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せめてもの弔いに

 絶妙なタイミングで私のお腹が鳴ってしまったことに、フィーロと笑い合った後。


「実際、君は5日も食べていないんだ。外傷はほとんど癒えたし、今は治療より食事を取りに行こう」


 王の泉から上がると、用意されていたタオルで体を拭きながら


「そう言えば、この葉っぱの帽子はなんだろう?」


 私は入浴用の白いワンピースだけじゃなく、なぜか葉っぱの帽子を被っていた。


 獣王さんは被っていなかったし、なぜ私だけと不思議に思うと


「それは獣人たちの心遣いだ。獣王殿の炎で君は全身に大火傷を負った。その火傷は大部分治ったが、髪はすぐには生えないから」


 フィーロの言葉にハッとして、葉っぱの帽子を外して頭に触れる。ところどころ地肌が露出している感触。


 要するに私はハゲてしまったみたいだ……。


 長かった髪をショートにするくらいならともかく、ハゲてしまったのは流石にショックだ。


 私の反応に、フィーロも痛ましそうな顔で


「女性が髪を失うのは辛いだろう。しかし幸い君には自在のブラシがある。あれを使えば、すぐに元の綺麗な髪を取り戻せる」

「そ、そっか。良かった」


 私は葉っぱの帽子を被り直すと、フィーロの案内で黄金の宮殿の中を歩いた。


 エーデルワールの城とは、また違う立派さに見惚れながら歩いていると


「あちこち金の装飾が施されていて、なかなか豪華だろう。マラクティカは階級制で、身分ごとに使える色や鉱物が決まっている。赤と金は王だけが使える色だ。だから王の住居には、金がたくさん施される」


 マラクティカの文化や風習を興味深く聞くうちに、私のために用意された部屋に到着した。


 蔓で編まれた籠の中に『一足飛びのブーツ』と『飛び出す絵本』が置いてあった。


 これを入れていた肩掛けカバンや普通の道具は、獣王さんの火で燃えてしまったらしい。


 けれど他の神の宝や大事なものは、飛び出す絵本に入っていたので無事だそうだ。


 私は「皆を護ってくれて、ありがとう」と飛び出す絵本を抱きしめた。


「『怠惰の指環』と『強欲の指環』は危険なものだからと獣王殿が預かっている。しかし君がここを出る頃には返してくれるだろう」


 私はフィーロの言葉に頷くと、さっそく飛び出す絵本から自在のブラシを出して


「私の髪よ、健やかに蘇れ。少年のような長さになれ」


 地肌が露出した部分を優しく撫でるうちに、やがて健やかな黒髪がみるみる伸びて来た。


「うん。すっかり元通りだ」


 フィーロはそう言うと、自分の姿を消して鏡を使わせてくれた。


 獣王さんの言うとおり、顔にはまだ薄っすら火傷が残っていたけど


「顔や体に残った僅かな火傷も、後1週間ほど治癒の泉を使わせてもらえば、綺麗に消えるから大丈夫だ」

「ありがとう。髪が無くなったり火傷が残ったりしたら、やっぱりショックだから、治るなら良かった」


 ホッとしたところで、私は自分の道具を改めて見直した。


「九命の猫を捜しているのか?」

「うん……でも、やっぱり消えちゃったんだね」


 あまりの修羅場で記憶が曖昧だけど、九命の猫はやはり私の代わりに命の玉を使い果たして、消えてしまったみたいだ。


「あんな無茶な使い方をして、可哀想なことをしちゃった。私の代わりに消えた時、やっぱり痛かったかな?」


 フィーロは以前、私に「君は神の宝を人のように扱うんだな」と言ってくれた。


 でも、やっぱり私は人命のほうが大事だ。


 またやり直すとしても、私は九命の猫の命を使って、自分やアルメリアやリュシオンを助けてしまうだろう。


 九命の猫は、そういう道具だ。


 それでも私が無茶をして、連続して命の玉を破壊した時の音や、最後のひと際大きな鳴き声が耳から離れなかった。


 いろいろ考えて泣きそうになる私に


「我が君。九命の猫は、君に使い潰されたわけじゃない。君の役に立ちたくて、自ら存在を主張したんだ」


 フィーロの言葉に、私は思い出した。


 九命の猫が他人への貸し出しを拒むように、私の服に引っかかって離れなかったこと。


 瀕死のリュシオンを見つけた時、自分を使えと言わんばかりに鳴いたこと。


「神の宝のほとんどは長すぎる時間と人間への失望から、心を失い物に成り果てている。でも君はいつだって、自分のためではなく人のために神の宝を活かして来た。その君の在り方が、ただの道具に成り果てていた彼らの心を呼び覚まし、本来以上の働きをさせるんだ」


 「九命の猫もそうだ」とフィーロは続けて


「九命の猫は君やアルメリアたちだけじゃなく、もっと多くの命を救えたことに満足している。それに九命の猫は消えたんじゃなく神の宝物庫に戻っただけだから、気に病まなくていい」


 彼は親身に私を励ますと


「どうしても気になるなら、彼のために葬送の笛を吹くといい。本来は死者を望む場所に還す道具だが、きっと君の気持ちを届けてくれるだろう」


 私はフィーロの提案に頷いて、葬送の笛を吹いた。


 本来は死者を望む場所に(ほうむ)るための道具で、用途以外には吹けないものだ。


 けれど私の気持ちを汲んでか、美しくもの悲しい旋律を奏でた。

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