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人間の国で拾った変な旅人【視点混合】

【レオンガルド視点】


 民を殺された報復で行った人間の国で、変な旅人と出会った。


 男だか女だか分からない格好をした、まだほんの子どもにしか見えないソイツは、炎をまとう恐ろしい獅子の姿で威嚇しても逃げず、身を挺してくだらない人間たちを護った。


 悪魔の指環のせいだろうが、負けたなら仕方ない。この旅人には俺を殺す権利がある。


 けれど、この変な人間はトドメを刺すどころか、殺せと喚く人間どもから俺を庇った。


 自分のほうが今にも死にそうなほど重度の火傷を負っていたのに。


 人間は邪悪で卑怯で欲深だから嫌いだ。でも、この人間には借りができてしまった。


 だからマラクティカに連れ帰り、回復のために王の泉を使わせた。


 治癒の泉なら他にもある。溺れないように介助する役なら、シャノンたちのほうが適任だった。


 しかし俺が負わせた火傷だと思うと、他の者に任せる気になれず、けっきょく自分で介抱した。


 意識を取り戻した旅人は、あの時の無謀と紙一重の勇気はなんだったんだと思うほど、見るからにビクついて俺を怖がった。


 まぁ、この様子じゃ大したことはできまい。火傷が癒えたら追い出せばいい。


 すっかりこの変な旅人の世話を終えたつもりが


「王。サーティカが旅人を連れ回して笛を吹かせている。今日目覚めたばかりなのに、休ませなくていいのか?」

「は?」


 部下の報告で様子を見に行くと、夕焼けに染まる民家を背景に、もの悲しい笛の音が聞こえた。


 その笛の音は言葉よりも確かに、旅人の深い哀悼の意を俺たちに伝えた。


 が、次の瞬間。


「旅人さん!?」


 笛を吹き終えると同時に、旅人はまた俺の目の前で倒れた。


 この人間のことは、まだほとんど知らない。


 ただこのどちらかと言えば気弱な女は、ひとたび誰かのためと思うと、我が身を顧みない狂戦士になるらしい。


 そして恐らくこの旅人目線、マラクティカには助けや慰めを必要とする憐れな者たちがたくさん居る。


 俺は仕方なく、旅人がすっかり治るまで監視することにした。


 ガキっぽい女だと思ったとおり、旅人は男を知らないようで、俺と寝ることを無駄に恥ずかしがっていた。


 だからと言って


「獅子の姿になって欲しい?」


 旅人の要求は、あまりに不可解だった。


 あの巨大な獅子の姿は同じ獣人でも怖がる。ましてこの人間は、俺に5回も焼き殺されている。


 魔法の道具で助かっただけで、死に等しい恐怖と苦痛を感じたはずなのに。


 俺が怖くないのかと問うと、旅人は子どものようにオドオドしながらも


「自分が悪いことをして獣王さんに怒られるのは怖いけど、本当は優しい人だと分かったから。殺されるかもみたいな意味では、もう怖くないです」


 あの姿はあまりに容易く命を奪う。そんな強大な力を前に、全く恐れないなんて不可能だ。


 出会ったばかりでろくに俺を知らない人間が、優しいなんて曖昧な印象を頼りに、そんな全幅の信頼を本当に置けるのか?


 この人間の真意が知りたくなった俺は


獣神変化(じゅうしんへんげ)


 呟きとともに、常に左手に付けている黄金の手甲が光る。巨大な獣が乗った重みでベッドがずしりと軋む。


 実際に巨大な獅子を間近にしたら、旅人は恐怖で悲鳴をあげるか、硬直するだろうと思った。


 ところが薄暗闇の中。2M半はある巨大な獅子獣人を前にした旅人はパーッと目を輝かせて


「こんな大きなライオンに変身できるなんて、すごい! 変身ヒーローみたい!」

「変身ヒーロー? お前の世界の英雄は変身するのか?」


 旅人は俺に『変身ヒーロー』の概念を教えた。俺のように道具を使って変身し、人々を護るため悪と戦うのだと。


 ただそれは聞いたところ、人気のある芝居の演目の1つで、要するに人間の国の茶番だった。


 一緒にするなと不機嫌になる俺をよそに、旅人は巨大な獅子に興味津々で


「あの、手に触ってみてもいいですか?」

「……好きにしろ」


 断るのも面倒なので投げやりに許可する。


 人間は小さな手で、獅子の手を取った。


 今の俺の手は人間と獣の中間で、ものが握れる程度には指が長い。


 全体を毛皮に覆われており、指先と手の平に肉球があった。


 今は仕舞っているが、鉄をも引き裂く鋭い爪を隠した恐ろしい獣の手。


 ところが旅人はニコニコと毛並みを撫でたり肉球を触りながら


「手大きい。肉球可愛い」


 目の前のコイツは幼い容姿だが、もう19だと言う。この国なら、とっくに男を知っている年齢。


 それなのに子どものように無防備な態度に


「……お前その調子で他の獣人にも触れて無いだろうな?」


 基本的に獣人は、人頭は人頭を、獣頭は獣頭を好む。


 しかし人頭と獣頭の夫婦も少なくは無い。


 そして人頭獣人と人間は、耳と尻尾以外ほとんど身体的な差が無い。だから人頭を好む獣人は、人間も恋愛対象になり得る。


 この調子じゃ男に無駄に気を持たせるぞと、軽く頭痛がした。


 俺の問いに、旅人は首を振りながら


「獣王さん以外には、まだ頼んでないです。よく知らない人に体を触らせて欲しいとは流石に言えないので」

「よく知った男でも、こんなこと頼むな」


 常識的なようで、非常識な回答にツッコむも


「触っちゃダメでしたか?」


 すまなそうな顔とは裏腹に、小さな両手は俺の手を取ったままだ。本当はもっと触りたいのだろう。


「……別に俺にするなとは言ってない」


 許可の意として、自分から人間の手を握った。


 その瞬間、旅人はまたパッと笑顔になると、俺の手に頬を寄せて唐突に眠った。


「……人の手を枕にして寝るとかガキか」


 人間の国で拾った旅人は、見た目は若い女で、服装は年寄りで、中身は子ども。今まで見たことのないチグハグな生き物。


 けれど安心し切った子どものように眠る姿を見ると、他の人間に感じるような嫌悪や警戒心は湧かない。


 むしろこの小さくて頼りない生き物を護らなければという気になる。


 今は亡き弟たちや、自国の子どもたちに感じるのと似た庇護欲。


 穏やかな感覚に目を細めると、旅人の小さな頭を撫でて目を閉じた。


【ミコト視点】


 翌朝。まだ夜が明け切る前。誰かの温かい腕に抱かれる心地よさとともに目が覚めた。


 眠い目を開けると、目の前には褐色の逞しい胸板。


 睡眠で意識が途切れたせいか変身が解けた獣王さんの腕に、私は抱かれて眠っていた。


 ギョッとして離れようとするも


「……まだ早い。もう少し寝ていろ」


 獣王さんは低く掠れた声で言うと、長い腕で私を捕らえてベッドに引き戻した。


「あの、でも人頭の姿だと、やっぱり落ち着かないので」


 逃げたがる私に獣王さんは


「……これでいいだろ」


 昨夜と同じ大きなライオンの姿になってくれた。


 強くて大きくて格好いいモフモフ。


 私はさっきまでの人見知りが嘘のように、自ら獣王さんの豊かで見事な毛並みに飛び込んだ。


 フカフカで温かくて気持ちいい……。身も心も蕩けてしまう……。


 とても素敵な触り心地にとろ~んとしてしまう私の背を、獣王さんはさらに大きな獅子の手で、寝かしつけるようにポンポンと叩いてくれた。


 獣王さん、まだ若いのに、お父さんみがある……。


 ちょっと失礼な感想を最後に、私は再び眠りについた。

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