王の泉
次に意識が戻った時。
私は誰かの腕に抱かれて、清らかな泉に浸かっていた。
薄目を開けると、真夏のような濃い青空と強い日差し。遠くには南国を思わせる色濃い緑の植物。まるで楽園のような景色。
もしかして、ここは天国なのかな? 私、今度こそ死んじゃったのかな?
すごく居心地の良さそうな場所だけど、フィーロとの約束をまだ果たしていないのに。
「残念だが我が君。良くも悪くも、君はまだ旅の途中だ」
遠くからフィーロの声がする。
「フィーロ?」
呟きながら手探りで鏡を捜すと、誰かがその手をパシッと掴んで
「動くな。大人しく浸かっていろ」
男の人の低い声に、ぼやけていた視界がようやくハッキリする。
声の主はエーデルワールを襲った獣人の王・レオンガルドさんで、意識の無い私を抱いていたのも彼だった。
なんで!? なんで私、獣王さんに抱っこされて泉に浸かっているの!?
意味不明な状況にカチンと固まる私に
「慌てなくていい、我が君。彼は君を助けてくれたんだ」
「慌てなくていいって言われても……私はどうしてこんなことに?」
ここはどこなのか? どうして獣王さんと一緒なのか?
ビクビクしながら問う私にフィーロは
「ここは獣人たちの国・マラクティカ。君は重度の火傷で、人間の手当てでは助からなかった。そこで獣王殿の厚意を受けて、この国にやって来た。この『治癒の泉』で君の怪我を癒やすために」
私が気絶した後。
フィーロは獣王さんに『強欲の指輪』と『一足飛びのブーツ』の使い方を教えた。
獣王さんは金貨に変えられた部下さんたちを回収すると、一足飛びのブーツで一気にマラクティカに戻った。
後数分、治癒の泉に入るのが遅かったら、私は死んでいたそうだ。
「君はすぐに目覚めたつもりかもしれないが、実はあれから5日も経っている。その間、君は何度もこの泉に入ったが、意識の無い君が溺れないように、抱いていてくれたのが彼だ。礼を言うといい」
私、5日も眠り続けていたんだ。
それで回復のための泉に、獣王さんが入れてくれていた。
「あの、助けてくれて、ありがとうございます。5日も迷惑をかけちゃって、すみません」
介抱してもらったのも申し訳ないけど、私は獣王さんの復讐を邪魔した。
アルメリアは私の友だちで、王様とパトリック王子は彼女の家族だ。
殺していいとは言えないけど、獣人さんたちからすれば、やはり許せない相手だろう。
それを妨害したんだから、怒っているだろうな。
恐々と謝る私に、獣王さんはやはりしかめ面だった。
その彼が突然こちらに手を伸ばす。
あっ、やっぱり殺されるのかな?
ビクッと目を閉じると、額に何か触れる感触。
獣王さんは不機嫌そうな顔で、私の額に濡れて張り付いた髪を避けながら
「まだ顔に火傷が残っている。痕が残らないように頭まで泉に浸かれ」
そう言うと「もう介助は要らないだろう」と先に泉から上がった。
泉から上がった獣王さんは、上半身は裸だけど、下は麻素材のような生地の白いズボンを穿いていた。
私も同じ素材の白の袖なしワンピースに、なぜか葉っぱの帽子を被っている。
お互いに裸じゃなくて良かったとホッとする私に、フィーロが
「ここはいくつかある治癒の泉の中で最も効果の高い『王の泉』。名前のとおり王しか入れない特別な泉で、本来は裸で入るが、今回は君に配慮して着衣で入ってくれた。着替えは女性がさせてくれたし、その服は水に透けない素材だから裸は見られていない。安心していい」
私が嫌がるだろうって、着衣で入ってくれたんだ。
「さっきも怪我の心配をしてくれたし、意外と優しい人なのかな?」
「ああ。彼らは基本的に人間よりも情が厚く、特に女子どもに優しい。しかも人間以上の力を持ちながら、自分から他国を侵略することはしない」
彼らにとって縄張りは大事なものだ。だから他人のそれも侵さない。それが獣人さんたちの基本的な考え方らしい。
「自分の命や身内や財産は大事だが、他人のそれは平気で奪う。人間とは似て非なる種族だな」
フィーロは少し皮肉に微笑むと
「獣人たちの多くは素直で朗らかな気質だが、獣王殿はあのとおり、やや気難しい性格だ。しかし複数ある泉のうち、わざわざ王の泉に君を入れて手ずから介抱してくれたのは、君を気に入っている証拠。彼らにとって君は捕虜じゃなく客人だから、何も心配しなくていい。ゆっくり休んでくれ」
私を気遣うフィーロの声。
優しい声を聞くうちに、私はポロッと泣いてしまった。
私の涙を見たフィーロは心配そうに眉を下げて
「1人で辛かっただろう。いちばん大変な時に傍に居なくて、すまなかったな」
「ううん。フィーロは何も悪くないよ。それより、また会えて良かった」
もしかしたら、もう会えないかもと、すごく不安だった。




