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悩めるレティシア

 暴食の指環による事件を解決した後。


 私は久しぶりに、クリスティアちゃんたち家族に会いに行った。


「嘘? 旅人さん? わざわざ会いに来てくださったんですか!?」


 クリスティアちゃんは、私との再会をとても喜んでくれた。


 けれど、私が再びクリスティアちゃんの屋敷を訪れた理由は


「今度、私たちが参加するパーティーに同行させて欲しい?」


 私の頼みに、クリスティアちゃんのご両親は目を丸くして


「それは構いませんが、富にも名誉にも興味の無いあなたが、どうして貴族や富裕層の集まりに?」


 クリスティアちゃんのお父さんであるエミリオさんの問いに、私の代わりにフィーロが


「実はまた『悪魔の指輪』絡みの話なんだ。そのパーティーに悪魔の指輪の被害で悩んでいるご婦人が出席するから、さり気なくコンタクトを取りたい。そこで良ければあなたがたに我が君を、よく当たる占い師として紹介して欲しいんだ」


 フィーロの説明に、エミリオさんは「なるほど」と立派な口髭を撫でながら


「身分的には平民のカンナギ殿が、自分から上流階級の女性と接触することは難しい。かと言って立場のある人間はどれだけ悩んでいたとしても、軽々しく他人に弱みを話さない。だから、あなたは信用できる占い師だと、我々の口添えが必要なのですね?」


 エミリオさんの言うとおり、貴族の奥様と接触するために信用のある人物の口添えが必要だった。


「あなたがたにはなんの得も無い話だが、このままでは無実の罪で夫婦が引き裂かれ、夫人が犯人の毒牙にかかる。人助けだと思って協力していただけると、ありがたい」


 フィーロと一緒に頭を下げると、エミリオさんは快く微笑んで


「もちろん。恩人の頼み、それも人助けのためとあれば協力して当然です」


 そんなご主人の横で、奥様のジョセフィーヌさんはキラッと目を光らせて


「当たる占い師としての紹介をお望みでしたら、それに相応しい衣装が必要ですわね。占い師の衣装を作るなんてはじめて! 久しぶりに腕が鳴りますわ!」


 ジョセフィーヌさんはデザイナーで、以前も私の旅装を作ってくれた。


 儚げな外見とは裏腹に、天才肌と言うか、洋服作りに並々ならぬ情熱がある。


「あっ、いえ、そんな。以前いただいた服を気に入っていますし、これで十分なので」


 服を作るなんて大変な作業、何度もしてもらうのは悪いと断ろうとしたけど


「あら、信用を得るには身なりも大事ですわ。もちろん以前差し上げたその服は自信作ですが、それはあくまで旅人の服。我が家のお抱え占い師としてパーティーに出るのでしたら、それらしい恰好をしなければ、その奥様も信用なさいませんわ」


 ホワイトブロンドで色白細身の繊細な美貌に反して、相変わらず押しの強いジョセフィーヌさんに、夫のエミリオさんも苦笑いで


「衣装代なら当家が持ちますから、ご迷惑でなければ妻の道楽にお付き合いください」

「お母様、私も! 私も旅人さんの服を一緒に考えたいです!」


 そんなこんなであれよあれよと、私用の新衣装の製作がはじまった。


「ミコトさんのような可愛らしいお嬢さんには、もっと華やかで愛らしいドレスを着せてあげたいけど、今回は占い師として行くのだから、大人っぽくて神秘的な紫がいいかしらね」

「お母様、ベールも! ベールもつけましょう! できる占い師は神秘のベールをまとうものです!」


 出会った時は薄幸の美少女だったクリスティアちゃんが、見違えるように元気になっていて、私は感無量だった。


 ドレスを着るなら髪も長いほうがいいだろうと、私は『自在のブラシ』で髪を伸ばした。


「え~っ!? なんですか、そのブラシ!? 髪が伸びるなんて、すご~い!」


 大興奮のクリスティアちゃんに、私は自在のブラシを見せながら


「自在のブラシって言うんだ。これでおまじないをしながら髪を()かすと、髪の質や色や長さを自由に変えられるんだよ」

「まぁ、なんて素敵! これがあれば、ウィッグ要らずね!」


 クリスティアちゃんとジョセフィーヌさんが自在のブラシに興味津々なので、せっかくだから彼女たちの髪色を変えたり直毛を巻き毛にしたりして楽しませた。


 桜色の髪になったクリスティアちゃんは、自在のブラシをとても気に入って


「旅人さん。後でちゃんと返しますから、自在のブラシをお借りしてもいい? もっと色んな髪色や髪型にして遊びたいんです」


 私はちょうど、この一件を手伝ってくれるクリスティアちゃんのご両親に、お礼をしなければと考えていた。


 クリスティアちゃんたちはお金持ちなので、お花や菓子折りなどをもらっても、あまりお礼にならないだろう。


 神の宝を貸してあげるのが、ちょうどいいかもしれない。


「魔法の道具のことを人に知られるのはマズいから、ご両親とばあやのマーサさん以外の人には見せないように使うって約束してくれる?」

「はいっ、大丈夫です! 誰も居ない時に、私の部屋でだけ使います!」


 その約束をフィーロも止めなかった。もし危険があるなら、全知の力で予知して教えてくれるはずだから、クリスティアちゃんは、ちゃんと約束を守ってくれるだろう。


 クリスティアちゃんに自在のブラシを貸した後。


 私はいよいよ彼女のご両親の紹介で、貴族と富裕層が集まるパーティーに潜り込んだ。


「まぁ、こんな可愛らしいお嬢さんが、そんな凄腕の占い師なんですの?」

「ええ。医者でさえ治せなかった私どもの体調不良の原因も、彼女が占いで突き止めてくれたのです」


 このご夫妻が一時、原因不明の病で臥せっていたことは噂になっていたらしい。


 占いでは無いけど、解決したのは事実なので、ほとんどの人は素直に信じて


「それはすごい!」

「ぜひわたくしも占って欲しいわ!」


 しかし純粋に興味を持ってくれる人以外にも


「そんなにすごい占い師なら、ぜひ私のことも占っていただきたいな。未来について聞いても、我々に正否は分かりませんから、すでに確定した過去について。2、3質問してもよろしいですか?」


 顏こそにこやかだけど、私の占いがデタラメだと証明してやろうと思ったらしい。


 彼らは自分の家族や通っていた学校の名など、私に分かるはずの無い質問をした。


 ところが全知の力を持つフィーロには、不確定な未来より確定した事実を知るほうが容易い。


 彼らの問いに、難なく答えて見せると


「す、すごい! 初対面の我々の過去が、こんなに詳細に分かるなんて! 占いの域を超えている!」

「分からないことは無いのですか!?」


 当たる占い師の実力を認めた彼らは、今度こそ本当に自分が知りたい質問をし始めたけど


「我が君。この賑わいでは、俺たちが本当に近づきたい相手が寄って来られない。「疲れたから休みたい」と言い訳して人込みから離れよう」


 フィーロの指示で、私は多くの人で賑わう大広間から、見事な庭園を臨むバルコニーへ移動した。


 人々の熱気に当てられて火照った頬を、夜風で冷ましていると


「お疲れのところ申し訳ありません。実はあなた様のお力を見込んで、お尋ねしたいことがあるんです。お礼ならいくらでもしますから、どうか当家で起きている問題にどう対処すべきか、お言葉をいただけないでしょうか?」


 遠慮がちに声をかけて来たのは、30歳前後の美しい女性だった。


 彼女は地方領主の娘でレティシアさんというらしい。


 誰でも出入りできるバルコニーでは、他の人に聞かれるかもしれない。


 私たちは内緒で話ができるように、レティシアさんが乗って来た馬車に移動した。


 レティシアさんは既婚者で、旦那さんとお子さんが居る。


 夫のマティアスさんとは恋愛結婚で、跡取りの居ないレティシアさんの家に婿養子に入り、当主になったそうだ。


「夫は強面の大柄で、寡黙なのもあって、よく人に怖がられますが、決して乱暴なところはなく、優しくて頼りがいのある人でした。ですが、ある時から突然、人が変わったように怒りっぽくなってしまって……」


 幼い子どもたちがキャアキャア騒ぐ声がうるさい。使用人同士のちょっとした立ち話も許せない。


「それは本当に異常な怒りようで、私たちは何があの人の逆鱗に触れるかと、ビクビクしながら暮らしていました」


 夫の怒りようがあまりに理不尽なので、レティシアさんが幼い頃から仕えてくれている執事さんが


『最近の旦那様の怒りようは、あまりにも異常です。当主としての重責ゆえのことかもしれませんが、お嬢様やお子様たちに当たらないでください』


 そう諫めると


『お前はいつまでレティシアを、奥様ではなくお嬢様と呼ぶつもりだ!? いくら表向きは従順に振る舞っていても、お前が本当は俺を邪魔に思っていることは分かっているんだぞ!』


 言いがかりとしか思えない怒りをいきなり爆発させると


『やめて、あなた! そんなに殴ったら、ロレンスが死んでしまうわ!』


 妻や使用人が見ている前で、執事のロレンスさんに馬乗りになって殴り続けたそうだ。


「それから夫は男の使用人に5人がかりで倉庫に閉じ込められました。木製のドアだと怪力の彼に破られてしまうので、食事に睡眠薬を混ぜて眠っている隙に鋼鉄のドアと取り替えて。外から周りの壁を補強して、まるでケダモノを閉じ込めるみたいに……」


 夫の扱いに心を痛めているのか、レティシアさんは涙ぐみながら


「大怪我をしたロレンスには私からよく謝って、使用人たちには硬く口止めをし、公的な裁きは免れました。ですが、この件を知った父から、マティアスをこのまま当主にしておくわけにはいかない。彼とは離婚して別の男性と再婚するように言われてしまって」


 レティシアさんは深刻な顔で俯くと


「私は正直もう、あの人が分からない。どうしていきなり人が変わってしまったのか。あの人の心に、もう私たちへの愛は無いのか」


 ただレティシアさん自身は家のため、子どもたちのためにも離婚すべきかもしれないと悩みつつ


「優しかった頃のあの人が、どうしても忘れられないんです。でも今のままの彼では、また使用人や、もしかしたら子どもたちにまで暴力を振るいかねません。私はどうしたらいいのでしょうか?」


 レティシアさんは、とうとう泣き出してしまった。


 私は励ますように、目の前の席に座る彼女の手に触れると


「大丈夫。ご主人がおかしくなった原因が私には分かります。今から言う話をよく聞いて。あなたが協力してくれれば、ご主人を元に戻せます」

「ほ、本当? 本当にマティアスを元の優しい彼に戻してくれるんですか?」


 希望に目を輝かせるレティシアさんに、私が告げたフィーロの作戦は。

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