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病み上がりデスマーチ

 王の泉で別れてから、獣王さんは中庭の木陰で昼寝をしていたようだ。


 マラクティカの日中の気温は平均32度前後。


 夏服がちょうどいい気候だけど、日本の夏のように蒸し暑くは無いし、緑豊かな中庭には噴水や水路があって涼しげだった。


「王~。旅人さん、可愛くなったニャ~。見るニャ~」


 サーティカの呼びかけに、ちょっと驚く。


 相手は王様なのに、そんな近所のお兄さんに話すみたいな感じでいいのかな?


 私は獣王さんが少し怖いので、大丈夫かなと心配だった。


 気難しい雰囲気のとおり、声をかけられた獣王さんは鬱陶しそうな顔をした。


 それでも怒ることはせず、ただジロッとこちらを見ると


「なんだ、その人間? どこから……」


 一瞬、私が誰か分からなかったようだけど


「もしかして、あの旅人か?」

「は、はい。あの旅人です」


 緊張のあまりオウム返しになる。


 獣王さんが最後に見た私は、短髪どころか葉っぱの帽子だった。


 それがいきなりロングヘアになっているのだから、確かに「誰?」って感じだろう。


 ちなみに久しぶりにオシャレした私に対する獣王さんの感想は


「若い癖に年寄りみたいな格好だな」


 やっぱり私の恰好は、マラクティカだとお年寄りみたいだ……。


 フィーロは褒めてくれたし、自分でも可愛いつもりだったので、ちょっと恥ずかしい……。


 密かにショックを受ける私をよそに


「やっぱり王もそう思うニャ? でも首から上は可愛いニャ! サーティカとシャノン、がんばったニャ!」

「そんな些末事(さまつごと)、いちいち報告しなくていい」


 昼寝を邪魔されて不機嫌そうな獣王さんに、サーティカは「あっ!」と本題を思い出して


「違うニャ。本当は旅人さんに笛を吹いて欲しくて、王に許可を取りに来たニャ」

「なんだ? 旅人に笛を吹かせるって。最初から説明しろ」


 サーティカの説明は要領を得ず、私は獣王さんの前だと緊張でうまくしゃべれない。


 そんな私たちの代わりに、フィーロが説明してくれた結果。


「その女は今日、目を覚ましたばかりだぞ。またにしろ」

「あの、もうすっかり休んだので大丈夫です」


 何せ私は5日も寝ていたのだ。


 まだ薄っすら火傷が残っているけど、お腹も満たされたし、自分では大丈夫なつもりだった。


 しかし獣王さんは難しい顔で


「マラクティカは広いし、お前には慣れない気候だろう。急がなくても死者は逃げない」


 サーティカが「でも……」と言いかけるも


「その女は回復のために連れて来たんだ。お前の思い付きで振り回すな」


 獣王さんに厳しく注意されて、しゅんと口を閉ざした。


 中庭から客間に戻る途中。


「サーティカ、大丈夫?」


 獣王さんに叱られて落ち込むサーティカに声をかけると、彼女は大きな緑の目を潤ませて


「いいアイディアだと思ったんだけど、旅人さんも迷惑だったニャ?」

「ううん。全然迷惑じゃないよ。少しでも皆の慰めになるなら、私も早く笛を吹いてあげたい」


 私の返事に、サーティカは目をキラッとさせて


「だったら内緒で行っちゃうニャ? バレなきゃ平気ニャ」


 まだ11歳だからかな?


 自国の王に直接止められたにもかかわらず、強行する気満々のサーティカに


「マラクティカの民の前で、よそ者に鎮魂の笛を吹かせて、王にバレないことができるのか? それに君はすっかり回復したつもりのようだが、獣王殿の言うとおり、さっき目を覚ましたばかりだ。笛を吹くのはまたにして、もう少し休んだほうがいい」


 フィーロに呆れ顔で注意されるも、私は彼女と同様、居ても立ってもいられない気持ちだった。


 毒で家族を失った獣人さんたち。無念の死を遂げた死者たちの悲しみを、少しでも癒やしたい。


「全部をいっぺんに周るんじゃなくて、近場だけ。1か所だけ行くのはどうかな?」


 ちょっとなら平気なんじゃないかと粘る私に、フィーロは少し怒ったのか皮肉な笑みで


「賭けてもいい。君の素晴らしい笛の音に、心を打たれた獣人たちが殺到すると。うちの子のためにも吹いてくれと頼まれたら、お人よしな君は断れず、暑さと疲労で倒れてしまうと」


 全知の鏡の予言に少し迷ったけど


「サーティカ、ちゃんと「病み上がりだからまたね」って言うニャ。旅人さん、倒れるまで疲れさせないニャ」


 サーティカは私の腕を取り、大きな目を潤ませてねだった。


 ただのワガママなら断れる。


 だけど、この子は私と同じ。傷ついた獣人さんたちの心を、一刻も早く癒やしたいだけだ。


「あの、本当にちょっとだけ。絶対に無理はしないから」

「俺には結果が見えているが……まぁ、人間は実際に経験しないと学ばない生き物だからな。幸い君にとって致命傷にはならない。好きにするといい」


 それは許可ではなく恐らく放任だった。


 でも自分が勝手をしているんだから、止めないでくれるだけありがたい。


 それから私はサーティカに連れられて、毒で幼い子どもを失くした獣人さんのもとに笛を吹きに行った。


「ここのお母さん、はじめての子どもだったニャ。子どもを亡くしてから毎日泣いて、ご飯もずっと食べてないニャ」


 サーティカは私の代わりに交渉すると、笛を吹く許可をもらった。


 マラクティカの獣人さんたちは、私のことを獣王さんの命の恩人だと聞いているようで、あからさまな敵意は向けなかった。


 けれど獣王さんから人間たちを庇ったとも聞いているらしく、実際は複雑な感情があるようだった。


 獣人さんたちの心に癒えない怒りと悲しみがあるからこそ、少しでも慰めになればと葬送の笛を吹く。


 最初は俯いていた獣人の女性は、笛の音にハッと顔を上げると


「ああ……。なんて綺麗で優しい音色……」


 その場に膝をついて涙を溢れさせた。


「あっ、あれを見るニャ」


 サーティカが指した先。何も無い空中に、蛍の光のように葬送の火が灯る。


 還すべきものを焼くはずの火が、なぜ何も無いところに出現したのだろう?


 不思議に思いながらも笛を吹き続ける私の横で、サーティカは興奮した様子で


「サーティカ、分かるニャ。あなたの子、そこでこの笛の音を聞いているニャ。神聖な火が苦しみと悲しみにまみれた魂を浄化して、やっと楽になれたニャ」


 葬送の火に包まれた何かは、サーティカの言葉を証明するように、お母さんの前に寄って来た。


 それは恐らく最後の挨拶で、神聖な火をまとった何かは、お母さんの前で儚く散った。


「あの子の魂、これで次の世に行けるニャ。きっとまた形を変えて、あなたに会いに来るニャ」


 目の前で起きた奇跡と、神官であるサーティカの言葉に、お母さんは気持ちを救われたようで


「うちの子のために、わざわざありがとう」


 まだ涙の残る顔で、それでも微笑んでくれた。


 葬送の笛の音を聞き、不思議な現象を目の当たりにした獣人さんたちは


「旅人さん、うちにも来て!」

「うちの妻も子ども亡くして、ずっと泣いている!」

「うちのばーばにも、お願い!」


 フィーロの予言どおり、毒で家族を失った獣人さんたちが私のもとに殺到する。


 サーティカは約束どおり


「ダメニャ! 旅人さんは病み上がりニャ! また今度にするニャ!」


 小さな体で懸命に止めようとしてくれた。


 しかし私のほうが「もう少しだけなら大丈夫」と引き受けてしまった。


 ところで私は前世、ずっと病気による不調に耐えていた。


 今まで無自覚だったけど、怠さや苦痛のある状態が基本だったので、普通の人よりかなり我慢強いらしい。


 だから普通の人ならとっくに音を上げる、限界を超えてがんばってしまい――。

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