミノちゃんはドンドン小さくなっていった。


 毛皮にできたハゲのせいで好きな服も着られず、好きな人と結ばれることもできないなんて可哀想だ。


 私はふと、あることを思いついて


「ねぇ、フィーロ。もしかして自在のブラシなら、クルミノちゃんのハゲを治してあげられるんじゃないかな? でも前に動物の毛を梳くのは嫌だと言っていたから、フィーロが聞いてくれない?」


 ぬか喜びさせたくないので、彼女たちには少し待ってもらい、フィーロにコッソリ相談すると


「わざわざ許可を取らなくても、自分の道具をどう使おうが持ち主の勝手なのに。君はつくづくお人よしだな」

「だって道具はいくら嫌でも抵抗できないから。いくらでも無理強いできちゃうからこそ、気持ちを無視したくないよ」


 フィーロを通じて自在のブラシにお願いすると


「君が気にしていたとおり、本当は動物の毛を梳くのは嫌だが、彼女の心は人間の女性と同じだし、お伺いを立ててくれた君に免じて、特別に許可してくれるそうだ」

「良かった! ありがとう、自在のブラシさん!」


 自在のブラシの許可を得た私は、さっそくクルミノちゃんのハゲを治せるかもしれないと話した。


「えっ!? 旅人さん、そんなことができるニャ!?」

「もしかして昨日、あなた髪、伸ばしたみたいに? クルミノの毛伸ばせる?」


 サーティカとシャノンさんに笑顔で頷くと


「クルミノ、やってもらうニャ! 旅人さん、魔法のブラシ持っているニャ! クルミノのハゲ、きっと治るニャ!」


 クルミノちゃんは戸惑いつつも、2人の勧めに従って、私に肌を見せてくれた。


 クルミノちゃんの胸と腹部と腰には、確かに500円玉ほどの大きさのハゲが1つずつ残っていた。


 私からすれば、クルミノちゃんの体は十分綺麗だ。でも獣頭さんたちの毛は人間の髪と同じらしい。


 こんなにところどころハゲていたら、やはりとても恥ずかしいのだろう。


 私はクルミノちゃんのハゲた部分に、自在のブラシを優しく当てると


「クルミノちゃんの毛よ、健やかに蘇れ。元からそうだったように、他の毛と調和して美しい毛並みになれ」


 何度も梳くうちに、地肌が見えていたクルミノちゃんの毛皮が


「すごいニャ! ふわふわの毛が生えて来たニャ!」

「しかも毛の色、全く同じ。病や怪我の後に生える毛、よく違う色なるのに」

「これなら痕が分からないニャ! 綺麗になって良かったニャ! クルミノ!」


 クルミノちゃんは泣き笑いの表情でコクコクと頷くと、私の手を取って何度も頭を下げた。


 治って良かったと私も喜んだ。

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