いちおうの和平【視点混合】
全知の大鏡が消えた後。その場は一瞬しんと静まった。
しかし全知の大鏡が無くなっても
「け、けっきょく我々は、獣人たちをどうすればいいんだ?」
「こちらが悪かったのだとしても、ここまでしてタダで許されるはずが……」
私はこの国の人たちと獣人さんたちが争わないように、なんとか止めたかった。
呼吸さえ困難な中。無理にでも声を出そうとすると
「大丈夫だ、我が君。君の意思は俺が伝える」
フィーロの優しい声に、私は安堵して頷いた。
「我が君はあなたがたに、獣人たちを解放してくれと言っている。その代わり獣王殿にも、どうか怒りを収めて。これ以上、誰も殺さないでくれと」
それが確かに自分の意思であることを、私は獣王さんの目を見つめることで伝えた。
彼は怒りに燃える金の瞳で、私を睨み返したけど
「許しがたい話だろうが、どうか頷いてくれ、獣人の王よ。あなたが「うん」と言ってくれなければ、いつまでも我が君の手当てができない。もう九命の猫は残っていない。このままでは死んでしまう」
フィーロの要請に、獣王さんは忌々しそうに舌打ちすると
「王と王子の首だけ寄越せ。姫は見逃してやる」
彼の要求に、私は弱弱しく首を振った。
「なぜだ!? お前を騙して、俺にぶつけて来たヤツだぞ! 俺を殺したら今度は、お前の道具を奪う気だった!」
「それでもアルメリアの家族だと、我が君は言っている。死ねば彼女が悲しむと」
フィーロの言葉に、私は震えながら頷いた。
話を聞いていたアルメリアは口を開いたが、何も言えないようだった。
自分もともに死ぬならいい。しかし父と兄だけ死ねと言うことは、優しい彼女にはできなかったのだろう。
「獣人の王よ。毒で死んだ者たちは生き返せないが、幸いあなたが連れて来た部下は、みなリュシオンが硬貨に変えた。その部下たちなら、生きて返すことができる。彼らとあなたの身柄を解放し、以降エーデルワールは二度とマラクティカの地を侵さない。それで許してやってくれ」
フィーロが代わりに交渉するも、エーデルワール側は誰も反論しなかった。
その代わりリュシオンが
「マラクティカの王よ。あなたに願える立ち場では無いが、どうか早く決断を。でないと彼女が死んでしまう」
「……だったら、さっさと部下を戻せ。この忌々しい呪縛も解け」
獣王さんの言葉に、私は少し迷った。
怠惰の指環による呪縛を解けば、また戦闘になるのではないかと。
「大丈夫だ、我が君。君が感じたとおり、彼は悪人ではないし、約束も違えない。もう誰も死なないから、安心していい」
私はフィーロの言葉に泣きながら頷くと、震える手で怠惰の指環を外し、それを最後に意識を失った。
【リュシオン視点】
指輪を外すと同時に倒れたミコト殿を見て、咄嗟に駆け寄ろうとしたが
「コイツに触るな」
気力の戻った獣王は、なぜかミコト殿をひょいと抱き上げて、俺から遠ざけた。
「なぜ!? 早く手当てしないと彼女が死んでしまう!」
獣王はミコト殿を憎んでは無いはずだ。それなのに、どうして邪魔するのか?
思わず声を荒げる俺に、向こうも敵意の目で
「お前たちはコイツを騙して、争いに巻き込んだんだろう。死ぬほどの重傷を負わせたばかりか、道具まで奪おうとしたヤツラに、どうしてコイツを引き渡せる?」
獣王は俺たちから、ミコト殿を保護しようとしているのか。
「彼女を傷つけるはずがない」なんて、俺たちが巻き込んだせいで、瀕死の重傷を負ったミコト殿の前で言えるはずがなかった。
言葉を失う俺に獣王は
「コイツに免じて今回は手打ちにしてやる。その代わり二度と我らの領土に足を踏み入れるな。次この国の人間が、マラクティカに来たら問答無用で殺す。お前たちだけじゃなく民にもよく言っておけ」
一方的に命じると
「分かったら、お前の指環と鏡を寄越せ。部下にかけられた呪いは、この鏡に聞いて自分で解く」
向こうもこちらに悪感情があるようだが、俺にとっても獣王は会ったばかりの他人だ。
彼女を助けたいという資格すら今の俺には無いが、知らない相手にミコト殿を任せるのは心配だった。
けれど動けずに居る俺に
「リュシオン。ついでに我が君の他の道具も、拾って彼に渡してくれ。この国の手当てを受けるより、彼に連れて行ってもらうほうが、我が君にとってもいい」
「ですが……」
俺はやはり瀕死のミコト殿を獣人に任せることが不安だったが
「リュシオン。フィーロ殿の言うことを聞いて。わたくしも彼女が心配だけど、揉めている間に手遅れになったらどうするの?」
「わ、分かりました……」
アルメリア様の言うとおり。このどっちつかずの時間が、彼女の命取りになるかもしれない。
ここはフィーロ殿を信じるしかないと、彼の指示に従って神の宝を拾い集める。
ミコト殿の肩かけカバンは獣王の猛火で燃えて、神の宝だけが煤にまみれて床に落ちていた。
俺はそれらを仲間から借りたマントに包み、指輪や鏡と一緒に獣王に渡すと
「どうか彼女を死なせないで。助けてやってください」
切実に訴えるも、かの王は冷ややかに見返して
「そんなに大事な女なら、戦いになど巻き込むな」
ピシャリと言い放つと、ミコト殿とフィーロ殿を連れてその場を去った。




