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再びの危機

 フィーロには肉体が無い。


 けれど意識と思考はあるのだから、ずっと覚醒状態でいると疲れるのは人間と同じ。


 人間ほどではないけど、彼にも意識を閉ざして眠る時間が必要だった。


「と言っても肉体は無いから、生物ほど長くは眠らない。1日1時間も休めば十分だ。君と俺のどちらも寝てしまうのは危険だから、君が起きている間。日中のどこかで1時間だけ眠らせてくれ」


 その間、私は物取りに襲われないように、なるべく人通りの多い場所で過ごしていた。


 以前はフィーロが眠って居る間に、誰かに襲われたらと不安だった。


 だけど今の私は常に『一足飛びのブーツ』を履いている。


 もし誰かに襲われたら、行き先を告げてジャンプするだけで、すぐにその場を離れられる。


 いざとなれば、瞬時に逃げられる安心感。


 それが油断に繋がったのかもしれない。


 街を歩いていると、身なりの悪い少年とぶつかった。


「わっ!?」

「あっ、ゴメンね。お姉ちゃん」

「ううん、大丈夫。気にしないで」


 人込みを歩いていたら、ぶつかることくらいよくある。


 むしろ自分から謝ってくれて、いい子だな。


 その時は、そのまますれ違ったのだけど


「あれ?」


 ポケットに入れていた全知の鏡が無い。


 どこかで落としたのかな? もしかして、あの男の子とぶつかった時?


 急いで戻って辺りを捜すも、紫のコンパクトはどこにも落ちていない。


 手の平サイズの全知の鏡は、光沢のある表面に複雑な文様が描かれている。


 綺麗な鏡だから誰かに拾われて、そのまま盗られちゃったのかも。


 フィーロを失った。その絶望感に血の気が引いた。


 私は様々な魔法の道具を持っているけど、失くしものを捜す(すべ)は無い。


 フィーロに聞けば、全て分かったからだ。


 彼を捜す手立てを持たない私は道行く人に、紫のコンパクトを知らないかと闇雲に尋ねるしかなかった。


 来たばかりの街で、当てもなくフィーロを捜す私に


「旅人殿!」

「良かった! こちらに居たのですね!」


 2人の男性が声をかけて来た。


 でも私には見覚えのない人だ。それなのに、なんで私を知っているんだろう?


 悪い人だったらどうしようと警戒する私に


「あなたからすれば我々は、大勢の兵士の1人でしょうから、分からないのも無理はありません」

「我々はエーデルワールの兵士。陛下に頼まれて、あなたを捜していたのです」


 エーデルワールの人たちかと、ひとまずホッとした。


 しかし王様が私に用事って、いったいなんだろう?


「実はエーデルワールが、またしても危機に晒されているのです」

「えっ!? 危機って、どんな?」

「詳しい説明は王城で。アルメリア姫があなたに貸した一足飛びのブーツで、まずはエーデルワールに移動しましょう」


 兵士さんたちはすぐにでも、私をエーデルワールに連れて行きたいようだけど


「実はこの街でフィーロの鏡を失くしてしまって。協力したいのは山々なんですが、フィーロを見つけるまで、この街から離れるわけには……」


 これまで私が多くの人の役に立てたのは、魔法の道具の力もあるけど、何よりフィーロの知恵が大きい。


 彼が居ない状態では、満足に役に立てないんじゃないかと思ったけど


「でしたら余計に我々と来てください」

「実は我が国にもフィーロ殿と同じ、全知の力を持つ鏡があるのです。当てもなく捜すより、その鏡に聞いたほうが、フィーロ殿は早く見つかるはずです」


 エーデルワールにも全知の鏡があると聞いて、私は驚いた。


 前にアルメリアたちに会った時は、そんな話はしていなかったのに。


 私の疑問に、兵士さんたちが


「その鏡は決して使ってはならないという厳命とともに、誰も入れない石室の奥に長いこと封印されていました。しかしあなたの持つ全知の鏡を見た陛下が、もしかしたら、その鏡にも同じような力があるのではないかと表に出したのです」


 ちなみに、その鏡は手の平サイズの丸いコンパクトであるフィーロと違って、楕円形の壁掛け鏡らしい。


 フィーロの鏡よりも立派で大きいことから、区別のために『全知の大鏡(おおかがみ)』と呼んでいるそうだ。


「フィーロ殿の行方を知るためにも、取りあえずエーデルワールに」


 なんの手がかりもなくフィーロを捜すより、確かに全知の大鏡に行方を尋ねたほうが早いかもしれない。


 エーデルワールを襲う危機も気になるので、私は兵士さんたちと王城へ向かった。


 王様はわざわざ捜させていただけあって、私の再訪を喜んで


「おお、カンナギ殿。ようこそ、お越しくださいました。兵士たちからもう我が国の現状について聞きましたかな?」


 「まだです」と首を振ると、王様の代わりに、アルメリアの兄であるパトリック王子が


「カンナギ殿もご存じのとおり、この国は守護竜に護られていました。しかし転移者によって守護竜は殺された。我が国の兵は、決して弱くはありません。ただ守護竜の庇護を失った穴はあまりにも大きい。他国の侵略を防ぐため、また国内の分裂を避けるため、代わりになる力が必要でした」


 そこで王様は例の大鏡に「守護竜に代わる力は無いか」と尋ねたそうだ。


 すると、その大鏡は


『獣人たちの国・マラクティカには『神樹』という天を突くような巨大な木があります。その木の枝を少し切らせてもらい、武器や防具を作れば、守護竜にも劣らぬ強大な力になるでしょう』


 と王様たちに助言したそうだ。


「そこで我々は、さっそくマラクティカの王に使いを出しました。『神樹の枝を少しだけ切らせて欲しい。もしそれを叶えてくれれば、お礼はなんでもする。もし獣人族に危機があれば、我が国の兵を援軍としてお貸ししよう』と」


 エーデルワール側としては、最大限の礼を尽くしたつもりだった。


 ところが獣人族にとって、神樹は神のごとく神聖なもの。


 その木を切ることは、例え頼むだけでも彼らの逆鱗に触れることだったようだ。


 王様たちによれば、神樹を切らせて欲しいと頼みに行った使者たちは、全て惨たらしく殺されたと言う。


「大鏡が言うには獣人の王の怒りはそれでも解けず、今はそんな命令を出した我が一族を狙って、密かにこの王城を目指しているとのことです」


 予想以上に大変な事態に私は驚いて


「向こうは、どれだけの兵力で来るんですか? このまま戦争になるんですか?」


 戦争になるとしたら魔法の道具を持ってしても、止められないんじゃないかと危惧する私に


「幸いと言っていいかどうか、獣人たちが狙っているのは、神樹を切ることを命じた王とその一族だけです。そのため姿を隠す道具で密かにエーデルワールに入り、少数精鋭の5人の獣人部隊でこちらに向かっています」


 相手は獣人の王を含めて5人だと聞いて、私は拍子抜けした。


 エーデルワールには王城だけでも300人を超える兵士さんが居る。


 5対300なら容易に止められるのでは無いかと。


「いえ、獣人たちは自分から他国を侵略することはしないそうですが、その戦闘力は人間の比ではありません。特に恐ろしいのは獣人族の王・レオンガルド。彼はかつて我らの国を守護していた竜に匹敵するほどの力を持っていると言います」


 パトリック王子に続いて王様も


「下手に兵を呼び寄せるほど、犠牲が増えるでしょう。だから兵たちの命を無駄に散らさないため、再びあなた様の力をお借りしたいのです」


 要するに『強欲の指輪』か『怠惰の指輪』で一瞬にして、相手を無力化したいのだろう。


 どれだけ強大な力を持っていたとしても、強欲の指輪なら触れるだけで相手をお金に。怠惰の指輪なら気力を奪い尽くし、生き人形に変えてしまえる。


 そうなった時、かえって危ないのは獣人さんたちじゃないかな?


 形勢逆転した結果。獣人さんたちがなぶり殺しにされるのは嫌だと


「協力するのは構いませんが、無力化した獣人さんたちは殺さないでくれますか? 難しいかもしれないけど、なんとか話し合いで解決して欲しいんです」


 いちおう頼んでみたものの、エーデルワール側はすでに使者を殺されているそうだ。


 最強の剣の時よりも悪い状況。相手は人間ではなく他種族だと言うし、きっと気を悪くするだろう。


 ところが反発を覚悟する私に


「ええ、もちろん。こちらもあなたのお力を借りながら、獣人たちを殺せとは言いません。まずは指輪の力で彼らを大人しくして、それから交渉したいと考えているだけです」


 パトリック王子が意外にも、にこやかに承諾してくれてホッとした。


 交渉のために大人しくさせたいだけならと、私は強欲の指輪と怠惰の指輪をエーデルワールの兵士さんたちに貸した。


 彼らが万が一、命を落とさないように『九命の猫』も貸そうとしたけど、なぜか猫の爪が私の服に引っかかって取れなかった。


 もっと力を込めれば、無理やり引きはがすこともできそうだ。


 でも神の宝と呼ばれるこの子たちにも、私たちのように心がある。


 理由は分からないけど、九命の猫が貸し出しを拒んでいるのかもしれない。


 そう考えた私は無理に渡すことをしなかった。

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