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勇気の証

 約束の1か月は、あっという間に過ぎた。


 リュシオンさんは稽古の仕上げとして、練習試合を組んでくれた。


 相手はエーデルワールの一般兵3人。


「さ、3人を一度に相手するんですか?」


 流石に怯む私に、リュシオンさんは厳しい態度で


「1対1なら不意打ちや騙し打ちという手段があるから、そもそも戦闘訓練は必要ない。あなたはこういう事態のために、戦う術を学んで来たはずだ」


 彼の言うとおり、私は演技や作戦で打開できない状況のために、この1か月、必死で回避と接触の技術を身に着けた。


「実戦ではなく模擬戦すら臆して戦えないようなら、そんなか弱い女性はとても旅に出せない。1人で危険に対処する力がつくまで、ここで訓練を続けてもらう」


 要するに、これは卒業試験のようだ。


 私が望んだのは1か月の稽古だけど、ここで負ければ、旅立ちを延期しなければならない。


 リュシオンさんの目を盗んで勝手に去ることもできるけど、彼はこれまで熱心に稽古を付けてくれた。


 試験を無視して勝手に旅立つのは、彼への裏切りになる。不安でもやるしかないと、私は覚悟を決めた。


 そんな私をよそに、対戦相手の若い兵士さんたちは


「リュシオン様。この子に勝ったら、本当にアレをくださるんですか?」

「ああ。彼女から悪魔の指輪を奪った者にアレを譲ろう」

「やった!」


 私を倒した人に、リュシオンさんは何かあげる約束をしているみたいだ。


 「アレってなんですか?」と問うと、兵士さんの1人が生き生きと


「我が国にはかつて優秀な騎士だけが受けられる『竜の試練』があったんです。文字どおり、守護竜と戦って戦闘不能にされる前に鱗を奪えば『竜騎士』として認められます」


 竜の試練で得た守護竜の鱗は、勲章に加工されて『竜騎士の証』になるらしい。


 リュシオンさんも、その試練をクリアして竜騎士になったんだ。


 まるで物語に出て来るようなカッコいい仕来りだなぁ、と興味深く話を聞いていると


「我が国の守護竜は憎き転移者に殺されてしまったので、竜の試練は二度と受けられず『竜騎士の証』も作れなくなりました」

「その貴重な『竜騎士の証』を、あなたに勝ったらくれると、リュシオン様は約束してくださったんです!」

「ええっ!?」


 兵士さんたちの言葉に、私は飛びあがるほど驚いて


「な、なんでそんな大事なものを、この試験に賭けちゃったんですか!?」

「あなたは見るからに、か弱い女性だ。よほどのクズじゃなければ、本気で攻撃するなんてできない。だからその慈悲心を失くすほどの動機が必要だった。より実戦に近い状況で訓練の成果を見るために」


 リュシオンさんの考えは分かったけど


「ど、どうか考え直してください。相手は3人だし、もしかしたら負けちゃうかもしれないのに。竜騎士の証なんて大事なもの、もし私のせいで失っちゃったら。責任が取れません……」


 臆する私に、リュシオンさんは厳しい顔つきで


「あなたが誰かと戦うとすれば、それは誰かの命や魔法の道具を賭けた真剣勝負だ。その重圧は他人の宝の比では無い。この程度のリスクに怯むな。戦え」


 リュシオンさんの言うとおり、戦いを左右するのは技術と体力だけじゃない。


 負けたら命や大事なものを奪われる。そのプレッシャーをはねのける精神力。


 リュシオンさんは自分のいちばん大事なものを賭けてまで、私にそれを教えようとしている。


 真剣に向き合う私たちをよそに


「へへっ、俺たちは待ってあげても構いませんよ」

「こんな小さな女の子が3人がかりで襲われて、勝てるはずありませんし」

「こんな分の悪い勝負でリュシオン様から竜騎士の証を取り上げるのも悪いですからね」


 兵士さんたちは私の心の準備ができるまで、試験を待ってもいいと言っている。


 でもそれは優しさではなく、いかにも気弱な私が、この壁を突破できる日など来ないだろうと侮ってのことだ。


 自分の本気を笑われて、すごく悔しい。だけど負けたらリュシオンさんが大事なものを失うと思うと、勇気が出ない。


 挑戦も延期も選べず立ち尽くす私に


「我が君。竜騎士の証はリュシオンにとっていちばんの宝だ。それをどうして、この試験に賭けたか分かるか?」


 フィーロの問いに、私は無言で首を振った。


「彼は信じているからだ。君にはもうこの壁を突破する力があると。君に足りないのは力や技術ではなく、自信と勇気だけだ」


 フィーロの言葉に、私はリュシオンさんを見た。


 彼は真剣な顔で、ただ深く頷いた。


 彼の態度には宝を奪われるかもしれない。私が臆してやめるかもしれないという疑いは一切無かった。


 自ら特訓を望み、辛い訓練に耐えた私の本気を、リュシオンさんは信じてくれている。


 生前の私は誰にも何も期待されていなかった。


 でも今は2人も信じてくれている人が居る。


 その事実に胸が熱くなり、目に涙が滲んだ。


 この胸を焦がす熱が、きっと勇気だ。


 試験がはじまる。相手は私よりずっと大柄な3人の兵士。


 けれど、この勝負には2つ有利な点があった。


 1つは彼らが素手であること。


 もう1つは彼らの目当てである竜騎士の証は、私から指輪を奪った者にのみ与えられること。


 彼らはそれを自分だけのものにしたい。


 だから我先に私を捕まえようと争い、ぶつかり合った。


 私はその隙を突いて


「わっ!?」

「クソッ!」


 小柄を生かして低い体勢から、素早く相手に触れて次々と無力化した。


 しかし最後の1人になったことで、かえって


「邪魔者が消えて、ちょうどいいや。女の子1人捕まえるのに、仲間の協力なんて要らないからな」


 彼は宣言どおり、指輪を嵌めているほうの私の腕を掴んで捻りあげた。


「ああっ!?」


 苦痛の声を上げる私に、彼は嗜虐的な笑みを浮かべると


「痛い想いをさせてゴメンよ。すぐに指輪を外してあげるからね」


 兵士さんのもう一方の手が怠惰の指輪に伸びる。


 私は咄嗟に


「ギャアアッ!?」


 股間を襲う激痛に、兵士さんは思わず私の腕を離した。


 私が掴まれていないほうの手で、思い切り彼の急所を握ったせいだった。


 私は自由になった瞬間に、怠惰の指輪を嵌めた手で触れて、最後の1人も無力化した。


 指輪を外して、兵士さんたちを回復させると


「まさかあなたみたいな女の子が、金的を鷲掴みにして来るとは……」


 青ざめる仲間の横で、私に急所を攻撃された兵士さんはシクシクと両手で顔を覆いながら


「もうお婿に行けない……」

「すみません! すみません! すみません!」


 私にとっても苦し紛れの攻撃だったので、ものすごく恥ずかしくて、真っ赤になって謝った。


「死に物狂いの相手は何をするか分からない。必死な彼女に遊び半分で応じた、お前たちの負けだ」


 リュシオンさんは認めてくれたけど、私はこんな見苦しい戦いを勝ちとしていいのか疑問だった。


「戦いは綺麗ごとじゃない。追い詰められたあなたが、手段を選ばずに勝とうとする姿が見られて、むしろ感心した」


 彼は晴れやかな笑顔で評価すると


「あなたは大切なものがかかった勝負なら、最後まで諦めずに足掻き続けられる。その強さにフィーロ殿の知恵が加わるなら、滅多に負けることは無いだろう。これで俺も安心して、あなたを送り出せる」


 私もリュシオンさんの宝物を、自分のせいで奪われずに済んでホッとした。


 ところが安心した矢先。リュシオンさんは例の竜騎士の証を私に握らせて


「これは卒業の証として、ミコト殿がもらってくれ」

「そんな。こんな大事なもの、もらえません」


 証というくらいだから、竜騎士の身分を証明するために、きっと必要なものなのだろう。


 けれど慌てて返そうとする私に、リュシオンさんは


「心配しなくても竜騎士の証は、必ずしも自分で持っていなければならないものじゃない。竜騎士になるまで自分を支えてくれた家族や大切な人に、感謝の印として渡す者も多い」


 どうやら竜騎士の証と言っても、無くせば竜騎士の資格を失うわけではないみたいだ。


 だからこそ兵士さんたちも、もらおうとしていたのだろう。


「俺は少々子どもっぽいから守護竜がくれた特別な宝だと思うと、誰にねだられても譲れなかった。だが、ミコト殿には、自分からあげたくなった。どうか俺のいちばんの宝を、あなたの勇気の証にしてくれ」


 リュシオンさんはそう言って、私の手に再び竜騎士の証を握らせた。


 彼の思いやりと勇気を認められた感動で、私は思わず泣いてしまった。


「物語の英雄のように勇敢で、聖者のように立派な志を持っているのに、小さな少女のようでもある。あなたは本当に不思議な方だな」


 リュシオンさんは優しく微笑みながら、私の涙を指で拭ってくれた。

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