全知の大鏡
王様たちと謁見した後、アルメリアとリュシオンに会った。
事情が事情なだけに、笑顔の再会とはいかず、アルメリアは暗い顔で
「ミコトさんは争いが苦手なのに、また我が国の問題に巻き込んでしまって本当にゴメンなさい……」
彼女の謝罪に、私は笑顔で首を振りながら
「確かに争いは苦手だけど、アルメリアとリュシオンは私の大事な友だちだから。私にできることなら協力したい。むしろ皆が大変な時に、ちゃんと呼んでくれて良かった」
ところが私の返事に、2人はかえって辛そうな顔をした。
パトリック王子の話では、私自身が獣人さんたちと戦うのではなく、魔法の道具を貸すだけなのに。それでも巻き込んで悪いと思っちゃうのかな?
私はなんとか2人をホッとさせたくて
「それに私もフィーロの鏡を失くして困っていたんだ。全知の大鏡さんに聞けば行方が分かるだろうし、むしろ呼んでくれて助かったよ」
私も困っていたと言えば、お互い様だと安心するかも。
ところがアルメリアとリュシオンは、もっと沈痛な面持ちになった。
なんでだろう!? 私なんかマズいことを言っちゃったのかな!? 助けてフィーロ!
ここに来て急にコミュニケーションに難しさを感じて、内心ちょっと焦りつつ
「あの、取りあえず、全知の大鏡さんにフィーロのことを聞いてもいいかな?」
「……ええ、そうですわね。あなたのフィーロ殿が今どこに居るのか、全知の大鏡に尋ねてみましょう」
私はアルメリアとリュシオンに連れられて、全知の大鏡に会いに行った。
全知の大鏡は楕円型の大きな壁掛け鏡で、フィーロと同様に鏡の中に人が居た。
全知の大鏡は能力だけでなく、容姿もフィーロに似ていた。
ただ全知の大鏡さんの白髪は背を隠すほど長く、目で見る必要は無いからと瞳を閉じていた。
さらに背中には、天使のような白い翼があった。
フィーロもまるで神様のように神秘的な容姿だけど、目を閉じて翼まで生えていると、いっそう神聖な感じがするな。
私の感想を先取りするように、その場に居たパトリック王子が
「こう言ってはなんですが、あなたのフィロソフィス殿よりも神聖な姿でしょう? 全知の大鏡によれば、彼のほうがあなたの鏡よりも先に生まれたそうです。その知恵も精神性も、あなたの鏡より上だとか」
自国の大鏡をうっとり自慢するお兄さんに
「お兄様。ミコトさんとフィーロ殿は我が国の恩人ですよ。救国の英雄を差し置いて、我が国の鏡のほうが優れているかのような発言は無礼ですわ」
アルメリアはピシャリとパトリック王子を咎めた。
でも、お兄さんはやっぱり得意げな笑みで
「カンナギ殿やフィロソフィス殿を貶めるつもりは無い。ただ私は事実として、この全知の大鏡のほうが先に生まれ、能力的にも優れているらしいとお伝えしただけだ。この神の如き神聖な姿からしても、それは明らかだろう?」
「だとしても、わざわざ上下を強調することは……」
リュシオンもパトリック王子を諫めようとしたけど
「気にしないで。フィーロはどっちが上とか先とか気にしないと思うし、私もそうだから」
私はフィーロが全知の鏡だからじゃなくて、ずっと一緒に旅して来た友だちだから、大好きで特別だ。
重要なのは性能や真贋じゃなくてフィーロがフィーロであることだから、全知の鏡としてはこちらのほうが優れていると言われても、そうなんだとしか思わなかった。
しかし私の発言に、全知の大鏡さんは自ら口を開いて
「残念ながら、フィロソフィスはあなたが思うほど器の大きな男ではありませんよ」
全知の大鏡さんは、フィーロが全知の力を求めて鏡になった経緯を話した。
全知の大鏡さんが言うには、フィーロも元は私と同じ転移者だったと言う。
フィーロは神の宝物庫で『全知の大鏡』を選び、今の私と同じように悪魔の指環を探して旅した。
「私は彼のために神の宝を探して与える。彼はその報酬として、悪魔の指環の力で私を自由にする。そういう契約でした」
フィーロも私と全く似たことをしていたんだと驚いた。
「ですが悪魔の指環が揃った時。フィロソフィスは私を裏切って、自分の願いを叶えた。彼は私の全知の力と、この神の如き美貌を羨んでいたのです。そこで「自分も私のようにしてくれ」と願った。そうして彼は私と似た姿と力を持つ魔法の鏡になったのです」
全知の大鏡さんは美しい顔を、皮肉な笑みに歪めると
「私からすれば、フィロソフィスが鏡になったのは自業自得。あの美しい姿と全知の力に惑わされているのかもしれませんが、それはどちらも悪魔の力で手に入れた紛い物。本当の彼は自らの欲のために平気で人を裏切る卑劣漢です。あなたが危険を冒してまで助ける価値など無い」
彼は自分を裏切ったフィーロを憎んでいるのだろうか?
フィーロを悪しざまに言った全知の大鏡さんは、私に慈悲深い微笑を向けて
「ですから、悪いことは言いません。彼のことは忘れて悪魔の指環も手放しなさい。あなたは心の美しい方。今も昔も自分の得しか考えていない身勝手な鏡のために、悪魔と関わるべきではありません」
全知の大鏡さんの忠告に、私は「すみませんけど」と遠慮がちに口を開いて
「仮にフィーロがかつて、あなたを裏切ったとしても、きっともうその頃の彼ではありません。フィーロは私の大切な友人だから、最後まで助けます」
全知の大鏡さんは、フィーロを最低の人間だと言った。
でも私自身がフィーロを最低だと感じたことは無い。
フィーロが鏡になってから千年も経っているそうだし、きっとその頃の彼とは、もう違うのだろう。
そう解釈する私に、全知の大鏡さんは憐みの表情で
「可哀想に。あの男は口が上手いから、純粋なあなたはいいように騙されてしまったのですね。しかし私は全知の大鏡。人間と違って嘘や思い込みに惑わされることなく真実を見通す者です。フィロソフィスがどういう者かについても、明らかに私の見解が正しい。あなたは彼への期待や情を捨てて、私の助言に従うべきです」
あくまでフィーロはクズだと言い続ける全知の大鏡さん。
私は珍しくカチンと来て
「お言葉ですが、私はフィーロの助言でも、違うと思えば逆らう聞き分けの無い人間です。それを知らないなら、あなたは自分が思うほど全てを知っているわけじゃない。だから、あなたの指図は要りません」
思えばフィーロと意見が割れた時も、私は彼に腹を立てたことが無い。
それはフィーロが私の性格や事情を考慮して、別の案を出してくれたり、それが無理なら私が納得できるように、十分言葉を選んだりしてくれたからだ。
そんなフィーロを馬鹿にすることは許さないし、そんな配慮もできない大鏡さんは、やっぱり言うほど全知じゃない。
どっちつかずの私には珍しく、キッパリと全知の大鏡さんを拒絶すると
「よりにもよって全知の大鏡の英知を疑う発言をするとは! いくら恩人とは言え無礼ですよ!」
「よいのです、パトリック王子。いくら真実を話そうと、愚者は自分の考えしか信じぬもの。この無垢な魂を救えないのは残念ですが、相手が聞く耳を持たないのであれば、諦めるのが賢明でしょう」
この流れで、この質問をするのは流石に図々しいと分かっているけど
「ところでフィーロは今どこに居るんでしょうか?」
聞くべきことは聞かないとと恥を忍んで尋ねる私に、全知の大鏡さんは冷ややかな微笑みで
「私の指図は要らないと言いながら、助言を求めるとは面白い方。まぁ、我が主たちもあなたには借りがあります。今エーデルワールを襲う危機が無事に片付いたら、あなたの鏡の行方についてお教えしましょう」




