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捨て身の抱擁

 私は一足飛びのブーツで、リュシオンたちが戦っていた城門に飛んだ。


 そこには黒焦げになった無数の死体があった。


 獣王の火に焼かれたんだ。


 私は吐き気を堪えながら、まだ息のある者を探した。


 見るに堪えないような大火傷をした人たちの中に、瑠璃色の髪が見えた。


「リュシオン!」


 咄嗟に駆け寄るも、彼の息はすでに止まっていた。


 リュシオンが死んだ。


 あまりのショックに呆然と立ち竦んでいると。


 ニャー。


 突然の猫の鳴き声。それは私の胸元から聞こえた。


 今のは『九命の猫』の鳴き声? もしかして自分を使えと言っているの?


 私はピクリとも動かないリュシオンの体に、九命の猫を押し当てた。


 九命の猫の首に巻かれた命の玉が1つパリンと割れる。


 すると、すぐに呼吸していなかったリュシオンがガハッと咳をした。


「リュシオン!」


 抱き起こす私の腕の中で、目を背けたくなるほど酷かった火傷が、みるみる治っていく。


 リュシオンは(すす)にまみれながらも、青い目を薄く開いて


「どうして、あなたが……? 俺は死んだはずじゃ……」

「九命の猫が助けてくれたみたい! 他の兵士さんたちも助かるかも!」


 ところが他の人たちに九命の猫を押し当てても、リュシオンの時のような反応は無かった。


「どうして……」


 顔を歪める私に、よろよろと立ち上がったリュシオンが


「恐らく俺が助かったのは、まだ息があったからだろう。俺は子どもの頃から頻繁に、アルメリア様の雷撃を浴びているから、普通の人間より大分しぶとい。すでに死んだ者には、触れさせても効果が無いのかもしれない」


 リュシオンは仲間の指から怠惰の指環を回収すると


「頼む。俺をアルメリア様たちのもとへ」


 九命の猫の効果で外的な負傷は治った。


 けれど苦し気な息遣いや震える体を見れば、本当は今にも倒れそうだと分かる。


「戦える状態じゃないよ。無理しないで」

「だが、俺が行かなければアルメリア様たちが……」


 私は握りしめたリュシオンの拳をそっと開くと、怠惰の指環を取った。


 さらにリュシオンの着ていた『耐火のローブ』を


「ゴメン。これ貸してね」


 彼から脱がせて自分が着ると


「まさか俺の代わりに、あなたが行く気なのか? ダメだ! 獣王は炎をまとう巨大な獅子の獣人! この耐火のローブをもってしても防ぎ切れないほど凄まじい炎だ! あなたなんて簡単に焼け死んでしまう!」

「じゃあ、どうしてリュシオンは行こうとしたの?」


 私の問いに、彼は苦しそうに顔を歪めて


「それは俺が、この国の騎士だから。ここに居る仲間は全員、命尽きるまで戦った。自分だけ逃げるわけには……」

「私も同じだよ。私は騎士じゃないけど、リュシオンとアルメリアの友だちだから。友だちが危ないのに、自分だけ逃げられない」


 そう言いながらリュシオンから一歩離れると


「きっと大丈夫だから。信じて」

「ダメだ! 行くな!」


 彼の制止を振り切って、アルメリアのもとにジャンプした。


 私が再び地を踏んだ瞬間。


 バシャッと水たまりを踏むような音。それは私のすぐ傍に倒れ伏すアルメリアが作った血だまりだった。


「アルメリア!」


 私は半狂乱で、血の気を失ってぐったりしている彼女を抱き起こした。


 そんな私の背後から


「か、カンナギ殿!」

「どうか我々をお助けください!」


 声に振り返ると、業火をまとう獣王によって、壁際に追い詰められる王様とパトリック王子が居た。


「これだけの兵を犠牲にしながら、まだ自分の身が可愛いか? その女はこれ以上兵を犠牲にすまいと、自ら命を断って戦いを終わらせようとしたのに。男のお前たちに、なぜそれができない?」


 獣王の言うとおり、この場にはアルメリア以外にも、たくさんの兵士さんたちが倒れていた。


 そしてアルメリアの手元には剣が落ちている。


 彼女は自分の命と引き換えに、この戦いを終わらせようと、自ら喉を突いたんだ。


 けれど、どうやらアルメリアの願いとは裏腹に、彼女が自害してからも、王様とパトリック王子は最後の兵士さんが倒れるまで、抵抗を続けさせたようだった。


「王とは名ばかりの卑怯で薄汚い人間どもめ。俺たちに手を出したことを後悔させてやる」


 巨大な獅子の獣人が、鋭い爪のついた手を振り上げる。


 私は咄嗟に駆け出して、怠惰の指輪を嵌めた手で獣王に触ろうとした。


 けれど、獣王はすでに悪魔の指環の効果を知っている。


 攻撃を察知して、身にまとう豪炎の勢いを増した。


 まだ触れていないのに。耐火のローブを着ているのに、熱気だけでも髪や肌が焼けるように熱い。


 堪らず足を止める私に


「そこで大人しく見ていろ。女子(おんなこ)どもに用は無い」


 匂いで判断したのだろうか? 獣王は私が少年ではなく、無力な女だと見抜いた。


 彼はもう全身を紅蓮(ぐれん)の炎で覆っている。


 今の獣王に触れるのは、煮えたぎる溶鉱炉に手を突っ込むようなもの。


 だからこそ獣王は、私には何もできないと背を向けたようだが


「なっ!?」


 私は獣王の腰にガッとしがみつき、怠惰の指輪を嵌めた手で、彼の分厚い毛皮を握った。


 燃え盛る巨躯の獅子獣人は、恐らく普通の人間のように一度触るだけでは倒せない。


 その直感が捨て身の行動を取らせた。


 全身を焦がす灼熱(しゃくねつ)の苦痛と引き換えに、怠惰の指環が獣王の気力を奪い始める。


「お前がそのつもりなら、俺が倒れる前に燃やし尽くしてやる!」


 獣王は力を振り絞り、火力を上げた。


 私の胸の辺りで、悲鳴のような鳴き声とともに何度も何かが弾ける。


 私の代わりに九命の猫が、命の玉を散らす音だった。


 九命の猫は死を取り消せても、苦痛までは消せないらしい。


 熱くて痛くて苦しい。激しい炎のせいで呼吸さえできない。


 私自身も猛火に焼かれて苦しみながら、それでも思わず離れそうになる手に力を込めて獣王に食らいつく。


 私の胸の辺りで九命の猫がひと際高く鳴いて、とうとう完全に壊れた。


 ああ、私が馬鹿なせいで、無茶な使い方をしちゃった。


 私に命を粗末にされた九命の猫が可哀想で


「ゴメンね……」


 か細い声で泣きながら謝ると、なぜかその瞬間、獣王の炎が弱まって


「クソがッ……」


 その言葉を最後に、全身を覆っていた炎は消えて、巨大な獅子の体がグラリと倒れた。

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