老夫婦の困りごと
リュシオンたちと別れた後。
アルメリアから一足飛びのブーツを借りた私は
「一足飛びのブーツがあれば、私が今まで行ったことのある場所に一瞬で戻れるんだよね?」
「ああ。もしかして、あの老夫婦に恩返しがしたいのか?」
全知の力を持つフィーロには、私の考えなんてお見通しみたいだ。
今までは悪魔の指輪を探して、前へ前へと旅して来た。
でも自由に行き来できるなら、まず私が最初に出会ったご夫婦に、あの時の恩を返したい。
「あの時は無一文だったけど、今なら少し余裕があるから。でも2日お世話になっただけの私に会いに来られても、かえって迷惑かな?」
私にとっては特別な恩人でも、向こうにとってはそうでもないかも。
ちょっとネガティブになる私に
「いや。あの老夫婦は、君が無事にどこかの村か街に落ち着けたか今でも心配している。君が元気に暮らしていると知れば喜ぶ」
フィーロの言葉に背中を押されて
「だったら、やっぱり会いに行きたいな。おじいさんとおばあさんが喜んでくれそうなお土産を持って」
全知の力を持つフィーロなら、ご夫婦がいちばん喜ぶ贈り物を選べるだろう。
しかしプレゼント選びにワクワクする私に
「君があの老夫婦と再会したいなら、すぐに会いに行ったほうがいい。なぜなら、あの2人は少し困ったことになっているからな」
「こ、困ったことって?」
フィーロの知らせを聞いた私は、さっそくご夫婦が住む村に向かった。
人目を避けて村近くの森にジャンプすると、徒歩でご夫婦の家を訪ねた。
ドアを開けたおじいさんは私の姿に目を見張って
「ミコトちゃん? ミコトちゃんなのかい?」
「お久しぶりです。近くに来たので会いに来ちゃいました」
照れ笑いで言うと、おじいさんは「そうかい」と頬を緩めて
「また顔を見せてくれて嬉しいよ。アンナも心配していたんだ。女の子1人で苦労しているんじゃないかって。でも元気そうで良かった」
フィーロは喜んでくれると言っていたけど、こんなに温かく迎えてもらえるとは思わなかった。
ちょっと不安だったけど、会いに来て良かったな。
でも今は再会を喜ぶよりも
「あの、おばあさんは?」
「ああ。アンナは庭で転んで足を骨折してしまって、最近はずっとベッドから起きられないんだ」
フィーロが言っていた大変なことって、これだったんだ。
それから私はおじいさんに頼んで、おばあさんに会わせてもらった。
おじいさんの言うとおり、おばあさんは昼間なのに寝巻でベッドで横になっていた。
でも私を見ると、体を起こして
「まぁ、わざわざ会いに来てくれたの? まぁまぁ立派になって。ミコトちゃんはどうしているかと、ずっと心配していたのよ。うまくやれているみたいで良かった」
笑顔で私の手を取ってくれた。
私はおばあさんたちの歓迎がとても嬉しくて
「はい。あの後も親切な人たちのお世話になりながら、なんとか暮らしています」
元気に報告すると
「でも私がこの世界でやっていけているのは、最初におばあさんたちが親切にしてくれたからです。あの時は本当に、ありがとうございました」
改めてお礼を言う私に、ご夫婦はやはり温かな笑顔で
「ミコトちゃんが幸せに暮らせているなら、わしらはそれだけで嬉しいよ」
「ミコトちゃんが元気で本当に良かったわ」
相変わらず優しいおじいさんたちに、恩返ししたい気持ちがいっそう募る。
「あの、それで骨折のことですけど」
「ええ。もう年寄りだから治りが遅くて。歩けないから家事もできないし、主人に迷惑をかけてしまって申し訳ないわ」
おじいさんだけで仕事と家事をするのは大変みたいで、家の中は少し荒れていた。
でも今は洗濯や掃除を手伝うよりも
「実は骨折によく効く薬を知っていて、それを塗れば治るかも」
「そんな薬があるのかい?」
以前エーデルワールで兵士さんたちに作った傷薬は、切り傷だけじゃなく骨折も治した。
魔女の万能鍋で作った傷薬なら、おばあさんを治せるはずだ。
「はい。今から買って来るので、ちょっと待っていてください」
おじいさんたちの家を出ると、閉じたままのコンパクトから
「自費で材料を用意すると、なかなかの出費だが、君を止められないことは百も承知だ。せめて、いちばん安い店を紹介しよう」
「ありがとう。フィーロ」
私はこれまで訪れた複数の村や街を回って、薬の材料を揃えると魔女の万能鍋で傷薬を作った。
さっそくおばあさんに塗ってもらうと
「あら? あらあらあら?」
すぐに効き目が表れたみたいで、おばあさんは自分からベッドを出た。
「ちょっとお前。いきなり立ったら危ないだろう」
まだ骨折していると思っているおじいさんは慌てたけど
「でもジュリアン。ミコトちゃんの言うとおり、急に調子が良くなったのよ。もう全然痛くないわ」
平気な顔で立っているおばあさんに、おじいさんは「ああ」と感動して
「もう齢だし、寝たきりになるかもしれないと覚悟していたのに。アンナがまた立てるようになるなんて」
弱っていく奥さんが心配だったのだろう。
涙ながらに私の手を取って
「ありがとう、ミコトちゃん。ミコトちゃんが買って来てくれた薬のおかげだよ」
「お役に立てて良かったです。ずっとおじいさんたちに恩返しをしたかったから」
笑顔で言い合う私たちをよそに、別室でエプロン姿に着替えて来たおばあさんは
「恩返しをしなきゃいけないのはこっちのほうよ。すっかり元気になったことだし、久しぶりに腕を振るうから、夕食を食べて行ってちょうだいね」
その日は久しぶりに、ご夫婦と食卓を囲んだ。魔法の道具については伏せたけど、旅の話をすると
「立派にやっているのねぇ」
「すごいなぁ」
ニコニコと聞いてくれた。
その日はもう遅いからと泊めてもらって、翌朝。ご夫婦の家を出る時。
「あの、これ」
「これは……」
私がおじいさんに差し出したのは
「あの時、貸していただいた服とお金です。あの時は親切にしてくださって、本当にありがとうございました」
再会したからには返すべきだろうと、お借りしていた服とお金を返すと
「あのお金はあげたものなんだから返さなくていいのに」
「服も。今はそんな上等な服を着ているのに、こんな粗末な服をずっと取っておいてくれたのかい?」
「おじいさんたちが親切にしてくださったことが本当に嬉しかったから。いつかちゃんと返したくて」
広い世界を旅しながら、最初の村に戻るのは難しい。
こうして恩返しに来られたのも、一足飛びのブーツを貸してくれたアルメリアのおかげだ。
私の言葉に、おじいさんは「そうかい」と目を細めると
「じゃあ、この服だけわしらがもらっておこう。でも、お金はミコトちゃんが持っておきなさい。今は大丈夫でも、お金はあるに越したことがないからね」
「でも、それはおじいさんたちだって同じなのに」
こう言ってはなんだけど、ご夫婦は決して裕福では無い。
おばあさんが骨折して動けなくなったように、また病気か怪我になった時のために、蓄えがあったほうがいいのに
「短い付き合いなのに鬱陶しいかもしれないけど、私たちにはミコトちゃんがまるで孫のように思えてね。どれだけ立派になっても、不自由しないか心配なのよ」
「だからお金はわしらより、ミコトちゃんが持っていてくれたほうが安心なんだ」
ご夫婦の言葉があんまりありがたくて、私はまた泣いてしまった。
おじいさんとおばあさんは、私の頭や肩を慰めるように撫でると
「近くに来ることがあったら、いつでも遊びにおいで。お礼もお土産もいらんから、一緒に食事でもしよう」
「その時はまた旅の話を聞かせてちょうだいね」
「はい」
一足飛びのブーツを使うために村を離れる途中。
「無事あのご夫婦に恩返しできて良かったな」
「うん。フィーロも協力してくれて、ありがとう」
久しぶりに、あのご夫婦に会えて本当に良かった。
おじいさんたちは手ぶらでいいと言ってくれたけど、今度は2人が喜んでくれるお土産を持って遊びに行きたいな。




