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卑劣な罠

 全知の大鏡さんと話した後。


 私を客間に案内したアルメリアは、すまなそうに口を開いて


「ゴメンなさい。我が国の鏡が、あなたとフィーロ殿を貶めるようなことを言って」

「アルメリアのせいじゃないよ。気にしないで」


 気を遣わせないように笑顔で返すと、一緒に居たリュシオンが


「しかしミコト殿は全知の大鏡に、あれだけフィーロ殿を悪しざまに言われて、少しも気にならないのか? もしかしたら大鏡の言うとおり、あなたを騙して危険に巻き込んでいるかもしれないのに」


 彼の問いに、私はビックリした。


 私の中でフィーロを疑うことは、それだけ有り得なかった。


 なぜなら


「うまく言えないけど、私はフィーロの言葉じゃなくて心を信じているから。仮に大鏡さんの言うとおり、昔、悪いことをしちゃったんだとしても、今はそうじゃないって信じている」


 私の返答に、リュシオンは不可解そうな顔で


「言葉ではなく心を信じるとは?」

「リュシオンとアルメリアは感じたことが無いかな? 誰かの言葉や行いが、泣きそうなくらい眩しくて温かいこと」


 そういう言葉や行いには、心があるのだと私は思う。


 フィーロとのやり取りには、そんな瞬間が何度もあったから


「だから初めて会った人の冷たい言葉より、フィーロの心を信じている」


 今度はうまく説明できた気がする!


 そんな手応えから笑顔で言うと、リュシオンとアルメリアはなぜか「ああ……」と嘆くような声を漏らして


「アルメリア様。俺にはもう、この方を欺くことはできません……」


 両手で顔を覆うリュシオンに続いて


「ええ、リュシオン。わたくしも同じ気持ちです。いくら国のためだからって、こんなことは間違っている。ミコトさんに真実を話して、フィーロ殿をお返ししましょう」


 フィーロを返すというアルメリアの発言に驚く。


 言葉どおりに受け取るなら、フィーロはアルメリアたちが持っているってこと?


 でも、それなら、どうしてすぐに返してくれなかったんだろう?


 その疑問を口にする前に


「勝手な真似はやめてもらおう」


 客間のドアを開いて現れたのは、兵士さんたちを引き連れたパトリック王子だった。


「お、お兄様!? どうして!?」

「これも全知の大鏡のありがたい予言だ。カンナギ殿と懇意にしているお前たちが、我らを裏切って全知の鏡を返そうとすると予見してくださったのだ」


 監視や盗み聞きをするまでもなく、こちらの動きは全知の大鏡さんに筒抜けだったようだ。


「お兄様。もうあの大鏡に従うのはやめましょう。確かにあの大鏡には、わたくしたちには分からぬことを知る力があります。ですが恩人から友だちを奪い、騙して巻き込むように指示する者が、果たして人にとって良いものでしょうか?」


 真剣に訴えるアルメリアに、パトリック王子は迷惑顔で


「それについては大鏡から、さんざん説明されて、お前も納得したはずだろう。フィロソフィスの目的は、自分の肉体を取り戻すこと。だから我らの問題を知れば、むしろ主であるカンナギ殿を危険に巻き込まぬように遠ざけようとする。それゆえカンナギ殿の道具を借りるには、あの鏡を遠ざけるしかないと」


 鏡を遠ざける。つまりフィーロは偶然失くしたんじゃなくて、この人たちに盗まれたのか。


 だけどアルメリアは、お兄さんのやり方に反対のようで


「だからって彼女には何も知らせず、危険に巻き込もうとするのは間違っています!」

「一度は納得したくせに直前で情に流されて手の平を返すとは、やはりお前は女だな。国の一大事に善だの恩だのにこだわっている場合か!」


 パトリック王子はアルメリアの手を乱暴に振り払うと


「カンナギ殿! 悪いが今お話したとおりだ! あなたの鏡は我々がスリの少年に盗ませた! 大事な鏡を割られたくなければ、このまま我らに従ってもらおう!」

「パトリック様! どうかお考え直しください!」


 リュシオンが止めるも、パトリック王子は


「うるさいぞ、リュシオン! 彼女に協力させなくてどうする!? お前は父上と私たちの首を、野蛮な獣人どもに捧げろと言うのか!?」

「ですが、こんなやり方は!」


 目の前で言い争う3人に


「ちょっと待って! 一旦落ち着いてください!」


 エーデルワールの人たちがフィーロを盗んだのは、私に協力させたいからだ。


 でも、それが目的なら


「フィーロを使って脅さなくても、皆さんの命がかかっているのに見捨てるなんてしません。ですから、ちゃんと協力するためにも、まずはフィーロを返してください」


 私の言葉に、アルメリアは涙に濡れた目を向けて


「あなたは騙されたのに、まだわたくしたちを助けようと……?」

「命がかかった状況じゃ、誰も普通ではいられないよ。恨んでないから気にしないで」


 励ますように彼女の背に触れる私の横で


「パトリック様。ミコト殿は脅さなくても協力すると言ってくれています。こうまで言ってくださる方から、友を取り上げて脅すような真似はおやめください」


 リュシオンの言葉に、パトリック王子は迷っている様子だった。


 けれど王子が決断する前に


「彼女の言葉を信じてはいけませんよ、パトリック王子」


 兵士さんに抱えられた全知の大鏡さんが現れて


「よく考えてご覧なさい。彼女はあなたたちに騙されて、無理にここに連れて来られたのですよ。全く恨んでいないなんてことが、あり得ると思いますか?」


 なんで? フィーロと同じ力があるなら、私の発言が真実だと分かるはずなのに。


 私が戸惑っている隙に、全知の大鏡さんは鏡の中から、こちらを指して


「脅さずとも協力すると言うのは、フィロソフィスを取り返したいだけの嘘。彼女は一足飛びのブーツを履いているのですから、鏡を取り戻した瞬間に逃げるに決まっていますよ」


 一転して疑いの目を向けるパトリック王子と兵士さんたちに


「そんなことしません!」

「裏切り者は皆そう言うのですよ。裏切ってなどいない。裏切るはずがないとね」


 必死に否定する私を、全知の大鏡さんはにやりと嗤うと


「しかし普通の人間は騙せても、全知の力を持つ私にはあなたの企みなどお見通しです。よくお考えください、パトリック王子。彼女はこの国の民ではない。リスクを負ってまで、あなたがたを助ける義理など無いのです」


 全知の大鏡がなぜか嘘の情報で、パトリック王子たちの疑心を煽っているのは分かった。


 でも嘘吐きは全知の大鏡だと言っても、証拠が無い以上は水掛け論にしかならないだろう。


「パトリック王子。私は何も企んでいません。この国の民じゃなくても、私はアルメリアとリュシオンの友人です。友人の命が危ないのに、放っておけるほうがおかしいです」

「お兄様、ミコトさんを信じて! その邪悪な大鏡の言うことを聞いてはダメ!」

「パトリック様!」


 アルメリアとリュシオンも必死に訴えたけど、全知の大鏡に植え付けられた疑心は拭い切れず


「……我々に協力する気があるなら、鏡を返すのは後でもいいでしょう。我々はあなたと違って僅かなリスクも負いたくない」

「お兄様!」

「心配しなくても、獣人どもを倒したら予定どおり鏡は返す。それでいいだろう」


 パトリック王子はアルメリアたちを兵士さんたちに押さえさせると、私に目を向けて


「鏡がこちらの手にある限り逃げることは無いでしょうが、念のため一足飛びのブーツは回収させていただく。いいですね?」


 この場は言うことを聞くしかないみたいだ。


 そもそも一足飛びのブーツは、この国から借りているものだしと、私は素直に返そうとした。


 ところが一足飛びのブーツは脱げなかった。


 最初はわざとやっているんじゃないかと疑われたけど、兵士さんが無理やり脱がそうとしてもブーツは私の足から離れなかった。


「なぜ? このブーツが脱げなくなるなんて聞いたことがない」

「きっと、そのブーツの意思ですわ。神の宝には心があるそうですから。心優しい主人の手から、お兄様のような恩知らずの手に渡ることを拒んでいるんですわ」


 涙目で睨む妹を、パトリック王子は苛立たしげに見返した。


 そんな2人を横目に全知の大鏡が


「まぁ、無理にブーツを脱がせなくてもいいでしょう。全知の鏡がこちらの手にある限り、彼女は友人を置いて行けませんから」


 けれど私が勝手に城内を歩き回ってフィーロを捜さないように、アルメリアたちと牢に閉じ込められることになった。

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